男:20~30代
女:10代の姿をしている
―酒をぶらさげて、花見にでかける男
男:今年もきれいに咲いたなぁ。見事なもんだ。みんな、やんややんややってらぁ。どれ、俺もいっぱいやるかな。
―座れるところをさがす
男:どこの桜の下も人がいっぱいだな。ちょいと奥までいってみるか。
―桜を見上げながらゆっくり歩く
男:ほんとに見事だ……
なんだろうなぁ……、桜を見ていると、ここんとこが(胸をおさえて)きゅうっとならぁ。
男:そういや、おっかさんが亡くなったのが、桜が咲いた頃だったな。あれから、もう五年は経つか。働きもんで、優しいおっかさんだった。女手ひとつで育ててくれてよ。
男:俺ぁ、悪ガキで、よくいたずらしては怒られたもんだ。奉公先でも、寄るも触るも喧嘩ばかり。おっかさんに仲裁してもらっても、ヨソの奉公先に行っても、また喧嘩しては追ん出されちまって……
それなのに、おっかさん、愛想つかさないで、あちこちに頭さげてくれてよ。いつも、うまいこと話をつけてくれた。明るくて、口達者のおっかさんだったな。
―間
男:でも、俺ぁ、すっかりひねくれ者になっちまってダメだった。働かねぇでぶらぶらして、おっかさんに迷惑ばかしかけちまった。
一度失敗したやつぁ、もうダメだ。この通り、裏長屋で日銭稼ぎよ。ざまぁねぇ。(ため息)
女:おまえさん、夢はないのかい。
―男、聞こえてるような聞こえてないような様子
男:そうそう。「おまえ、夢はないのかい」なんて時々聞かれたな。いつも「うるせぇ」なんて口答えして……
―間
男:そういや、おっかさんに夢はあったのかな。
おとっつあんが先に惚れたって言ってたな。そんで、早くに大工の嫁になってよ。しばらくはよかったが、おとっつあんが病で亡くなって、そっから貧乏になっちまって……。おっかさん、朝早くから晩まで針仕事をして、時には寝ずに働いてたよなぁ。
それなのに俺ぁ、「仕事したもんの負けだ」なんて馬鹿みたいなことぬかして、何日も遊んでは帰らねぇ時もあった。
そん時だった、大家さんが探して来てくれて、「おっかさんが倒れたぞっ!」って。慌てて帰った時にゃ、もう話すこともままならねぇ、虫の息よ。そのまま逝っちまった。
おっかさん、まだ若かったのによ。働き過ぎだって言われて……
俺のせいだ。俺の……。俺がもっとしっかりしてりゃ。
ああ、もう一度、おっかさんに会いてぇなぁ。
―桜の根につまづき、転ぶ
男:っ!!いててて……。ははは……。桜よぉ、おめぇまで、俺を馬鹿にするのかい。
―周りを見渡して、いつもと違う風景であることに気づく
男:んん?随分と奥まで歩いてきちまったな。人もいねぇや。ん―?
―桜を見上げる
男:こりゃ……。立派な「しだれ桜」だ。こんなところに「しだれ桜」があったか?
女:大丈夫かい?
男:おおっ!!びっくりした!!急に出てきやがって。
女:ずっといたよ?
男:俺の独り言、聞いてたのか。
女:声かけたのに気づかないんだもん。怪我はしてないかい?
男:あ、ああ、大丈夫だ。
女:ほんとに?
男:ああ。よいしょ(立ち上がる)
男:娘さんよ、こんな奥で、何してんだい。ウチがここらへんなのか。といっても……(見渡す)、ウチなんて見当たらねぇな。
女:みなよ、この「しだれ桜」
男:え?
―あらためて桜を見上げる
女:立派だろ?百年は経ってるんだって。見なよ、この美しい枝ぶり。
男:百年経ってる「しだれ桜」?そんな桜、この町にあったらどっと人が押し寄せてらぁ。
それに、俺ぁここらで生まれたんだぞ。あちこちの桜の木にのぼって遊んだりして―。こんな立派な桜がありゃ覚えてるはずだ。なのに、これしかない―
―周りも、しぃんとしている
男:誰もいねぇ。……「しだれ桜」が一本だけ?
ここは、どこだ?
おめぇは……
女:あたしは、落語家の「花見亭 ゆめ香(はなみてい ゆめか)」
男:は?落語家ぁ?
女:落語は聞かないのかい?
男:聞くよ。好きで、よく寄席に行ってるくらいだ。名前、なんつった?
女:花見亭 ゆめ香(はなみてい ゆめか)でございます。以後お見知りおきを。
男:「花見亭」なんて屋号、聞いたことねぇぞ。だいたい女だてらに―
女:でた。男の偏見。「女だてらに噺家になろうなんざ、ちゃんちゃらおかしな話だ。はやく嫁にいって子どもを産め」ってね。
男:その通りだよ。女には女のやることがあるだろうが。おまえさん、見たところまだ十代だろ。どうせ売れてねぇんだろうし、はやいとこやめて、どこかの良いとこの嫁に行ったほうが幸せってもんだ。
女:(咳払い)「さて、今日は桜の話をしましょうか。桜の花って美しいですよね。でも、その美しさにはワケがあるんですよ」
―そういいながら、女は地面に座り、羽織を脱ぎ、話しはじめる
男:おいおい。座布団しきなって……、じゃねぇや。
女:えー、桜の花の美しさのワケには、その儚さや短い命があると言われています。桜の花は一斉に咲き誇り、風に揺れながら美しい姿を見せますが、その美しい姿も長くは続かず、数日から七日ほどで散ってしまいます。この儚さや短い命が、桜の花の美しさを一層引き立てるとも言われています。
男:おめぇの下手くそな噺は聞きたくねぇよ。酒がまずくなる。
女:お酒はさきほど、あたしが全部いただきましたよ。
男:は?やった覚えはねぇ。
女:ほら、ここに―
―転んだはずみで、提子(ひさげ)が割れて、酒が桜の根にこぼれている
女:あたしの頬も桜色。「花見亭 ゆめ香(はなみてい ゆめか)」でございます。
男:こぼれちまってやんの……。って、いつの間に飲んだんだ?
あ、それともおめぇが、俺の足を引っかけてその隙に!
そうか、おめぇ、巾着切り(きんちゃっきり)だな!こんのっ!
……って、いや、巾着はあるな。
女:そして、だいたい次に来る言葉が、「酔っぱらって高座にあがるなんざ百年はぇえんだよ。やめとけ、やめとけ」
男:おう、その通りだよ。
女:男どもはすぐそう言います。まったくこの世は狭っ苦しくて仕方ありません。
男:そうさ、おめぇが咲く場所もねぇだろう。
女:こちとら百年経ってますんでご安心を。「花見亭 ゆめ香(はなみてい ゆめか)」でございます。
男:酔ってるんじゃねえのか?
女:体がほてってまいりました。「花見亭 ゆめ香(はなみてい ゆめか)」でございます。ほうれ。
―しだれ桜の花色が少し濃くなる
男:っ!……まさかな。
酔ってるのは俺か?それとも、たぬきに化かされているのか。
女:「おまえ、夢はないのかい」
―風がふく。舞い散る花びら
女:はらりはらはら、はらはらり。ひぃらひらひら、ひらひらり。桜舞う舞う、夢の中。
男:(つぶやくように)……やめろ。なんだか悲しくなる。
女:また来年も咲くよ。人生もそうだろう?辛いことがあっても、次の春にはきっと笑顔で花を咲かせられるはず。
男:小娘が。知った風な口を利くんじゃねぇや……
女:小娘じゃあございません。「花見亭 ゆめ香(はなみてい ゆめか)」でございます。
男:(苦笑)それしか言えねぇのか、やっぱりしょうもねぇな。
女:「花見亭-
男:「ゆめか」だろ、いい加減おぼえたよ。
女:夢じゃないよ
男:ややこしいな
女:ほら、花を見てごらんよ。こんなに咲いているのに、重なり合ってないだろう? うまく咲いてるのさ。
男:どういうこった。
女:花を支える花柄(かへい)が、混み合う部分では長く伸び、そうでない所では短くなって、周りの具合に合わせて長さを加減しているんだ。
男:……
女:咲こうとする花の邪魔をするのは野暮ってもんだよ。
男:……
女:おまえはどうなんだい、「碌助(ろくすけ)」
男:っ!!
女:「大工の棟梁」になるって夢は捨てちまったのかい。
男:おっ……かぁ……
―間
男:俺ぁ、おれぁ、「ろくでなしのロク」だ。なにやってもだめなんだぃ。
女:おとっつあんに憧れていたんだろう?
男:そりゃ、おとっつあんは、すご腕の棟梁だったさ……
「お前はろくも見れないのか」って何度叱られたことか。俺ぁ大工に向いてねぇんだ。
―(※大工が「ろくを見る」とは、水平を確かめるため。水糸を張ることを意味している)
男:なんで「碌助(ろくすけ)」なんてつけたんだ。おかげで、周りに「大工になれねぇ碌助」「ろくでもねぇ碌助」なんて、馬鹿にされて悔しくて悔しくて仕方なかった。だから、大工はあきらめて、奉公に出てー
まぁ、それもうまくいかなかったけどよ……
女:おとっつあんはね、お前が「真っ直ぐに育つように」って願いをこめて「碌助」とつけたんだ。確かに、短気で、すぐにあきらめるのが、お前の悪い癖だよ。でも、お前は素直だからこそ、ぶつかりやすい子だったのさ。ちょいと曲がっちまったが、曲がったって、桜のように、また咲くことができる。何度でもやり直したらいいじゃないか。
男:……いまから大工に……
―間
男:おっかさんは……
女:なんだい?
男:夢はなかったのか?貧乏で、こんな、ろくでなしの息子がいて―
女:おっかさんの夢はね、「噺家」になることだったんだよ。まぁこの世では無理だったけど、いまでは、ね、どう?
男:どうって……、死んじまったら意味ねぇじゃねぇか。
女:なぁに気にしてないさ。あの世にゃ、師匠がたくさんいる。あんな人も、こんな人も!死ぬ気で修業したんだよ。あ、もう死んでるか。
男:笑えねぇよ。
女:おかげで、「桜の咲く頃にだけ」だけど、噺家として出てこられるようになった。
(咳払い)ええ、「花見亭 ゆめ香(はなみてい ゆめか)」でございます。
男:ふっ……(笑う)
女:やっと笑った。これであたしも立派な噺家だねぇ。
男:なんでぇそりゃ。
女:まぁ、あたしはここから離れられないけどさ、毎年咲いてみせるよ。
あんたはどうだい。
男:へっ。おっちんだおっかさんが、まだこんな馬鹿やってんだ。生きてる俺が、あきらめちゃいけねぇよな。
女:そうそう、その勢いだ。死ぬ気でやんな。
男:だから、それ笑えねぇっての。
あ~あ、俺、まともになれっかなぁ。
女:まともになんてならなくてもいい。そんな碌助はつまらないよ。
男:なんだよ、そりゃ。
女:ただ、人生をあきらめちゃいけないよ。
男:……わぁったよ。
女:うん。そいじゃ、あらためて、一席聞いてっておくれ。
男:おう。聞かせてもらおうじゃねぇか。演目はなんでぇ。
女:「ろくで、なし。ろくで、あれ」
―終演