【登場人物】[ 0 : 3 ]
■川村 舞子:22歳。学生の頃、バレエをやっていたがレッスン中の事故で歩けなくなる。以降、車椅子。障害者。※演者は、常に車椅子移動していることを意識する。
■まい:3歳くらいの女の子。自分を「まいまい」と呼ぶ。
■沢辺陽子:舞子の会社の先輩。20代後半。地域のフリーペーパーを制作している。
■安東礼子:最寄り駅で出会う。50代。沢辺と安東は兼ね役。
※40~50分
※ファンタジー
#オンリーONEシナリオ2022
【本編】
【SE雨音】
舞子(М):六月 梅雨。雨の日になると、あの子が現れるようになった。
―朝
舞子:あ~あ、今日も雨かぁ。足も、節々も痛いし、重い。
こんな日に車椅子で出かけなきゃいけないの本当に嫌。
なんでこんな苦労しなくちゃいけないの。
んー、今日の降り具合なら傘でもいいかな。
はぁ、仕事休みたい。出かけたくない。
でも……行かなきゃ。
―最寄り駅へ(あじさいヶ丘)
舞子:ふぅ、やっと駅についた。もう疲れた……。
通勤だけでひと苦労だよ。
タクシー代も、障がい者割引って言ったって1割だし。
バスや電車に乗れば、視線が痛いし。
通勤時はギスギスしてるからなぁ。
まい:おはよ!
舞子:え?
まい:おはよ!
舞子:あ、お、おはよう。
舞子(М):初めて会う子よね……?
まい:おねーさん、つかれたの?
舞子:え?
まい:ためいき、いっぱい。
舞子:あ……、ちょっと……ね。
まい:ふぅん。
舞子:えっと、あなたは?学校に行くところ?
まい:がっこう?
舞子:ん?幼稚園?行ってないのかな。何歳?
まい:んー?
舞子:え?3歳?4歳?迷子?
まい:まいご、ちがう!ともだちもいる。
舞子:そう、なの?
まい:おねーさん、「えべれーたー」つかう?
舞子:エレベーター?あ、うん、使うよ。
あなたも行きたいのかな?場所がわかんない?
まい:わかる。
舞子:……?あなたも乗るの?
まい:のる。
舞子:じゃ、一緒に行く?
まい:うん。
舞子:あなたがさしてる傘、随分と大きくて丸いわね。
ママのとか?パパのかな?
まい:これわたしの!わたしのおうち!
舞子:え?おうち?
まい:みて、みて。あそこ。アジサイ。
舞子:あ、ホントだ。青い紫陽花だね。
まい:きれい。
舞子:うん、綺麗。
まい:アジサイ、だぁいすき!
舞子:うん、わたしも好きよ。
まい:アジサイ、ともだち。
舞子:紫陽花が?
まい:うん。
舞子:……?そう。
まい:おねーさん、みて、みて。
舞子:ん?
まい:【SE傘ぼふっ】カサとじると、わたしいない・いない。
舞子:ホントだ!すっぽり!(笑う)
まい:わらった!やったやった!
舞子:あはは!
まい:カサ、ぐるぐる。
舞子:ああ、回すとぐるぐる巻きに見えるね。
まい:おねーさんのは、"もよう"ない。すけてる。
舞子:ん~、かわいい傘ほしいけど、透明じゃないと見えなくて危ないからね。
まい:でも、おねーさんのカオ、みえる。かわいい。
舞子:かわっ……!(照れる)あ、ありがと。
まい:あ!【SE傘ぼふっ】
舞子:ど、どうしたの?
まい:あめが、メにはいった。びっくりした。
舞子:大丈夫?
まい:だいじょぶ!いこう。えべれーたー。
舞子:ふふふ。
あなた、名前はなんていうの?
まい:「まいまい」
舞子:まいまい?あだ名かな?
私も「舞子」って言うの。同じ名前ね。
まい:おなじ~。えへへ。
舞子:ふふふ。あ、エレベーターについたよ。
まい:のる。
舞子:電車にも乗るの?
まい:のらない。
舞子:わたしは、改札口の三階に行くけど……。
まい:いいよ。
―二人でエレベーターに乗る
舞子:まいちゃんは、どこに行くの?ひとりで大丈夫?
まい:だいじょぶ。まいまい、おねーさんに、ばいばいするだけ。
舞子:え?わたしに?
まい:うん。
舞子:わたしのこと知ってるの?どこかで会ったかな……。
まい:ついた。
舞子:あ、ええと、わたしはエレベーターを降りて電車に乗っちゃうよ?
まい:うん。ばいばい。
舞子:え?下に戻るの?
まい:うん。
舞子:一階のボタン、押せる?
まい:おした。
―ドア閉まる
舞子:あ、気を付けてね!
まい:ばいばい。またね。
舞子:う、うん。
―まい、エレベーター1階へ
舞子:あの子、大丈夫かな。ちょっと変わってる……。
って、電車!乗り遅れちゃう!ああ、もうヤダ!
すみませーん、駅員さん。手伝っていただけますか?
―舞子。この春入社した会社にて
沢辺:川村さん。
舞子:あ、はい。
沢辺:ここ、間違ってるの。やり直してもらえる?
舞子:あ!すみません!やり直します。
沢辺:ちょっとミス多いのよね。
地域のフリーペーパーを作ってるからってなめてない?
舞子:そんなことないです!学生の時から、ポストに入ってるの毎回読んでましたし、デザインもオシャレで、それで!
沢辺:あ、そ。印刷会社なんだから、校正、校閲しっかりしてくんないと。
舞子:はい。こんなに大変な作業だとは……
沢辺:思ってなかったと。はいはい、みんなそういうのよね。
舞子:……。
沢辺:あなたさ、障害者雇用で入社してきて甘えてない?
それとも五月病が続いているの?
ずっと下を向いたままだし、やる気が感じられない。
言われないと動かないし。
わたしはサポートはするけど、特別扱いはしないからね。
いつまでも学生気分でいられたら困るし。
舞子:すみません……。
沢辺:へこんでないですぐ直して。
舞子:はい。
沢辺:あとさぁ、ちゃんとリハビリしてる?
舞子:えっと……、先生から「足が動く可能性は限りなくゼロに近いし、歩けるようになる事はない」って言われて……。
沢辺:ふぅん。で、やってないんだ。
舞子:……。
沢辺:可能性ゼロに近いかもしれないけど、ゼロじゃないんでしょ。
……ま、いいわ。本人にやる気がないなら仕方ない。
とにかく、それやり直してね。
舞子:はい……。
―沢辺先輩、退場。
舞子:はぁ、また怒られちゃった。どうしてこう同じミスしちゃうんだろ。
わたしってホントだめ……。
沢辺先輩、絶対わたしのこと嫌ってるよね。
もうちょっと優しくしてくれてもいいのに。
障害者のことも理解してほしい。なんか集中砲火……。きつ……。
―帰宅。最寄り駅着。
舞子:……最悪の一日だった。
まい:おねーさん!
舞子:え……?あ、朝の……。
まいちゃん?どうしたの?
まい:おかえり!なの。
舞子:た、ただいま。まさか待ってたの?
まい:おねーさん、つらいつらい?
舞子:う……。
まい:おてて。にぎる。
舞子:え?
まい:つらいのつらいのとんでけー!
舞子:そんな簡単に……。
まい:にこにこ。
舞子:ってあれ?なんかスッキリしたんだけど……
まい:まいまいが、おねーさんのつらいつらい、もってかえる。
舞子:どういうこと?
まい:ふふ~ん♪
舞子:ね、ねぇ、まいちゃん。
あなた、どこの子なの?どうして私に会いに来るの?
まい:んん?うーん、あっち。
舞子:あっちって、紫陽花の方だけど……。
まい:そう!
舞子:ええ~?ホントに?心配になっちゃうよ。
まい:だいじょぶ。
舞子:そう……?
―数日後、雨の朝。駅前にて。
まい:おねーさん、おはよ!なの。
舞子:まいちゃん……。おはよう。
まい:いつものってるコレなに?
舞子:ああ、これ?これは「く・る・ま・い・す(車椅子)」
まい:のりたい!
舞子:あ~、これはねぇ、自分で歩けない人とか体が不自由な人が座るんだよ。
まい:まいまい、のれない?
舞子:う~ん、ごめんね。
まい:おねーさん、あるけない?
舞子:えと、歩く練習はして……るけど、何かを持って立ち上がるので精一杯。
まい:じゃ、はしれない?
舞子:それは無理ね。
まい:まいまいね、いま、はしってる!
舞子:え?え?それで?……ってごめん。
あなたも足に障害があるの?
まい:しょーがい?
舞子:ええと、うまく説明できない。怪我したとか、病院に行ってるとか?
まい:ない。げんき!まいまいがあるくと、このくらい。
舞子:車椅子よりゆっくり……。
まい:の~んびり。いろいろみえる。たのしい。
舞子:これからもっと走れるようになるよ、大丈夫。
まい:ううん(首をふる)これでおしまい。
舞子:どういうこと?
まい:ん~?? おねーさん、あし、いたいいたい?
舞子:痛みは、感覚がほとんどないからそうでもないよ。
まい:ん?
舞子:事故でね。
まい:ジコ?
舞子:話すと長くなっちゃうからなぁ。今日もお仕事なの。
まい:ききたい。
舞子:いいけど、いまはダメ。
まい:ダメ……。【SE傘をつぼめる】
舞子:あ!ええと、帰って来たら!
おウチの人にも言っておいて?パパ、ママ心配するでしょ?
わたしも怪しまれて、通報されたら困るし。
まい:うん!
舞子:じゃあ、またね。
まい:ばいばーい!!
舞子(M):あの子、いつもひとりで……。本当に大丈夫なのかな。
―帰宅。最寄り駅
まい:おかえり、なの!おはなし!おはなし!だいじょぶ!
舞子:ホント?
まい:うん!
舞子:じゃあ……、話すね。
お姉さんはね、昔、踊ることが大好きだったの。
バレエを三歳から高校二年生までやってたの。
まい:うん。
舞子:「パ・ド・ドゥ」って言うんだけど、男女二人の踊り手で行うのがあって―
まい:パパ……?
舞子:「パ・ド・ドゥ」
まい:パパどー
舞子:難しいね(笑う)
それで、踊っている最中に「リフト」って言う、男の人が女の人を持ち上げる技があるんだけど、着地に失敗してね。足が動かなくなっちゃったの。バレエはもうできない。
まい:……かなしい?
舞子:入院中は、毎日・毎晩泣いてたよ。
もう全部どうなってもいい!って思ってた。
いまも時々……、猛烈に悲しくなる時がある。
いつまでもメソメソしてたらいけないって、頭ではわかってるんだけど、心がついていかない。
まい:よしよし(つま先立ち。精一杯手を伸ばして頭を撫でる)
舞子:え……。
まい:おねーさん、がんばった。よしよし。
おねーさんのかなしい、まいまいもらう。
舞子:まいちゃん……(涙が出そうになる)。
まい:なみだ、だす。いい。
舞子:やだ、涙……。ごめ……。
まい:よしよし。
舞子:ちょっと待って……涙がとまんない。
こんな小さい子に慰められて……
まい:なみだ、きれい。
舞子:そんなことないよ。ぐしゃぐしゃだもの。
こんなところで泣いて恥ずかしいよ。
まい:きれい。かなしいなみだも、まいまいがもらう。
舞子:まいちゃん……
【間】
安東(通行人):あの、大丈夫ですか?何かお手伝いできることがあれば。
舞子:あ!いえ、ありがとうございます!
安東:遠慮なく言ってください。
まい:「えべれーたー」まで、おして。
舞子:まいちゃん!
安東:え?
舞子:いまのは!わたしじゃなくて、この子が!
安東:この子?
舞子(M):うわぁ、わたしにしか見えない子だったぁ……!
安東:ああ、もしかして、まいちゃんね。
舞子:え?!知ってるんですか?
安東:わたしも、昔会ったことあるわ。
舞子:昔ですか?
安東:10年くらい前かなぁ。
舞子:あの、わたしを変人だと思わないでくださいね。
いま、わたしの横にいるんです……。
安東:あら、そうなの。わたしには見えなくなっちゃったけど、わかるわ。
舞子:あの、この子、幽霊……ですか?
安東:ちょっと違うわね。なんて説明したらいいのか……。
とにかく悪い子じゃないわ。安心して。
舞子:はぁ……。
安東:いま、まいちゃん、にこにこしてるんじゃない?
舞子:してます。
安東:ふふふ。何代目のまいちゃんかな?
わたしも、いま杖ついてるでしょ。
親子で交通事故にあって、当時は車椅子だった。
もうだめだと思った。人生を悲観してたわ。
そんな時に、まいちゃんが現れるようになったの。
あなたが、いまその時のわたしと同じ状態なのね。
……しんどい?
舞子:そう、ですね……。
安東:そっか。そうよね。何か手伝うことある?
舞子:いえ!大丈夫です。ありがとうございます。
安東:まいちゃんなら大丈夫だから。あとはあなた次第。
舞子:……はい。
安東:まいちゃん、ばいばい。
まい:ばいばい。
安東:これも何かの縁ね。また会えるかもしれないわ。
舞子:はい。
安東:じゃ、さようなら。
―安東、退場
舞子:……。
まい:あし、な~ぜな~ぜ うごく!(呪文かけるように)
舞子:いいのよ、もうわたしの脚は動かないんだから。
まい:うごく!うごく!
舞子:動かないってば……。
まい:なぜなぜする!(ちょっとムキになっている)
舞子:(被せ気味)「動く」なんて簡単に言わないでよ!!
まい:っ!!【SE傘に隠れる】
舞子:……あ。ごめ……。
まい:(隠れたまま)おこった。
舞子:ごめんね!いきなり大声出して。まいちゃん、傘からでてきて?
まい:(隠れたまま)もうおこらない?
舞子:怒らない。大人げなかった。本当にごめんね。
まい:ん……(出てくる)ぷんぷん、も、もらう。おてて。
舞子:握るの?
まい:にぎる。
舞子:ごめんね……、だめなお姉さんで……
まい:だめじゃない!だめっていったらだめなの!
舞子:でも、心がぐちゃぐちゃで……
まい:はぐ!はぐ!
舞子:ハグ?
まい:(抱きつく)おねーさん、あるける!!ぎゅー!!
舞子:……立ちたい。踊りたいなぁ。
―会社にて
沢辺:川村さん。
舞子:は、はい!
沢辺:そんなにビクビクしなくてもいいじゃない。
舞子:あ、つい。すみません!
沢辺:「すみません」が多い。
舞子:すみません!……あっ!また……。
沢辺:これ。2ページ目の、団体紹介あるでしょ。
そこの活動と代表者を取材してみない?
舞子:わ、わたしが?ですか?
沢辺:もちろん、わたしも同行するわよ。
舞子:で、でも……
沢辺:毎年、9月に駅前のホールで芸術祭があるでしょ。
そこに出場する団体のひとつよ。
舞子:わたしなんかにできるでしょうか……。
沢辺:(ため息)もうちょっと食いついてきたら?
舞子:え?
沢辺:やります!やらせてください!!とかないの?
舞子:う……、でもわたしなんかが……
沢辺:それ、あなたの口癖ね。殻に閉じこもっちゃって。
とにかく、これ見て。
舞子:……「車椅子ダンス」?
沢辺:あなた、昔バレエしてたんでしょ?
舞子:え、知ってたんですか?
沢辺:面接の時、履歴書見たからね。
舞子:あ、そうでしたね……。
沢辺:障害者と健常者とが一緒になって社交ダンスを踊るの。知ってる?
舞子:いえ、知らなかったです。
沢辺:ちょっと違うだろうけど、バレエやっていたなら、話しも少ししやすいかと思って。どう?
舞子:ダンス……。
沢辺:あんまり自分のこと言いたくないんだけど。
わたし、事故にあって、足腰を手術して、リハビリして歩けるようになったのよ。
まだ痛むし、だるくて何もできない日もあるけどさ。
入院中、リハビリをちゃんとすれば歩けるようになるはずなのに、嫌がったり、ふて腐れたりして結局歩けないまま退院していった人を何人か見てきた。わたしはそうはなりたくなかった。「絶対、歩いてやる!!社会復帰してやるんだ!」って。
舞子:先輩……。
沢辺:ただの負けず嫌いってのもあるんだけどさ。
最初は、「かたつむり」くらいのスピードでも動けるようになればいいじゃない。
いつまでも、殻に入ったままじゃ心も死んじゃうわよ。
舞子:かたつむり?
沢辺:とにかく!担当割り振ってあるんだからやってもらうわよ。
取材の日も決まってるの。
舞子:そうなんですか!?
沢辺:7月中旬には配布しないといけないんだから、遅いくらいよ。
やるわよね?
舞子:は、はい!やります!
沢辺:じゃ、明日、約束とってあるから質問事項考えといて。
舞子:明日ですか?!
沢辺:お客さんからの指定なの。用意しといて。
舞子:はい!
ー沢辺、退場。
舞子:ほえ〜……ってボーっとしてる場合じゃない!考えなきゃ!
……先輩も頑張ったんだな……。
ー帰宅。最寄り駅
まい:おねーさーん!おーかーえーリー!
舞子:まいちゃん。ただいま。
まい:にこにこしてる!
舞子:えー、わかる?
まい:おねーさん、にこにこ、うれしい!
舞子:まいちゃんにもおすそわけ。手をだして。
まい:わくわく♪
舞子:はい。どう?
まい:はわぁ。まいまい、おどりたくなった!
のび~ ちぢみ~ おうちはいる~ でる~♪
舞子:あははっ!かわいい!
まい:えへへ~
舞子:今度、やりたかった仕事、ひとつできるんだ。
まい:おお?
舞子:できあがったら見せてあげるね。
まい:みる!
舞子:車椅子ダンスか……。まずは調べておかなきゃ。
まい:おねーさん、またがんばる!うれしい!
舞子:ありがと。
まい:しんどい、くやしい、かなしい、ぷんぷん、うれしい、み~んなおねーさん!
舞子:みんなわたし……?
まい:うん!ピカピカ、ほうせき(宝石)!
―車椅子ダンス団体代表者への取材の日
【SE 着信音】
舞子:(電話)ええええええっ!先輩、急用できたって!そんなぁ、わたし一人で無理ですよぅ!
沢村:(電話)こっちも今日じゃないと無理なんだって。しょうがないじゃない。
相手の方に言ってあるし、今日のお客さんは大丈夫だから行ってきて!
舞子:わたしが大丈夫じゃないですよーーー!!
沢村:こっちも時間ないから。約束時間、絶対守ってよ!
レコーダー持ってるでしょうね?
舞子:持ってますけどー!
舞子:OK。あとは「スマイル」よ!
こっちも急いでるから切るわよ。じゃね!
舞子:え、先輩、先輩ぃいいいいっ!!
切れた。……嘘でしょ……。
鬼だ。。。
あー、もー!腹をくくれ、舞子!行くしかない!
【間】
舞子:ここね。うちの最寄り駅から車椅子で10分くらいか。
1階が事務所……「まいまい車椅子ダンス倶楽部」
緊張する……。深呼吸。すぅ~ はぁ~
よし、インターフォン。
【SEピンポーン】
舞子:失礼します。「地域コミュニティ新聞 マイラブタウン」から来ました、川村舞子と申します。
【SE引き戸が開く】
安東:いらっしゃい。待ってましたよ。川村さん。
舞子:あ、あなたは、駅で声をかけてくださった……!
安東:「また会えるかもしれない」って言ったでしょ。
あらためてご挨拶ね。「安東礼子」です。よろしくお願いします。
どうぞ入って。
舞子:し、失礼します!
安東:娘が失礼なことしたわね。新人さんをいきなり一人で行かせるなんて。
舞子:娘さん?
安東:沢辺陽子。
舞子:ええっ!先輩、安東さんの娘さんなんですか!
それで「今日のお客さんは大丈夫だから」って……。
安東:結婚したから苗字も変わってるし、わかんないわよねぇ。
いじめられてない?なんせ気の強い娘だから。
舞子:は……いえ!大変お世話になっております!
安東:ふふふ。もっと気軽に話しましょ。
あの娘(こ)なりのやり方ね。不器用な娘でごめんね。
「会わせたい後輩がいるから」ってわたしにも連絡きて。
あなたに車椅子ダンスを見せたかったんでしょうね。
舞子:びっくりです……。
安東:さて、何から話しましょうか。
舞子:あ、はい。よろしくお願いいたします。
舞子(M):安東さんのリードもあって、取材は順調に進み、いろんな話もできた。
安東:どう?車椅子ダンスに興味持っていただけたかしら?
楽しくリハビリもできるわよ。
舞子:はい。新しい世界を知ることができて、有意義な時間を過ごすことができました。ありがとうございます。
安東:さっきも話したように、毎週水曜と土曜日にレッスンしてるから、今度その時にも取材に来てほしいわ。
舞子:わかりました。上の者と相談してー
安東:大丈夫よ。もうそういう流れになってるから。
舞子:え?
安東:あら、それも聞いてないの?まったく陽子ったら……。ダメな先輩ねぇ。
ごめんなさいね。わたしから言っておくわ。
舞子:いえ!わたし、そのくらいしていただかないと、自分から動かないので、きっと先輩なりの気遣いかと……。
なんて、甘えてばかりじゃダメですね。
次回は、カメラマンとお伺い致します!
安東:ええ。楽しみにしてるわ。
舞子:本日は貴重な時間とお話しをありがとうございました。
安東:こちらこそ。いい記事にしてくださいね。
舞子:頑張ります!
安東:それと……、この絵本、あなたにプレゼント。
舞子:え……?「でんでんむしのかなしみ」(新美南吉著)
安東:シンプルな話だけど、あなたならわかると思うわ。
舞子:ありがとうございます……。
あの「まいまい車椅子ダンス倶楽部」の「まいまい」ってかたつむりのことですか?
安東:そう。あの子に会って、わたしも「何かできないか」と思ってね。
舞子:まいちゃん……。
安東:それともうひとつ、素敵なこと教えてあげる。
駅のそばに青い紫陽花が咲いてるでしょ。
あそこ、数年に一回、色とりどりの紫陽花が咲く年があるのよ。
誰かが土の入れ替えをしているわけじゃないのに。
それに、いつ咲くかはわからない。
でも、今年は咲くかもしれないわ。
舞子:まさか、まいちゃんって……。
安東:わたしの前に、あの子が現れてくれた年は咲いたわ。
忘れられない光景よ。
そのかわり、それ以来、わたしはまいちゃんと会えていない。
舞子:え……。
安東:紫陽花、あなたの目で確かめてみて。
舞子:……はい!
本日はありがとうございました!
安東:こちらこそ。また来てください。
舞子:はい!必ず。
ー会社へ戻る
舞子:ただいま戻りました!
沢辺:おつかれさま。急いで記事に起こして。
舞子:あの!先輩!
沢辺:なに?
舞子:ありがとうございました。その……っ!
沢辺:あー、そういうのいいわ。記事ができあがってからね。
舞子:は、はい!
舞子(M):刷り上がったら、まいちゃんに見せなくちゃ!
でも、それ以来、まいちゃんはわたしの前に現れなくなったー
【間】
ー舞子、紫陽花の咲いている場所へ
舞子:はぁ、はぁ……。あっ!
【ME】https://dova-s.jp/bgm/play16776.html (静かな余韻(Quiet suggestiveness) written by 蒲鉾さちこ様)※他の曲でもOK。
舞子(M):信じられない光景だった。青、紫、白、ピンク、緑の紫陽花が、咲き誇っていた。
舞子:雨粒が宝石みたいに光っていてすごく綺麗……。
どうしてこんないろんな色の紫陽花が……?
ー回想ー
まい(M):おねーさん、またがんばる!うれしい!
しんどい、くやしい、かなしい、ぷんぷん、うれしい、み~んなおねーさん!
ピカピカ、ほうせき(宝石)!
ー回想終わり―
舞子:全部、わたし……。
まいちゃん!見て、わたしが初めて書いた記事だよ。
見せてあげるって約束したよね?
わたし、車椅子ダンスに挑戦してみることにしたんだ!
まいちゃんが引き合わせてくれたの!
出てきて……、お願い……。まいちゃん……!
ありがとうって言わせてよ……。
舞子(M):すると、小さなかたつむりが紫陽花の葉の上に出てきた。
弱々しく触覚を動かして、こちらを見上げてるように見えた。
まい(M):おねーさん。
舞子:まいちゃんなの……?
うう……、まいちゃん……。これ、わたしが書いたの……。
まい(M):がんばった。いいこなの。
舞子:まいちゃん、本当にありがとう……。
そうだ。この絵本、もらったの。
ーー読むーー
新美 南吉「でんでんむしのかなしみ」
「かなしみは、だれでも もって いるのだ。わたしばかりではないのだ。わたしは、わたしの かなしみを、こらえて いかなきゃ ならない。」
「そして、この でんでんむしは、もう、なげくのを やめたので あります。」
ーーーーーー
舞子:このことを教えてくれたのね。
「自分ばっかりこんな目に」って思ってた。
でも、みんなそれぞれ悲しみを背負ってる。だから、わたしも考えるのをやめた。
いま自分にできることをやっていくよ。
舞子:ばいばい。まいちゃん。
舞子(M):満足したかのように、ゆっくり紫陽花の中に戻っていく小さなかたつむり。
まい:ばいばい。おねーさん。
―舞子、笑顔。
【終演】
【紫陽花について】
紫陽花の色は、土壌のpH値によって決まると言われており、日本の土壌は弱酸性であることが多いため、青~青紫の紫陽花になりやすい。