白い線香花火【朗読または声劇】

・僕(マコト):語り。25歳くらい。回想シーンや過去を思い出した時は10歳。
・祖父母(15年前・70歳)→祖母(現在85歳)
・マコトの友人(15年前・10歳)
・施設のスタッフ(不問)

※約20分
※朗読、声劇、どちらでもOK
#オンリーONEシナリオ2022・11月
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一年ぶりの帰省。
弓のように美しい弧を描く海岸に立つ。
潮の香りを大きく吸い込む。

「はぁ~。気持ちいい……」

身体が浄化されていくようだ。

この海は、僕の祖父母が眠る海。
白砂青松(はくしゃせいしょう)のサイクリングコースを自転車でゆっくり走る。
潮風を受け、青い海を眺めるのが好きだ。

祖父母は「浜綿(はまわた)」と呼ばれる「綿」を栽培していた。
僕は、この白くてふわふわした綿(ワタ)が不思議でたまらなかった。
夏にムクゲやフヨウに似た花を咲かせ、秋に熟す果実がコットンの材料になる。
下からのぞいてみたり、虫眼鏡でしげしげと眺めてみたり、触ってみたり―

じいちゃんがいろいろと教えてくれるのだが、僕があまりに質問攻めにするので
最後には、笑いながら、「いいから手伝え」と、
日焼けしてごつごつした手を僕の頭においた。
その手の温もりは、コットンのようなあたたかさで、僕はうれしかった。

――

ばあちゃんは、この土地にまつわる話をたくさんしてくれた。

昔々、この浜ができる前は、「夜見(よみ)の島」があったこと。
浜から対馬海流に乗ると「夜見が浜」へ流れ着き、長い年月をかけ、「夜見の島」は、日本列島とつながり、現在の「弓ヶ浜半島」ができたこと。

流水によって形成される砂や「たたら製鉄」の砂が流れ込んで、この美しい海岸ができたこと。

そして、魂が泡となって流れ着き、「夜見」の地で新しい身体と心がよみがえること。
「夜見(よみ)の島」で「黄泉(よみ)の国から帰る―」

僕は小さいなりに感動して、当時の様子に思いをはせたものだ。

じいちゃんも、ばあちゃんも「ここは、奇跡の半島なんだよ」と口癖のように言っていた。
二人はこの土地を本当に誇りに思っていて、この上なく愛していた。

僕「ヨミガエリ、か……。
じいちゃんとばあちゃんもどこかでよみがえっているのかな……」

――

じいちゃんは、いろんな妖怪の話をしてくれた。
ここは、妖怪で有名な街だ。

こどもの頃は、布団をかぶって、じいちゃんの話をドキドキしながら聞いていた。
話しを聞いたその晩は、母親を起こしてトイレについてきてもらったものだ。

「自然物にはすべて精霊が宿っていて、自然災害や悪いことが起きると、みんな妖怪が引き起こした」

そうやって、人間を超越した存在のせいにすることで、自然と共生してきたんだろう。

――

両親が僕の進学のことを考えて、都心部に引っ越した後も、
僕はこの浜と海が大好きで、毎週末、祖父母のウチを訪ねていた。

僕が行くと、ばあちゃんは、郷土料理でもてなしてくれた。
その度にじいちゃんは「ここの港は、五年連続日本一の水揚げ量を記録したことがあるんだぞ」と自慢する。
この島や海、浜、故郷の味を忘れてほしくないという願いが伝わってくる。

「僕、学校を卒業したら、絶対ここに帰ってくるよ」

そういうと、二人はにっこり笑ってくれた。
――

そんなじいちゃんが、海の事故で亡くなった。
泳ぎもうまく、船も上手に操れるじいちゃん。

「誰かを助けようとして、波にのまれた」と聞いているけど、僕はショックで覚えていない。

残された木綿畑は、他の人に譲ってしまった。

そして数年後、ばあちゃんが倒れた。
幼かった僕は、大好きだった二人がいなくなったことを受け入れることができなかった。

――

あれから十五年。
海水浴シーズンが終わり、浜辺に静けさが戻る頃、この土地を訪れる。

黄昏時に、雪が積もったような木綿畑を見て、祖父母と一緒に過ごした時間を思い出す。

そして、日が落ちて、波の音だけが聞こえる時間に、浜辺で「線香花火」をする。

「わたしが死んだら、その灰を海にまいて、線香花火で見送っておくれ」

それがばあちゃんの願いだった。

【回想】十歳の僕

僕「線香花火?」

祖母「線香花火は人生を表すんだよ。線香花火の燃え方は四段階あって、それぞれ牡丹、松葉、柳、菊と例えられていて―」

僕「じゃあ、僕は?」

祖母「マー君は、火がついたばかりの蕾かな」

僕「蕾かぁ。でも、もうすぐ牡丹が咲く?」

祖母「そうだね。もうすぐ咲くよ」

僕「じゃあ、ばあちゃんは?」

祖母「ばあちゃんは……、『柳』かねぇ」

そんなばあちゃんの話を聞きながら、線香花火が燃やす命の火をじっと見つめていたものだ。

――

浜辺を歩く。肌寒い。
海は月に照らさせている。
年に一度、浜辺で線香花火をする日は、空が白んでくるまで浜で過ごす。

僕「ここいらでいいか」

あまり潮風があたらないところをみつけて、しゃがむ。

僕「そういえば、この時期、小さい子どもが一人で線香花火をしているという噂があるみたいだけど、何かの妖怪かな」

もしその子を見つけたら『一緒に線香花火をしようよ』って声をかけてみようか―。
そんなことを思いながら、持ってきたろうそくに火をともし、線香花火を2本出す。
ひとつはじいちゃん、ひとつはばあちゃんの分だ。

線香花火の先端に火をつける。

ジリジリジリジリ

花火の先端が蕾のように丸い火球になり、しばらくすると、花が開いていく。
大輪の花が咲くように、火の勢いが強くなる。

パチパチパチパチ

生きる力を感じさせる『牡丹』

牡丹の次は、より激しく、火花が散り、一番盛り上がる『松葉』

バチバチバチバチバチッ

人生が充実する頃。

僕「僕の人生は『松葉』になってきたのだろうか……」

美しく枝分かれする火花を散らした後、勢いがおさまっていき、
火花が丸みを帯びてきて、散る方向が下向きになってきた頃。
それが『柳』

枝が垂れ、ゆらゆらと揺れ、ゆっくりとした時間が流れる豊かな時期。

そうしていくうちに、火花が消え、火球だけが残り、徐々に、静かに消えていく。
『菊』、あるいは『散り菊』とも言われている、儚い瞬間。

人生の最後の時期。

その間、ほんの一分ほどだ。

子どもの頃は、火の球を落とさないように必死だったのと、
誰が一番長く花火をつけていられるかの競争をしていたから、
人生なんてまだ考えることなく、無邪気にその瞬間を楽しんでいた。

あの頃は、それでよかった。

――

二本目の花火が終わろうとしていた頃、声をかけられた。

祖母「マー君」

僕「え……?」

聞き覚えのあるあたたかい声に、振り向いた。

祖母「もう一本持ってきたよ。最後に一緒にやろうか」

僕「ばあ……ちゃん……?」

祖母「毎年来てくれていたでしょう。ありがとうねぇ」

僕「……ゆ、め?」

祖母「そんな顔してどうしたの?」

そう微笑みながら、線香花火に火をつけるばあちゃん。

亡くなったばあちゃんが目の前にいる。
でも、不思議と怖くはなかった。

祖母「ああ、久しぶりの線香花火だ。きれいだねぇ」

僕「……」

祖母「時間はかかったけど、またこうやって、歩けるようになったんだよ」

僕「ばあちゃん……」

祖母「毎年、わたしたちのことを思い出してくれてありがとうね」

僕「うん……」

祖母「ん?泣いているのかい」

僕「だって……、だってさ……。会いたかったんだよ。ずっと、ずっとずっと!」

祖母「あたしもだよ。おじいさんも喜んでいるよ」

ざわっと潮風が吹き、ばあちゃんがつけていた線香花火が消える。

僕「あっ……」

ばあちゃんは落ちてしまった火球を、悲しそうな顔で見つめている。

胸のざわつきを覚え、僕は立ち上がり、周りを見回す。

僕「あれは……」

波に雪のようなものがたくさん浮かんでいる。

僕「……綿花?」

祖母「おじいさんも来てくれたようだねぇ」

波が押し寄せるように、十五年前の記憶が蘇る。
声にならない音が、息とともに出る。

僕「あぁ……」

そうだ。あの時、僕は、友達に見せたくて、畑から綿花を―

【回想】十五年前

友人「マー君のじいちゃん!ばあちゃん!マー君が!波にさらわれちゃった!!
マー君のお父さんとお母さんところにも行ったんだけどいなくて!どうしよう!」

祖父「今日は風が強い……。ばあさんは通報と、息子に連絡をしてくれ!
よし、急いで行くぞ。どのあたりだ?」

友人「こっち!!」

浜辺に向かって走る。

祖父「はぁはぁ……。波が高い……。おーい、マコト!どこだ!マコトー!!」

友人「あ、あそこ!」

祖父「あれは、綿花……?」

友人「マー君、僕にじいちゃんが作っているのを見せたいって……、僕も見たいって言っちゃって……。じゃあ、いつも遊んでいる浜辺でって……、そしたら風で飛んで行っちゃって、それをマー君が追いかけて……、それでそれで……!ごめんなさい!ごめんなさい!!」

祖父「あやまらなくていい。大丈夫だ、大丈夫。危ないから君は家に戻っていなさい」

友人「でもっ!!!」

祖父「大丈夫だから。親御さんのところにいなさい」

友人「うう……」

祖父「さ、早く」

友人「はい……。う……、うううっ!!」

―泣きながら走っていく

祖父「……。ん?綿花が増えてきた?まさか……。
あ、あれは、マコトの靴?マコト……、あそこか!!
待っていろ、いまじいちゃんが助けてやっからな!」

バシャバシャバシャバシャッ!

ザーン!!!

――

すべて……思い出した。

僕「じいちゃんは、僕を助けようとしてくれて……。じいちゃんが僕のかわりに……」

祖母「思い出したのかい」

僕「僕だけ助かったの?」

祖母「マー君」

ばあちゃんが僕の手を握り、立ち上がる。

僕「え……?」

祖母「マー君は、10歳のままだよ」

僕「どういうこと?」

祖母「マー君のせいじゃない」

僕「ぼ、く……、僕、死んで―」

祖母「マー君」

僕「じいちゃんも死んで、それで、ばあちゃんはショックで倒れたんだ」

祖母「マー君」

僕「あああ……、ごめんなさい……。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい!!」

その時、何かが僕をそっと包んだ。

僕「え……」

覚えのあるぬくもり。

僕「じい、ちゃん……?」

祖母「おじいさんは、ずっとマー君と一緒にいるよ」

綿(ワタ)が僕を包み、ふわっと浮かんだ気がした。

やさしい潮風が、さらに僕を空へと持ち上げる。

まるで、じいちゃんに抱きあげられているようだ。

僕「うう……、うわああああん、じいちゃん!じいちゃん!!」

祖母「マー君、もういいんだよ。もう十分だから」

僕「ううう……」

朝日が昇りはじめ、海がきらめきはじめる。

雪のような綿が、潮風に乗って僕を運ぶ。

祖母「会いたくなったら、今度は、ばあちゃんのところにおいで」

僕「うん……、うん……」

祖母「マー君、ありがとう。ありがとう……」

きらめきと共に、僕は自分が消えていくのを感じた。

最後に言葉を振り絞る。

僕「もう……線香花火を……これ……かわり……」

ばあちゃんは、空に向かって手を振っている。

僕は「下を……見て……」

祖母「……これは」

愛おしそうに見つめるばあちゃん。

僕の気持ちは通じただろうかー。

――

施設のスタッフ「山根さん。おはようございます。朝の散歩ですか?」

祖母「ええ」

スタッフ「もうすぐ朝食ですよ」

祖母「はいはい」

スタッフ「今朝の海はどうでした?」

祖母「……これまで見たことがないほど、一段ときれいな海でしたよ」

スタッフ「へぇ。……あれ?それは、線香花火ですか?」

祖母「浜辺に落ちていたのでね。それとこっちは―」

スタッフ「白い彼岸花?」

祖母「こうやって持つと、線香花火みたいでしょう」

スタッフ「ああ、ホントに」

祖母「白い彼岸花と綿花を一緒に活けてみようかしらねぇ」

スタッフ「いいですね。活けたら見せてくださいね」

祖母「はい。……ああ、散歩をしたらお腹がすきました」

スタッフ「食堂へ行きましょう。みなさん、待っていますよ」

祖母「はい、行きましょう」

施設へ向かう祖母。

歩みをとめて、空を見上げる。

祖母「マー君、おじいさん、また会う日を楽しみにしていますよ」


【終】


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※綿花は夏に花が咲き、秋に収穫できる。
※綿花の花言葉『私を包んで』
※白い彼岸花の花言葉『また会う日を楽しみに』
※鳥取県境港市・米子市
美保湾と中海に挟まれ、米子と境港にまたがって続く「弓ヶ浜半島」
その東側には、約20kmにわたって弓のように弧を描く海岸線が続いている。