カクテルをあなたに

【登場人物】
  • 安藤 治(あんどう おさむ):隠れ家的なバー。Bar「La mia casa」(ラ・ミア・カーサ)のバーテンダー。落ち着いていて、相談しやすい人柄。
  • 椎名 爽介(しいな そうすけ):イベント企画会社「Trova le stele(トラバ・レ・ステレ」勤務。冷静。頼れるチーフ。
  • 篠原 サキ:椎名と同じチームで動いている。情熱的。少々感情的になりやすい。
※20~30分ほど
-----------------------------------------------------------------------------------------------

ーサキ、仕事終わり

サキ「あー、疲れた。またダメ出し。何回目よ!ほんと頭が固いんだから!飲んで帰りたい気分」

サキ「たまには違うところで・・・、この辺りで落ち着ける店がないかしら」

サキ「よし、検索!・・・あら、会社の近くに・・・。『La mia casa(ラ・ミア・カーサ)』?へぇ、ちょっと行ってみようかしら」

【間】

サキ「ここね。知らなかった。小さいけど、お洒落な感じ」

【SE:ドアベル】
【SE:店内BGM・JAZZ】

サキ「こんばんは。ひとりですけど、大丈夫ですか?予約制?」

安藤「いらっしゃいませ。大丈夫ですよ。どうぞお入りください」

サキ「よかった。カウンターでもいいかしら」

安藤「もちろんです」

サキ「会社の近くにこんなお店があったなんて知らなかったわ。最近はじめたの?」

安藤「そうですね、2年くらいでしょうか」

安藤「以前は小さな食堂で、ご夫婦で切り盛りされていたようですが、年齢的なこともあり辞められたそうです。そこをリノベーションしてバーにしました」

サキ「へぇ。とても落ち着いていていい雰囲気」

安藤「ありがとうございます。お客様にゆっくりしていただけるよう心がけています」

サキ「『La mia casa(ラ・ミア・カーサ)』って、イタリア語よね」
  
サキ「・・・ああ、『我が家』って意味ね」

安藤「はい」

サキ「何を頼もうかしら・・・。うーん、迷うわ」

安藤「こちらに来てくださったのは、どなたかの紹介ですか?」

サキ「ううん、検索よ」

サキ「わたし、近くの『トラバ・レ・ステレ』というイベント会社で働いているんだけど、次の企画がなかなか通らなくて。気分転換に新しいお店を開拓してみたの」

安藤「なるほど。『Trova le stele(トラバ・レ・ステレ)』ー星を見つけるーですね。存じ上げております」

サキ「ほんと?」

サキ「チーフは冷静でみんなの頼れる人なんだけど、その上がねー。頭がかたくって」

サキ「前例がないからダメだ、とか。採算はとれるのか、とか」

サキ「ったく、前例がないからやるんじゃないのよね」

サキ「で、私が話そうとすると、女は感情的だからって、話聞かないのよ!」

サキ「いつもならだいたい一発で通るのに、あんなにダメ出しされて・・・。ちょっと自信なくしちゃうわ」

サキ「はぁ・・・。何かおススメのカクテルないかしら?」

安藤「そうですね・・・。チャイナブルーはいかがですか」

サキ「チャイナブルー?どんなカクテル?」

安藤「ライチリキュールとグレープフルーツを合わせた、南国の海のような青が特徴のカクテルです」

サキ「へぇ。いいわね。じゃ、それお願い」

安藤「かしこまりました」

【SE:カクテルをつくる音(氷の入ったグラス、軽くステア)、テーブルにおく】

安藤「お待たせいたしました。チャイナブルーでございます」

サキ「うわぁ、きれいな色!」

サキ「(飲む)あ、ちょっと甘口かしら。独特の香りがするけど、クセがなくてさっぱりしてるわね!」

安藤「はい。果実系リキュールです。差し支えなければ、お客様の名前をお伺いしてもよろしいでしょうか?」

サキ「あ、わたし、篠原 サキよ。えーと、あなたは安藤さん?」

安藤「はい。安藤 治と申します」

安藤「篠原様、カクテル言葉はご存知ですか」

サキ「カクテル言葉?・・・花言葉みたいな?」

安藤「そうですね。花言葉のように思いを伝えることができます」

サキ「じゃあ、チャイナブルーのカクテル言葉は?」

安藤「チャイナブルーには『自分自身を宝物だと言える自信家』という意味があります」

サキ「自分自身を宝物・・・」

安藤「篠原様は、ご自身の意見をしっかりと持っていらっしゃる、ポジティブで素敵な女性とお見受けしました。篠原様の魅力はそこにあるのではないかと」

サキ「・・・ありがとう。うれしいわ」

サキ「そう、そうよね。今回の企画も、自信があるの!絶対面白いイベントになるはずなのよ」

サキ「わかったわ。何度でもチャレンジしてみせるわ!」

安藤「その意気です」

サキ「このカクテルを飲んで、安藤さんと話したら元気でてきたわ!」

サキ「ねぇ、また来ていい?」

安藤「もちろんです。いつでもお待ちしていますよ」

サキ「ありがと!」

サキ「いろいろアイディアも浮かんできたから、家に帰って企画書見直してみるわ」

安藤「はい、私も応援しています」

【間】
【SE:ドアベル】

椎名「どうも」

安藤「椎名様、いらっしゃいませ」

椎名「ふう・・・」

安藤「おや?」

椎名「ん?何かおかしいかい?」

安藤「いえ。本日は何になさいますか」

椎名「そうだな・・・。ジン・トニックを」

安藤「かしこまりました」

【SE:氷の入ったタンブラー、ステア、グラスを置く音】

安藤「お待たせいたしました。ジン・トニックでございます」

椎名「ありがとう」

椎名「で、何が気になったんだい?」

安藤「今日の椎名様からは、何か強い意志を感じます」

椎名「安藤さんにはお見通しか。例の、カクテル言葉だろ?」

椎名「・・・そうだな、まぁそういうところだ」

椎名「企画が通らない、いや、横やりが入ったというのかな」

椎名「とにかく、ジャマが入ってね・・・。前例がないからダメなんだそうだ」

安藤「なるほど」

椎名「だが、わたしが諦めたらチームの士気も下がる」

椎名「気合いを入れ直そうと思っているところさ」

安藤「ジン・トニックには『いつも希望を捨てないあなたへ』というカクテル言葉もございます」

椎名「そう、だな」

椎名「確かに、希望を捨てちゃ終いだな。もう一度みんなとミーティングしてみるよ」

安藤「いつも前を向いていらっしゃる椎名様の姿勢。私も見倣いたいと思います」

椎名「そうかい?」

安藤「はい」

椎名「ありがとう」

【間】
【SE:ドアベル】

サキ「こんばんは!」

安藤「ああ、篠原様。いらっしゃいませ」

サキ「聞いて 聞いて!あの企画がついに通ったのよ!やったわ!」

安藤「それはおめでとうございます」

サキ「うちのチーフ、やっぱり最高」

サキ「私のミスもあったんだけど、さりげなくフォローしてくれるのよね」

サキ「ホント尊敬する!」

サキ「彼がいないとチームもまとまらないし、彼が掛け合うから頭の固いボスもOKを出すのよ」

安藤「なるほど。とても頼もしい方ですね」

サキ「そう、頼もしいの!(ちょっとトーンが落ちる)そうなのよ・・・(ため息)」

安藤「どうされましたか?」

サキ「・・・ん?ううん、なんでもない」

サキ「ねぇ、今日すごくきれいな満月よ。見た?」

安藤「はい、美しいスーパームーンですね」

安藤「昔は『不吉の前兆』とされていましたが、今では『見ると幸せになれる』と言われていますね」

サキ「そう、だから、すごく気持ちがいいの」

サキ「ねぇ、この前のカクテルすごくきれいなブルーだった」

サキ「またあんな色のカクテルがいいわ」

安藤「わかりました。それでは美しい満月の今宵に-」

【SE:シェイク、グラスを置く音】

安藤「お待たせいたしました。ブルームーンでございます」

サキ「うわぁ、きれい。素敵!」

安藤「甘いスミレの花の香りとレモンの酸味が特徴のカクテルです」

安藤「このカクテルに使用したバイオレットリキュールに『パルフェタムール』というフランスのリキュールがあります。フランス語でパルフェは『完全な』、タムールは『愛』で、『完全な愛』という意味があり、このリキュールを使用していることから、ブルームーンには『めったに遭遇しない出来事』、『幸福な瞬間』という意味があります」

サキ「まさにそう!今日の私の気分にぴったり!」

サキ「(飲む)すごくフルーティー!」

安藤「ありがとうございます」

サキ「・・・ねぇ、安藤さん」

安藤「はい」

サキ「うーん・・・」

安藤「篠原様、アドバイスはできないかもしれませんが、お話を伺うことはできます。私でよければ、ですが」

サキ「ありがと。私・・・、チーフのことが・・・」

安藤「はい」

サキ「今回のことでますます・・・」

サキ「でも、私と正反対の性格なのよね」

サキ「わたしは、ちょっと暑苦しいところがあるっていうか、押しが強いっていうか・・・」

サキ「同じチームだから気まずくなるのも嫌だし」

安藤「なるほど」

安藤「いまお出しした、ブルームーンですが―」

サキ「ちょっと待って・・・。私、最近カクテル言葉に興味がわいて、時々調べてるのよ」

サキ「たしかブルームーンって、他にも意味があるんじゃなかったかしら?」

安藤「はい。ブルームーンは、全く正反対の意味を持つカクテルです」

安藤「一つは『完全なる愛』、もう一つは『叶わぬ恋、できない相談』という意味があります」

サキ「えぇ〜・・・。ちょっと安藤さん・・・」

安藤「申し訳ありません。そのような意味でお出ししたわけではないのですが―」

安藤「代わりと言ってはなんですがサービスいたしますので、もう一杯いかがですか?」

サキ「え?いいの?」

安藤「はい」

サキ「いいカクテル言葉のを頼むわよ」

安藤「もちろんです」

【SE(氷の入ったタンブラー、ステア)、グラスを置く音 】

安藤「カシスソーダでございます」

サキ「これは飲んだことあるわ。・・・で、カクテル言葉はなにかしら?」

安藤「『あなたは魅力的』です」

サキ「やだー。うれしいこと言ってくれるじゃない!」

安藤「本当の気持ちですよ。篠原様、自信をもってください」

サキ「そうね・・・。ありがとう、安藤さん」

安藤「テキーラ・サンライズもおススメですよ。次回ぜひ飲んでみてください」

サキ「カクテル言葉は?」

安藤「『熱烈な恋』です。ここぞという告白のタイミングで使ってみたいカクテルですね」

【間】
【SE:ドアベル】

椎名「こんばんは」

安藤「椎名様、いらっしゃいませ」

椎名「この前の企画やっと通ったよ」

安藤「それはおめでとうございます」

椎名「私だけの力じゃない。チームみんなで頑張った成果だよ」

安藤「はい」

椎名「今回は、あいつの情熱にも助けられたな」

安藤「ほう。女性の方・・・ですか?」

椎名「ああ」

椎名「ちょっと感情的になることはあるが、チームのムードメーカーで欠かせない存在だ」

安藤「きっと素敵な女性なんでしょうね」

椎名「・・・そうだな」

椎名「コンテンツマーケティング、インフルエンサーマーケティングの活躍は目ざましいものがある」

安藤「バディ、というところでしょうか」

椎名「そうだな。バディ・・・か」

安藤「椎名様、今日は私からおススメのカクテルでもよろしいでしょうか」

椎名「ん?ああ、お願いするよ」

【SE:ステア、グラスを置く音 】

安藤「お待たせいたしました。ドライマティーニです」

椎名「これか。バーテンダーによって味わいが微妙に違ってくるカクテル-」

椎名「他の店でも飲んだが、安藤さんのが一番だよ」

安藤「ありがとうございます」

椎名「・・・で、何がいいたいの?」

安藤「カクテル言葉は『知的な愛』です」

椎名「・・・」

安藤「余計なことを申し上げるようですが、その女性を大切にされてください」

椎名「・・・ああ、そうだな」

【間】
【SE:ドアベル】

サキ「ここよ、ほら、入って!」

椎名「またムリヤリ・・・。お前、この店、知ってたのか」

安藤「いらっしゃいませ。おや、今日はお二人お揃いですか」

サキ「(安藤に小声で)この前はありがと!カクテル言葉、ぐっと来たわ」

サキ「ずっとモヤモヤしてたけど、そんなのわたしの性に合わない!今日、決戦よ!」

安藤「(小声で)それでは、テキーラ・サンライズでよろしいですか?」

サキ「もちろんよ!」

椎名「なに二人でコソコソ話してんだ?」

サキ「なんでもない、なんでもなーい。ね、安藤さん?」

安藤「(微笑んで)はい」

椎名「いつの間に、そんなに仲良くなったんだ?」

サキ「なになに?ヤキモチ?ほら、ここに座りましょ!」

椎名「今日はまたアクセル全開だな。」

安藤「失礼いたします。テキーラ・サンライズでございます」

サキ「ありがと!」

椎名「俺に注文権なし?」

サキ「だって、これキレイでしょ?」

椎名「ああ。綺麗なグラデーションだな」

サキ「でも、まだ色が変わるのよ。安藤さん、お願い!」

安藤「かしこまりました」

安藤「オレンジとグラナディン・シロップを混ぜるとさらに赤みが強い色になります。色の変化をお楽しみくださいませ。情熱的な色に変わるのが、テキーラ・サンライズの魅力です」

椎名「おお~」

サキ「ね、これ、明るくて情熱的な私にピッタリでしょ!テキーラ・サンライズのカクテル言葉は『熱烈な恋』なんですって!」

椎名「確かに」

サキ「どう?」

椎名「どうって、なにが」

サキ「わたしよ!わたし!どう?いい女でしょ?」

椎名「はぁ?・・・いや、まぁ否定はしないが、なんだいきなり」

サキ「じゃ、決まりね!」

椎名「だからなにが」

サキ「わたし、あなたが好きなの!いまから、あなたは私の彼氏に決定!」

椎名「そういう流れ・・・。ホントにお前は・・・」

椎名「そういうのは男から言わせろよ」

サキ「え?」

椎名「安藤さん。例のカクテルをお願いできますか」

安藤「かしこまりました」

【SE:シェイク】

安藤「お待たせいたしました。サイドカーでございます」

サキ「え、なに?用意してあったの?カクテル言葉は?」

安藤「はい、サイドカーのカクテル言葉は・・・」

椎名「『いつもふたりで』 ・・・だ」


Fin.