かたつむり[1:1:1]または[1:2:1]

【登場人物】
■川村 舞子:24歳。学生の頃、バレエのレッスン中の事故で歩けなくなる。以降、車椅子。地域情報誌制作会社「あじさいが丘コミュニティ新聞 カラフルタウン」に勤務。

■まい:見た目3歳くらい。自分を「まいまい」と呼ぶ。不問。
※小さい子の話し方ができるなら、大育か礼子が兼ね役をしてもよい。

■大育(たいく):舞子の会社の先輩。30代前半。飄々としている。

■安西 礼子:最寄り駅で出会う。大育の母親。50代半ば。「まいまい車椅子ダンス倶楽部」主催

※約50~60分
※ヒューマンドラマ&ファンタジー

【本編】

舞子(М):六月。雨の日になると、あの子が現れるようになった。

―朝

舞子:今日も雨かぁ。身体が重い……
こんな日に車椅子で出かけなきゃいけないの、ホントしんどい……

―空模様を見て

舞子:んー、この降り方なら、合羽じゃなくて、折りたたみ傘でもいいかな。
雨の日の電車はギスギスしてるし、なるべくコンパクトにしていかないと。

車が運転できればなぁ……

んん~、仕事休みたぁい!

でも……、隣駅で、駅前の職場。
ありがたいと思わなくちゃ。

よい、しょっ。

―最寄り駅へ(あじさいヶ丘駅)

舞子:ふぅ、着いた。

まい:お!おはよ!

舞子:え?

まい:おはよ!

舞子:あ、お、おはよう。

舞子(М):初めて会う子よね……?

まい:おねーさん、つかれたの?

舞子:えっと、どうして?

まい:ためいき、い~っぱい。

舞子:あ……、ちょっと……ね。
えっと、あなたは?学校に行くところ?

まい:がっこ?

舞子:ん?幼稚園?行ってないのかな。何歳?

まい:んー?

舞子:え?迷子?

まい:まいご、ちがう!ともだちもいる。

舞子:そう、なの?

まい:おねーさん、「えべれーたー」つかう?

舞子:エレベーター?
うん、使うよ。

あなたも行きたいのかな?場所がわかんない?

まい:わかる。

舞子:……?あなたも乗るの?

まい:のる。

舞子:一緒に行く?

まい:うん。

舞子:じゃ、行こっか。

あなたがさしてる傘、カラフルでかわいいね。

まい:うん!

舞子:随分と大きくて丸い。ママのかな?

まい:これわたしの!わたしのおうち!

舞子:え?おうち?

まい:みて、みて。あそこ。アジサイ。

舞子:あ、ホントだ。青い紫陽花だね。

まい:きれい。

舞子:うん、綺麗。

まい:アジサイ、だぁいすき!

舞子:うん、わたしも好きよ。

まい:アジサイ、ともだち。

舞子:紫陽花が?

まい:うん。

舞子:……?そう。

まい:おねーさん、みて、みて。カサ。

舞子:ん?

―傘をぼふっと閉じるまい

まい:カサとじると、わたしいない・いない。

舞子:ホントだ!すっぽり!(笑う)

まい:わらった!やったやった!

舞子:あはは!

まい:カサ、ぐるぐる。

舞子:回すとぐるぐる巻きに見えるね。

まい:おねーさんのは、"もよう"ない。すけてる。

舞子:ん~、かわいい傘ほしいけど、透明じゃないと見えなくて危ないからね。

まい:でも、おねーさんのカオ、みえる。かわいい。

舞子:かわっ……!(照れる)あ、ありがと。

まい:あ!

舞子:ど、どうしたの?

まい:あめが、メにはいった。びっくりした。

舞子:大丈夫?

まい:だいじょぶ!
いこう。えべれーたー。

舞子:ふふふ。あなた、名前はなんていうの?

まい:「まいまい」

舞子:まいまい?あだ名かな?
わたしも「舞子」って言うの。同じ名前ね。

まい:おなじ~。

舞子:ふふふ。

エレベーターについたよ。

まい:のる。

舞子:電車にも乗るの?

まい:のらない。

舞子:わたしは、改札口の三階に行くけど……。

まい:いこう!

―二人でエレベーターに乗る

舞子:まいちゃんは、どこに行くの?ひとりで大丈夫?

まい:だいじょぶ。
まいまい、おねーさんに、ばいばいするだけ。

舞子:え?わたしに?

まい:うん。

舞子:わたしのこと知ってるの?どこかで会ったかな……。

まい:ついた!

舞子:あ、ええと、わたしはエレベーターを降りて電車に乗っちゃうよ?

まい:うん。ばいばい。

舞子:え?下に戻るの?

まい:うん。

舞子:一階のボタン、押せる?

まい:お~……(背伸び)おした!

―ドア閉まる

舞子:あ、気を付けてね!

まい:ばいばい。またね。

舞子:う、うん。

―まい、エレベーター1階へ

舞子:あの子、大丈夫かな。ちょっと変わってる……

って、電車!乗り遅れちゃう!!


―舞子。会社にて

大育:川村さぁん。

舞子:あ、はい!

大育:ここ、間違ってるんですけどぉ。

舞子:すみません!やり直します。

大育:同じミスするの、そろそろなんとかなんない?

やっぱり、地域情報誌だからってなめてたり?

舞子:そんなことないです!
学生の時から毎号読んでて、あじさいが丘周辺の情報を見るの楽しくって、
地元でこんなことやってるんだ、とか。
宝探しみたいで。それにー

大育:はいはい。

え~、「地域情報誌は」

舞子:……は

大育:「全国紙などでは取り上げない地域のニュースを丁寧に取材し、記事にする。
その地域の問題、話題を紙面を通して地域の人たちに届けていく―」?

舞子:「オピニオンリーダー」……です。

入社時に叩き込まれました。

大育:だからこそ責任は重い。
間違った情報なんか出してみろ、どうなるか……って、俺も何回言ったっけなぁ?

舞子:んぐ……(呟く)ここまで大変な作業だとは……

大育:思ってなかった、と。

外には見えない地味な仕事だしな。
それで辞めていくやつもたくさんいるし?

舞子:……

大育:……障害者雇用で甘えてるとか?

舞子:そんなことっ!

大育:お、言い返すか?来い!

舞子:……む

大育:返さないのかよ。(ため息)

あんま言うと、「パワハラです!」って訴えられちまうしなぁ。
……でも、だからつって、俺は、特別扱いしないからな。

舞子:はい。大丈夫です。

大育:んー。じゃ、それ直して。

舞子:はい!

―大育、行きかけるが、声をかける

大育:あー、あのさ。

舞子:はい?

大育:お前、ちゃんとリハビリしてる?

舞子:え?

えっと……

先生から「足が動く可能性は限りなくゼロに近いし、
歩けるようになる事はない」って言われたので……

大育:やってないんだ。
可能性はゼロに近いかもしれないけど、ゼロじゃないんだろ?
なんであきらめた。

舞子:……

大育:ま、本人にやる気がないなら仕方ねぇな。

舞子:……

大育:っと、そろそろマジで訴えられるかぁ?

舞子:あの!これすぐやり直しますので!

大育:……おう。

―大育、退場。

舞子(M):また怒られちゃった。
大育(たいく)先輩、もうちょっと優しくしてくれてもいいのに…

う~、校閲(こうえつ)、やっぱり苦手。
じっとしてると、あちこち痛くなってきて、集中力が切れちゃう。

……取材に行きたいなぁ。
車椅子だとダメなのかな。

(ため息)

大育:か~わ~む~ら~?

舞子:やります!!

【間】

-大育が、記事をチェックしている

大育:OK。これで出せるな。はい、おつかれぇ。

舞子:よかった……

大育:よし、帰っていいよ。

舞子:え。

大育:もう集中力ないっしょ。
お前、疲労のオーラがでまくりで、こっちにうつりそうなんですけど?

舞子:(ちょっと怒り)お……

大育:お?

舞子:お、おお……

大育:おお?

舞子:お先に失礼しますっ

大育:お、おう。

—舞子、退勤。最寄り駅着。

舞子:……気分、最悪。

まい:おねーさん!

舞子:え……?あ、朝の……。まいちゃん?どうしたの?

まい:おかえり!なの。

舞子:た、ただいま。

まい:おねーさん、つらいつらい?

舞子:う……

まい:おてて。にぎる。

舞子:え?

まい:つらいのつらいのとんでけー!

舞子:そんな簡単に……

まい:ふふ~ん♪

舞子:ってあれ?なんかスッキリしたんだけど……

まい:まいまいが、おねーさんのつらいつらい、もってかえる。

舞子:どういうこと?

まい:えへへ♪

舞子:ね、ねぇ、まいちゃん。
あなた、どこの子なの?
どうしてわたしに会いに来るの?

まい:んん?うーん、あっち!

舞子:あっちって……、紫陽花の方だけど……。

まい:そう!

舞子:ええ~?ホントに?心配になっちゃうよ。

まい:だいじょぶ。

舞子:そう……?

まい:ばいばい。またね!

舞子:気をつけてね。

―数日後、雨の朝。駅前にて。

まい:おねーさん、おはよ!なの。

舞子:まいちゃん……。おはよう。

まい:いつも、のってる、コレ、なぁに?

舞子:ああ、これ?

これは「く・る・ま・い・す(車椅子)」

まい:のりたい!

舞子:あ~、これはね、自分で歩けない人とか体が不自由な人が座るんだよ。

まい:まいまい、のれない?

舞子:う~ん、ごめんね。

まい:おねーさん、あるけない?

舞子:えと、歩く練習はして……るけど、何かを持って立ち上がるので精一杯。

まい:はしれない?

舞子:それは無理。

まい:みて、まいまいね、いま、はしってる!

舞子:え?え?それで?……ってごめん。
あなたも足に障害があるの?

まい:しょーがい?

舞子:ええと、うまく説明できない。
怪我したとか、病院に行ってるとか?

まい:ない。げんき!まいまいがあるくと、このくらい。

舞子:車椅子よりゆっくり……

まい:の~んびり。いろいろみえる。たのしい。

舞子:これからもっと走れるようになるよ、大丈夫。

まい:ううん(首をふる)これでおしまい。

舞子:どういうこと?

まい:ん~??
おねーさん、あし、いたいいたい?

舞子:痛みは、感覚がほとんどないからそうでもないよ。

まい:ん?

舞子:事故でね。

まい:ジコ?

舞子:話すと長くなっちゃうからなぁ。ごめん、今日もお仕事なの。

まい:ききたい!

舞子:いいけど、いまはダメ。

まい:ダメ……(がっかり)

舞子:あ!ええと、帰って来たら!
おウチの人にも言っておいて?
パパとママ、心配するでしょ?
わたしも怪しまれて、通報されたら困るし。

まい:かえってきたら、きく!

舞子:じゃあ、またね。

まい:ばいばーい!!

舞子(M):あの子、いつもひとりで……。本当に大丈夫なのかな。

―帰宅。最寄り駅

まい:おかえり、なの!
おはなし!おはなし!
だいじょぶ!

舞子:ホント?

まい:うん!

舞子:じゃあ……、話すね。
お姉さんはね、昔、踊ることが大好きだったの。
バレエを3歳から高校2年生までやってた。

まい:うん。

舞子:「パ・ド・ドゥ」って言うんだけど、男女二人の踊り手で行うのがあって―

まい:パパ……?

舞子:「パ・ド・ドゥ」

まい:パパどー

舞子:(笑う)難しいね。
それで、踊っている最中に「リフト」って言う、
男の人が女の人を持ち上げる技があるんだけど、着地に失敗してね。
足が動かなくなっちゃったの。

だから、バレエはもうできない。

まい:……かなしい?

舞子:入院中は、毎晩泣いてたよ。
もうなにもかも、どうなってもいい!って思ってた。

いまも時々……、猛烈に悲しくなる時がある……

いつまでもメソメソしてたらいけないって、頭ではわかってるんだけど、
心が……、ついていかない。

―まい、つま先立ちで、精一杯手を伸ばして頭を撫でる。

まい:よしよし

舞子:え……

まい:おねーさん、がんばった。よしよし。
おねーさんのかなしい、まいまいもらう。

舞子:まいちゃん……(涙が出そうになる)

まい:なみだ、だす。いい。

舞子:やだ、涙……、ごめ……。

まい:よしよし。

舞子:ちょっと待って……涙がとまんない。
こんな小さい子に慰められて……

まい:なみだ、きれい。

舞子:そんなことないよ。ぐしゃぐしゃだもの。
こんなところで泣いて恥ずかしいよ。

まい:きれい。かなしいなみだも、まいまいがもらう。

舞子:まいちゃん……

【間】

―通行人が声をかけてくる

礼子:あの、大丈夫ですか?何かお手伝いできることがあれば。

舞子:あ!いえ、ありがとうございます!

(まい:つかれちゃったから「えべれーたー」まで、おして!)

舞子:ま、まいちゃんったら!あの、大丈夫ですから!自分でいけます!

礼子:え?

舞子:あ、この子が……

礼子:この子?えっと……

舞子:え、わたしのそばにいる……

礼子:そばに?(探す)

舞子(M):うわぁ、まさかの、わたしにしか見えない子だったぁ……!

礼子:(しばらく考えて)……ああ!
もしかして、まいちゃんのことかしら?

舞子:え、え?!知ってるんですか?

礼子:わたしも、昔会ったことがあるわ。

舞子:昔?

礼子:そうねぇ、10年くらい前かなぁ。

舞子:え、でも、この子3歳くらいに見えるけど……

……。

あ、あの!
わたしを、変人だと思わないでくださいね。
いま、まいちゃん、わたしの横にいるんです……

礼子:ああ、そうなの。
もう、わたしには見えなくなっちゃったけどね。

舞子:あの、この子、幽霊……ですか?

礼子:ん~、なんて説明したらいいかしら……。
わたしもよくわからないんだけど、"妖精"に近い?

舞子:そんなメルヘンな……

礼子:そう思うわよねぇ。
当時のこと、思い出すなぁ。

ということは、あなた、いま、いろいろとしんどいのかな?

舞子:え……

礼子:そっか。そういうことよね。

舞子:ど、どういう……

礼子:わたしね、運動が大好きで、バレエもやってたの。
あ、プロじゃなくて大人の趣味で。

楽しくってねぇ。で、もっと上手になりたくて、
「もっと高く!もっときれいに!」って頑張りすぎたら、足、壊しちゃった。

いま人工関節はいってるの。

舞子:そんな風にみえない、です……

礼子:人生終わったと思ったわ。
やりたいこと、行きたい場所、たくさんあったのに、もうできないんだって。
そんな時に、まいちゃんが現れるようになったの。
きっと、あなたが、いまその時のわたしと同じ状態なのかな。

……しんどい?

舞子:(言いよどむ)そう(です……

礼子:そうよね。何か手伝えることある?

舞子:あ、いえ、そんな!

礼子:これも何かの縁ね。またあなたとは会えるかもしれない。
で、本当に大丈夫なら、わたし、行くけど……?

舞子:あ、はい。大丈夫です。ありがとうございます。

礼子:うん、それじゃ、またね。

―礼子、退場

舞子:……妖精

まい:(呪文をかけるように)あし、な~ぜな~ぜ。うごけ!

舞子:……もういいのよ、もうわたしの足は動かないんだから。

まい:うごく!うごく!

舞子:動かないってば……

まい:なぜなぜする!(ちょっとムキになっている)

舞子:(被せ気味)「動く」なんて簡単に言わないでよ!!

まい:っ!!(傘に隠れる)

舞子:……あ、ごめ……。

まい:(隠れたまま)おこった。

舞子:ごめんね!いきなり大声出して。まいちゃん、傘からでてきて?

まい:(隠れたまま)もうおこらない?

舞子:怒らない。大人げなかった。本当にごめんね。

まい:ん……(出てくる)ぷんぷん、も、もらう。おてて。

舞子:握るの?

まい:にぎる。

舞子:ごめんね……、だめなお姉さんで……

まい:だめじゃない!だめっていったらだめなの!

舞子:でも、心がぐちゃぐちゃで……

まい:はぐ!はぐ!

舞子:ハグ?

まい:(抱きつく)おねーさん、あるける!!ぎゅー!!

舞子:まいちゃん……。立ちたい。踊りたいなぁ。


―会社にて

大育:川村さぁん。

舞子:は、はい!

大育:んだよ、そんなにビクビクするなって。

舞子:つい……

大育:俺、パワハラ先輩だもんなぁ。

舞子:そんなこと!思って、ませ……ん……

大育:素直か。

舞子:う……、また何かミスがありましたでしょうか。

大育:いや。今日はこれ。
いつも2ページ目に、地域で活動している団体の紹介コーナーがあるだろ?
次回のそこのコーナーを担当してみないかって話。

舞子:わたしが?!

大育:もちろん、俺も同行するけど。

舞子:同行って……、取材に行くってことですか?
え、え、でも……

大育:毎年、9月に駅前のホールで芸術祭があるだろ?
そこに出場する団体を取材しにいく。

舞子:な、なんで急に……
わたしなんかでいいんでしょうか……

大育:(ため息)もうちょっと食いついてこいよ。

舞子:え?

大育:「やります!やらせてください!」とか?

舞子:う……、でもわたしなんかが……

大育:そうやって、す~ぐ殻に閉じこもっちゃうのな。
なんだ、背中にしょってんのか。

舞子:障害があるから、取材は無理かと……

大育:は?勝手に決めつけんなよ。
だからこそわかることもあるだろ。

舞子:……

大育:いいから、これ、動画。まずは見てみろよ。

—動画、再生

舞子:……これは、「車椅子ダンス」?

大育:お前、昔、バレエしてたんだろ?

舞子:え、知ってたんですか?

大育:面接側に、俺もいたんですけど?

舞子:あ、そうでした……

大育:動画をみた通り、障害者と健常者が一緒になって「社交ダンス」を踊るんだと。
バレエをやっていたなら、取材の時に、少し話ししやすいかと思ってな。

舞子:車椅子ダンス……

あ、そういえば、先輩もなにかダンスやってるんですか?

大育:え、なんで。

舞子:なんとなくですけど……
先輩、休み時間、よくイヤホンで音楽聞いてますよね。
体が自然と動いてますし、しかも、キレがすごくよくて……

大育:恥っず!見られてた。

舞子:あと、ビジネスネームがアルファベットで「TAIKU」って。
なんとなく、それっぽいっていうか。

大育:名前、かっこいいだろ?

舞子:いまもやってるんですか?

大育:スルーかよ。

あ~、いまは……

舞子:あの動き方は―

—なんのダンスか考える舞子

舞子:なんだろ……

大育:前、ブレイクダンスやってた。

舞子:え、すごい!見たい!

大育:怪我した。

舞子:怪我?

大育:「エアートラックス」って技で―

舞子:エアー?

大育:あ~、宙で足を回転させてから身体ごと、一回転させる技?

舞子:ああ!テレビで見たことあります。

大育:着地に失敗して、足があり得ない方向に曲がって骨折。

舞子:い、痛っ……

大育:復帰するには、2〜3年かかるって言われてな。
頑張って、歩けるようにはなったけど、前のようにはできなくなってた。
それに、気がついたら、俺25(歳)になってて、
周りは就職したり、結婚したりしててさ。
いろいろと乗り遅れちまった。

ダンスばっかやってたから、何やったらいいか全然わかんなくてな。
先行き見えなくて、腐ってた。

舞子:先輩……

大育:(呟くように)そしたら、あの子が、
「最初は、かたつむりくらいのスピードでもいい。
いつまでも殻に入ったままじゃ、心も死んじゃうよ」って。

舞子:かたつむり?

大育:とにかく、これ!もう取材の日も決まってっから。

舞子:そうなんですか!?

大育:向こうから「取材してくれ」って。
「広告もどーんと出すから」って急にいってきたからなぁ。

芸術祭は9月だろ?
記事にするにはギリギリだから断ってもいいんだが、
広告で成り立ってるこちらとしては……

あー、どうしようかなぁ。
人もいないしなぁ。
あー、どうしようかなぁ。

舞子:や、やりましょう!!

大育:じゃ、3日後な。取材内容考えといて。

舞子:みっかごぉ?!
え?!
取材内容とは?!

大育:「とは」じゃねぇんだよ。

なんだかな~
向こうからの指定なんだよな~
車椅子の子を連れて来いってさ~

舞子:へ?

大育:というわけで、よろしく~

舞子:へ?

ー大育、退場

舞子:へ〜……
って、ボーっとしてる場合じゃない!
いや、パニック!!

初めての取材……
か、考えなきゃ!

……

TAIKU先輩も頑張ったんだな……


ー帰宅。最寄り駅

まい:おねーさーん!おーかーえーりー!

舞子:まいちゃん。ただいま。

まい:おねーさん、にこにこ、うれしい!

舞子:うふふ。まいちゃんにもおすそわけ。手をだして。

まい:わくわく♪

舞子:はい。どう?

まい:はわぁ。まいまい、おどりたくなった!
(のび~ ちぢみ~ おうちはいる~ でる~♪)

舞子:あははっ!かわいい!

まい:えへへ

舞子:今度、やりたかった仕事、ひとつできるんだ。

まい:おお?

舞子:できあがったら見せてあげるね。

まい:みる!

舞子:車椅子ダンスか……。調べておかなきゃ。

まい:おねーさん、がんばる!うれしい!

舞子:ありがと。

まい:しんどい、くやしい、かなしい、ぷんぷん、うれしい、み~んなおねーさん!

舞子:みんなわたし……?

まい:うん!ピカピカ、ほうせき(宝石)!

舞子:……ありがと。

まい:えへへ。

―取材の日

―電話で話す、舞子

舞子:ええええっ!先輩、急用できたって!
そんなぁ、わたし一人で無理ですよぅ!

大育:(電話)こっちも今日じゃないと無理って言われちまって。
しょうがねぇじゃん。人手不足なんだからさぁ。

先方には言ってあるし、今日のお客さんは大丈夫だから行ってこい!

舞子:わたしが大丈夫じゃないですよーーー!!

大育:お客さんとの約束時間、絶対守れよ!
レコーダー持ってるな?

舞子:持ってますけどー!

大育:カメラは?

舞子:スマホですけどー!

大育:よし。
ってことで、切るぞ!

舞子:あ!

―電話、切れる。

舞子:え、先輩、先輩ぃいいいいっ!!

よし!

じゃないし!!!

嘘でしょ……。鬼だ。パワハラだー!!!


う……


あー、もー!腹をくくれ、舞子!
行くしかない!


【間】


舞子:職場から20分くらい……。こんな近くにあったなんて知らなかった。
1階が事務所。

―看板を見る

「まいまい車椅子ダンス倶楽部」

き、緊張する……

―深呼吸

よし。

—ピンポーン

礼子:は~い。

舞子:し、失礼します。「あじさいが丘コミュニティ新聞 カラフルタウン」から来ました、川村舞子と申します。

—引き戸が開く

礼子:いらっしゃい。待ってましたよ。川村さん。

舞子:あ!あなたは、駅で声をかけてくださった……!

礼子:あらためてご挨拶ね。「安西礼子」です。よろしくお願いします。

舞子:よろしくお願いいたします!

礼子:息子が失礼なことしたわね。新人さんをいきなり一人で行かせるなんて。

舞子:……息子、さん?

礼子:ん?大育(たいく)

舞子:ええっ!先輩、安西さんの息子さんだったんですか!
先輩の苗字、知らなかった……

礼子:ビジネスネームで通してるからでしょ。

舞子:本名じゃないんですか?

礼子:本名よ。「大きく育て」と書いて「大育(たいく)」

舞子:アルファベットなのは、もしかしてダンサーネーム?

礼子:そうそう。思い入れがあるみたいだからね。

舞子:納得です……

礼子:あの子にいじめられてない?

舞子:は……いえ!大変お世話になっております!

礼子:素直ね。ふふふ。もっと気軽に話しましょ。
愛想のない息子でごめんなさいね。
「会わせたい後輩がいるから」ってわたしに連絡がきて。
きっと、あなたに「車椅子ダンス」を見せたかったんでしょうね。

舞子:え……、お話、逆に聞いてました……

礼子:あらあら。やられたわねぇ。

舞子:ホントに……
でも、安西さんのお顔見たら、急に緊張がとれて、なんか力が―

礼子:ちょ、椅子からずり落ちそうよ、大丈夫?
押してあげるわ。まずは入って。
お茶いれるわね。

舞子:ありがとうございます……

舞子(M):取材は、安西さんのリードもあって順調に進んだ。

先輩の話も聞けた。ブレイクダンスをはじめたきっかけも、
地域情報誌に掲載されていたダンススクールを見たこと。
いまは、ボランティアで、地元キッズダンスのインストラクターをしていること。

そして、周りのことが見えてなかったわたし……

【間】

礼子:……とまあ、余計な話もしちゃったけど、だいたいこんな感じかしら。

舞子:たくさんお話してくださり、ありがとうございました。
新しい世界を知ることができて感動しました。

礼子:毎週水曜と土曜日にレッスンしてるから、今度その時にも取材に来てほしいわ。

舞子:わかりました。せんぱ……、いえ、上の者と相談してー

礼子:来週来てくれるのよね?そう聞いてるわ。

舞子:え?

礼子:あら、それも聞いてないの?
まったくあいつは、ダメな先輩ねぇ。

舞子:いえ!わたし、自分から動かないので、きっと先輩なりの気遣いかと……。

礼子:だといいんだけど。

舞子:次回は、カメラマンとお伺い致します!

礼子:ええ。楽しみにしてるわ。

舞子:本日は貴重な時間とお話しをありがとうございました。

礼子:こちらこそ。いい記事にしてくださいね。

舞子:頑張ります!

礼子:あ、それと……、この絵本、あなたにプレゼント。

舞子:え……?

礼子:シンプルな話だけど、あなたならわかると思うわ。

舞子:ありがとうございます……。絵本。

「でんでんむしのかなしみ」?

でんでんむし、かたつむり……、まいまい……

礼子:あの子に会って、わたしも「何かできないか」と思ってね。

「最初は、かたつむりくらいのスピードでもいい。
いつまでも殻に入ったままじゃ、心も死んじゃうよ」って言われた気がした。

舞子:あ、それ……

礼子:それともうひとつ、素敵なこと教えてあげる。
駅のそばに青い紫陽花が咲いてるでしょ。
あそこね、数年に一回、色とりどりの紫陽花が咲く年があるのよ。
いつ咲くかはわからない。
誰かが土の入れ替えをしているわけじゃないのに。
不思議でしょう?

でも、今年は咲くかもしれないわ。

舞子:まさか、まいちゃんって……

礼子:わたしの前に、あの子が現れてくれた年は咲いたわ。
忘れられない光景よ。

そのかわり、それ以来、わたしはまいちゃんと会えていない。

舞子:え……

礼子:紫陽花、あなたの目で確かめてみて。

舞子:……はい。
本日はありがとうございました!

礼子:こちらこそ。また来てくださいね。

舞子:はい!

ー会社へ戻る

舞子:ただいま戻りました!

大育:おう、おかえり。

舞子:あ、コーヒーのんでる……

大育:休憩中なんで。

お前も飲む?

舞子:……あの、TAIKU先輩!

大育:あ?

舞子:ありがとうございました。その……!

大育:川村まいまい。

舞子:ま……

大育:お前のしょってる殻さ。別にとらなくてもいいんだよ。
身を守る時も使えっから。
ただ、ずーっと入ったままにはなるなよってこと。

舞子:……はい!

大育:あー、まいまいの初めての記事は、どんなのができあがってくんのかなぁ。
手直し大変だろうなぁ。
い~っぱい「赤入れ」してやっからな。

舞子:よろしくお願いいたします!

大育:素直か。

-くすり笑う大育

(大育:鼻歌。童話"かたつむり”の歌が歌えれば。
「♪でーんでんむーしむーし かーたつむりー」)

舞子(M):できあがったら、まいちゃんに見せなくちゃ!

舞子:頑張るぞ!

【間】

舞子(M):でも、それ以来、まいちゃんはわたしの前に現れなくなったー

【間】

ー舞子、紫陽花の咲いている丘へ向かう

舞子:はぁ、はぁ……。紫陽花が咲いたって……。

まいちゃん。

……あっ!

【BGM】https://dova-s.jp/bgm/play16776.html
(静かな余韻 written by 蒲鉾さちこ様)※他の曲でもOK。

舞子(M):信じられない光景だった。
青、紫、白、ピンク、緑の紫陽花が、見事に咲き誇っている。

舞子:雨粒が宝石みたいに光っていてすごく綺麗……
どうしてこんないろんな色の紫陽花が……?


ー回想ー

まい(M):おねーさん、またがんばる!うれしい!
しんどい、くやしい、かなしい、ぷんぷん、うれしい、み~んなおねーさん!
ピカピカ、ほうせき(宝石)!

ー回想終わり―

舞子:全部、わたし……。

まいちゃん!

見て!
わたしが初めて書いた記事だよ。
見せてあげるって約束したよね?

わたしね、車椅子ダンスに挑戦してみることにしたんだ!
まいちゃんが引き合わせてくれたの!

出てきて……、お願い……。
まいちゃん……!
ありがとうって言わせてよ……

舞子(M):すると、小さなかたつむりが紫陽花の葉の上に出てきた。
弱々しく触覚を動かして、こちらを見上げてるように見えた。

まい(M):おねーさん

舞子:まいちゃんなの……?

まいちゃん……
見て。これ、わたしが書いたの……。

まい(M):がんばった。いいこなの。

舞子:まいちゃん、本当にありがとう……

そうだ。この絵本、もらったんだよ。読んであげる。

新美 南吉「でんでんむしのかなしみ」

「かなしみは、だれでも もって いるのだ。わたしばかりではないのだ。
わたしは、わたしの かなしみを、こらえて いかなきゃ ならない。
そして、この でんでんむしは、もう、なげくのを やめたので あります。」

舞子:このことを教えてくれたのね。
「自分ばっかりこんな目に」って思ってた。

でも、みんなそれぞれ悲しみを背負ってる。
たまに泣いちゃうかもしれないけど……
少しずつ自分にできることをやっていく。

ありがとう。まいちゃん。

舞子(M):満足したかのように、ゆっくり紫陽花の中に戻っていく小さなかたつむり。
わたしはあの子が見えなくなるまで見送った。


まい:ばいばい。おねーさん。


舞子:ばいばい。まいちゃん。


【終演】

※紫陽花の色は、土壌のpH値によって決まると言われており、日本の土壌は弱酸性であることが多いため、青~青紫の紫陽花になりやすい。

※2025.1.19加筆修正