古典落語声劇『替り目』(酒呑噺)

※古典落語を声劇バージョンにしました。
※別名「銚子の代り目」

【配役】[1:1]※約30分

  • 松本留五郎(亭主)/男/うどん屋
  • 女房
  • 枕・語り(どちらかが兼役)

----【枕】------------------------------

落語には、よく酒の噺、酔っ払いの噺が出てまいります。
お酒というものは、いい塩梅に飲むと気持ちのいいもんでございますね。
一人で飲んでいても、酒の席で友人ができ、酌み交わしているうちに、すっかり仲良くなったりと、これも酒の力でございます。
ですけども、ずーっと飲んでいるうちに、ある時を境に記憶が残ってない。
どうやって帰って来たかも覚えてないけども、なぜか家には帰ってる。
一緒に行った人に、「あんなことを言ってたよ」なんて言われたりなんかしまして。
困ったもんです。
かと言って、なかなかやめられない。
人力車しかなかったなんて昔は、酔っ払いの天下で、
夜遅くになると、こういう酔っ払いが方々(ほうぼう)からあらわれたそうです。

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【本編】

亭主:(酔っぱらっている)

いやぁ、いい心持ちンになっちまったナァ。

お、お犬様じゃねぇか。どうした、エエ?

あなたのお名前、シロですか、クロですか。

もうね、こっちは目の前、白っ黒、白っ黒しててわかりません。

まぁ、オメェも犬として立派な徳を積んで、人間に生まれ変わるということもあるということもないことも、あることもないこともない。

そうなった時にゃぁ、お互いに人間と人間として話し合おうじゃねぇか、なぁ?

それまでは、達者で暮らせ…

(犬、去っていく)

おぅ、おぅ、おぅ!ちゃんと最後まで話し聞けェ!

なんだよ、ちくしょうめ。

(車屋に声をかけられる)

おォ、なんだぁ?びっくりしたァ。車屋か。

なに?乗ってくれ?

嫌だよ、おれは車嫌いなんだよ。酔っちまうんだよ。

……んだよ、その顔は。

あァ?千鳥足になってるだと?

何言ってやがんだ。まっづく歩けるよ。

今日は客足がなくて困ってるから乗ってくれって?

知らねぇよそんなの。

旦那を男と見込んで?……ったく、おだてやがって。

わかった、わかったよ。おれも江戸っ子だよ。頼まれたら嫌とはいえねえ。

そこまで言われちゃぁ、乗るしかねぇ。よし、乗ってやるぞぉ。


よ、よっと。はい、乗りましたっと。へへ

え?どちらへ参ります?なんか勘違いしてねぇか?

俺は車に乗りたいと思って、呼び止めたんじゃないよ。

オメェが乗ってくれ、旦那を男と見込んでって言うから、仕方なく乗ってやってるんだ。

俺、行くとこないの。

じゃあ、降りろ?テメェ、この野郎。

あー、ちょっちょっと待ってくれ。

あげた舵棒(かじぼう)ちょっとおろしとくれ。

そこにね、灯りがついてるウチあんだろ?

そこんちの戸を叩いて「こんばんは」って尋ねてみてくれよ。

大丈夫だよ、いたずらじゃねぇよ。用があんだよ。

(戸を叩く)

おーい。

(戸を叩く)

お~~い!松本留五郎さんはいらっしゃいますかぁ!


女房:はいはい、どうぞ、開きますよ。

まぁ車屋さんじゃありませんか。

どうしたんです?え?ひどい酔っぱらいに言われて?

大変ですねぇ。酔っ払った方の面倒もみなきゃいけないなんて。


亭主:(家の中に入ってくる)よっこいしょっと。

車屋:ああ、ダメですよ、旦那!


女房:いいんですよ。この人、ウチの人ですから。

酔っ払ってそんなことばかりしてるんですよ。

で、お前さん、どこから乗ってきたの?

車屋さん、おいくら?

え?うちの前で乗っかっちゃった?

すいませんねぇ。さっ、これ、ほんの少しですけど、持っててちょうだい。

まぁいいじゃありませんか。

またこれからもね、いろいろお世話になるかもしれませんから。

ありがとうございました。ご苦労さまでしたね。

あ、すいません、そこ閉めてってくださいな。

どうも、はい、おやすみなさい。どうも。

はぁ……。

どうしてお前さん、うちの前から車乗るんだよ!!


亭主:しょうがねぇじゃねぇか、向こうが乗ってくれって言うから乗ったんだよ。

それにオメェ、車屋がいらねぇいらねぇって言ってんのに、銭やってたね。

どうりで俺が稼いでも足んねぇと思ったら、オメェ、あの車屋に貢いでたな?


女房:何いってんだよ、この人は。もう5回目だよ?

最近じゃ、このうちの前で待ってりゃ、一回りしなくても駄賃がもらえるって車屋の間で噂になってるんだよ?


亭主:そりゃ面白れぇや、俺も出世したねぇ!


女房:ちょいと、大きな声出しちゃだめよ。

ご近所は寝てんだからさぁ。ご迷惑ですよ。


亭主:なにぃ?ご近所に迷惑かけてる?そいつぁいけねぇな。

ご近所付き合いは大事にしないとな。

ちょっくら、いまから行って詫びて・・・


女房:やめてくださいよ!

今日はもう遅いし、床も延べてあるんだからさ。

さァ、寝ましょ。ねっ、さ、寝ましょ。


亭主:オメェは、なぜ、俺の顔を見ると、寝たがるの?


女房:なにをくだらないことを言ってんだよ。

もう遅いんだからさ、早くお寝なさい。


亭主:なんだぁ?


女房:だから、布団敷いてあるんだから、早くお寝なさいって言ってんの!


亭主:お寝ない。


女房:お寝ないって、どうすんのよ。


亭主:だから、お寝ないでさ、(おちょこで酒をのむ手つきをして)ちょいとコレやろうかと思って。


女房:なんだい?その手つきは。


亭主:オイオイ、俺たちゃ何年の付き合いだよ。この手つき見りゃあ、わかるだろ?

お寝ないで、お飲むんだよ。


女房:それだけ飲んでりゃもう沢山でしょう。

今日は、もう「飲ま・せま・せん!!!」


亭主:……おメェ、近頃この家で大層偉くなったね。ええ?

誰に向かってそんな口の聞き方ができんの?

俺はこの家の主(あるじ)だよ?

主と言えば、この家で一番偉いんだから。


女房:偉くないとは言わないけどさぁ、そんなに酔っ払ってちゃ、飲めないでしょう?


亭主:飲めないでしょう?じゃないんだよ。俺は飲めるんだよ。

男ってのは、世の中ン逆らって生きてるんだ。

そういう風に言われると、男としちゃァ、意地でも飲みたくなるんだよ。

だいたいお前ね、口の利き方知らないの?

仮にも女なんだから、もっときれいな言葉を使わないといけねぇ。なっ。

俺が酔っ払って帰ってきたら、嘘でも、

「お帰んなさいまし。そとは外、うちは家。おたしのお酌じゃァ気に入らないでしょうが、一杯飲んで寝たらどうです?」っと、こう言ってみろ。

そうすりゃあ、こっちだって、

「あ、家で支度をしているのに外で飲んで来ちゃった悪かったなぁって。飲むのよそう、飲みませんよーっ」てなことになるんだよ。

それを「飲ませませんよ!」って言うから、こっちは意地でも「飲むぞ!」ってことになるんだよ。


女房:うるさいねぇ、この人は。じゃ、そう言やァいいんだね。

「お帰んなさいまし。そとは外、うちは家。あたしのお酌じゃァ気に入らないでしょうが、一杯飲んで寝たらどうです?」


亭主:そうかい、じゃもらおうか。


女房:インチキじゃないのさ!


亭主:

インチキしないと、ウチでは飲めないの!

なァ、おかァちゃん、一本だけつけてよ。一本だけ、一本だけつけてくれィ。


女房:花火をかい?


亭主:花火持って遊ぶ年かよ、お酒、一本だけつけてくれよ。


女房:お湯が沸いてないから、冷だよ。


亭主:冷でもいい!冷でもいいからもう一本ってな。


女房:もう仕方ないねぇ。一本だけだよ?


亭主:おお、有難いねェ。

あっ、おい、おい、ね。ついでにね、こんなものないの?

(指をつまんでクイッとする仕草)


女房:お焼香かい?


亭主:お通夜で酒飲んでんじゃないんだよ。

なんか抓むもんはありませんかってんだよ。


女房:ありませんよ。鼻でもつまんでなさいよ。


亭主:あのね、はばかりで酒飲もうってんじゃないんだよ。


女房:それじゃあ、茶瓶の蓋。


亭主:そうじゃねぇよ。

なんで鼻つまんで茶瓶の蓋つまみながら、酒飲まなくちゃいけねぇんだよ。

つ・ま・み!

つまみ出せってんだよ!


女房:お前さんを?


亭主:てめぇいい加減にしろよ?

俺をつまみ出してどうすんだよ!

あぁ、なんか、なんか食い物ぐれえ!


女房:ないない。ありません、ありませんよ。

ああ!

もうちょっと早く帰ってくりゃ、そこに油虫がいたのに。


亭主:こんちきしょう!

お前ねェ、狭くても人が住んでるウチだよ。探しゃなんかあるもんだよ?

あァそうだ。朝、俺が食って残しといた、納豆が36粒あるだろ。


女房:ああ、あれかい、あれ、食べちゃったよ。


亭主:なんだァ?


女房:「食べちゃった!!!」


亭主:・・・あー、びっくりした。

俺、いまオメェに飲まれるかと思ったよ。大きな口開けるねぇ。

言葉遣いが悪いと、そういう風になるんだ。ねぇ?

日本にはいい言葉があるんだよ。

「いただきました」

ねぇ?「いただきました」って、ほら、口見てごらん。

ちょっとしかあいてないでしょ?

そう言うときは女は女らしく、「いただきました」と、こう言えないのかい?


女房:うるさいねぇ、この人はもう。じゃあ、はい。

「いただきました」


亭主:そうかよ。いただいたんならしょうがない。んー・・・。

あっ、海苔があったろ、焼き海苔が。


女房:あぁ、あれ、いただきました。


亭主:あっ、そうだ!イカの塩辛があったろ。


女房:いただきました。


亭主:枝豆!あったろ枝豆が。


女房:いただきました。


亭主:前のうちから、メザシもらったなー。


女房:いただきました。


亭主:裏のかみさん、シャケくれたなー。


女房:いただきました。


亭主:隣の旦那・・・


女房:いただきました。


亭主:オイオイオイオイ!それは穏やかじゃないよ。

おめェ、隣の旦那なんぞ、いただくのか。

だいたい、いただき過ぎだよ、オメェは。

たまにゃァ、俺にだって、いただかせろィ。


あっ!そうだ!台床行ってなぁ、糠みそかきまわせ。

下の方から出し忘れってのが、よくひとつやふたつ、あるもんだよ。

そいつ出して、ぬか洗ったら、トントントントンて、細かく刻んで塩出しして醤油をかけて持ってこい。


女房:すまないねぇ。

お昼になんにもなかったもんだから、あたしがもぜーんぶさらって出しちゃってねぇ、

お茶漬けで食べちゃったんだよォ。

・・・そうさね、なんにも漬いちゃいない、生の茄子があるだけだよ。


亭主:・・・それ持ってこい。


女房:持ってこいって・・・、おまえさん、生だよ。


亭主:いいよ!生の茄子かじって、塩なめて、頭に石乗っける。


女房:なに、くだらないこと言ってんだい。


亭主:あぁそうだ。裏の物置行って、たくわん出してこい。


女房:あれは、大家さんとこの物置だよ!


亭主:ねーなー。なんかねーかなー。


女房:まるで子どもだよ。めんどくさいねぇ。

あっ、そうだ。

おでん屋さんが起きてっだろうから、おでんでも買ってこようか?


亭主:えらい!いいとこへ気が付いたねー。おでん、結構!

頼んますよ、ってんだぁ。


おーっと、ちょっと、ちょっと待って、待ちなよ。

何を食いてぇか、聞いてから行きなさいよ。

あのね、おでんってなものは、いろいろな物が入っているんで味がでるんだよ。

で、また、その日によって食いたい物と、食いたくねぇ物があるんだ。

「お前様、今日は何を召し上がりますか?」って聞いてから買いにいきなさいよ。


女房:はいはい。

「お前様、今日は何を召し上がりますか?」


亭主:あー、「ガン」に「ヤキ」買っち来てくれぇ。


女房:あら、おでん屋さんに焼鳥があんの?


亭主:だから、お前はなんにも知らねぇってんだよ。

鳥じゃないよ?「がんもどき」だよ。

いいか、がんもどきが「ガン」。焼き豆腐が「ヤキ」だ。

おでん屋行っていちいち「がんもどきをください、焼き豆腐をください」って

そんな長ったらしいこと、言ってらんねェから、つづめて「ガン」「ヤキ」と言うんだ。

そいで、おでん屋のオヤジにポーンとわかる。


女房:あらそう。半分言うほうが通なのかい?

じゃあ、あたしもついでに「ジ」と「ペン」でも、もらってこようかね。


亭主:なんでぇそりゃ。


女房:「スジ」と「ハンペン」だよ。


亭主:ややこしい詰め方すんな!

もう、なんでもいいから買って来い!


・・・って、なにしてんの。

また、早く行けってぇと鏡の前に座りやがって。


女房:だって、外へ出るのに素面(しらふ)じゃ恥ずかしいじゃない。


亭主:飲んでねぇんだろ。大丈夫だよ。


女房:その白面(しらふ)じゃないよ。


亭主:ちょっとそこまでなんだからさぁ、誰もお前の顔なんか見ちゃいないよ?

おしろいをパタパタ、紅を塗って、夜におでん屋のオヤジをおどかして、そんなに面白いかい?

いいんだよ、夜なんだし、顔なんぞどうだって。

なんなら顔なんぞなくてもいいんだよ?

手と足だけあって、俺の用だけしてりゃいいんだから。

ぐずぐずしてやがっと、叩き出しちまうぞ。

早く行ってこーい!


女房:もう!わかったよ!


亭主:ふっ、ははははー。へへへへー。あいつぁいいね。

やっぱし、かみさんてぇなぁ、ありがたいね。

灯りをつけて待っててくれて、こんな夜遅く、鍋ぶる下げておでん買いに行ってくれんだからねェ。

やっぱし奴ァ、俺に惚れてるんだね。

友だちなんかみんな褒めてくれるんだ。

「お前はいいかみさん持って幸せだ。器量がよくて、気立てがよくって、よく働くし、それに色が白くて、笑うと、ぽこっとえくぼのしっこむとこなんざぁ、男好きする女だよ」

居ねぇから言っちゃうけど、ほんとだね。えへへっ。

口じゃ「コノヤロー!」「おたふく!」なんて言うけども、

腹ん中じゃァ「すまねェなー」って思って、いつでも、こう手ェ合わして拝んでんだよ。


(女房まだいる)


アーーーッ!まだそこにいたのかい!!!

いけねぇ、元帳を見られちまった。

えらいこと聞かれちゃったよォ。

こらァ、明日っから、にらみが効かねえや。まいったね、こりゃ。


(うどん屋の音が聞こえる)


ん?あの音は・・・

おぉ。いいものがやって来やがった。

丁度いいや、おーい!

(手を叩く・パンパンパン)

こっちだよ、こっちだよ、おーゥ。

(手を叩く・パンパン)

うどん屋!

こっちだー。おう!わかったか、こっちだー。

そこ開けて入っとくれ。

すまないがねー、この、お銚子ちょっとお燗してくれ。

「は?」じゃないよ、ちょっとお燗してくれよ。

お、ありがてぇありがてぇ。

「お寒ーございやすなー」って、オメェが、そこ開けっからさー。

寒いと思ったらそこ閉めたらどーだよ。えぇ?


最近、景気はどうだい?ええ?よくない?そうだろうなぁ。

・・・で、お燗はまだかい。

おぅ、どれ。・・・なるほど。

おめェも飲むくちだな。へへっ、いいお燗だよ。ありがとな。

すまなかったね。

じゃ、そこピッタリ閉めて帰って(けぇって)。

寒い(さぶい)から、ピーッタリな、閉めて帰って。

え?うどんはどうかって。

酒飲みに、うどんなんぞ勧めるなよ。

オメェ、なにか?押し売りすんのか、おぅ。

「夜中、火ィ熾(おこ)した車引っ張って歩いて、よそ様のお燗して歩いてんのが商売じゃねえ」って?

この野郎、ぬかしやがったなー。

物騒な野郎だなァ。ほうぼうに火事があんのァ、てめえが原因か。

こらー、もいっぺん開けて入ってこい。


女房:なに言ってんだよ。また夜中に大きな声だして。

あら、ちゃんとお燗がしてあるねー。まめだね、お前さんは。

お湯沸かしてお燗したの?そうじゃない。どうしたのさ?

え?うどん屋に?お燗をつけさした?まぁ気が利いてるねぇ。

じゃぁ、あたしにうどん取っといてくれたの?

なんにも取らない?じゃァ、いくらかやったの?

やってない?けど、なんかいくらかやったんだろ。

剣突(けんつく)やった?

そんなことやるんじゃないよ。ほんとに可哀想に。

じゃあ、あたしが食べるからとってやるよ。

まだ、近くにいるだろ?あっ、あそこにいるよ。


ちょっとォ、うどん屋さん!うどん屋さーん!


男:おう、うどん屋、あそこのうちで呼んでるぞ。


うどん屋:へいっ。ありがとゥござんす。

あ・・・あそこのうちァ、いけません。


男:なぜだぃ


うどん屋:今時分は、お銚子の「替わり目」でしょう。


―終演―

参考:

古今亭志ん朝

桂 枝雀

桂 米朝(3代目)

桃月庵白酒