■登場人物
○立花 明(あきら)/N/郵便配達員/大西 太志(たいし)
明:陽子の兄。20歳。目が不自由。
○大西 太志(たいし):疎開先で出会った植物を愛する17歳。陽子と親しくなる。
○立花 陽子:明の妹。16歳。明るく兄を支える。太志と想い合っている。
明と陽子は、東京・品川から遠い親戚を頼って四国に疎開している。
※朗読劇の場合は、N/郵便配達員を別配役にしてもよい。
※約30分
※「日本」:「にっぽん」
(N):昭和20年(1945年)8月6日 月曜日 7時9分
(ラジオ)「敵B-29四機が広島市西北方上空を旋回中」
(N):7時10分 警戒警報のサイレンが鳴る
明:陽子、起きろ!はやく避難するぞ!
陽子(M):兄と私は着の身着のまま、避難所へ走った。こんなこと、何度繰り返せば終わるのだろう。
明:陽子、もっと奥へ入るんだ!
(N):B-29が四国上空を通過中、日本軍のレーダー照射を受け、単機の日本軍戦闘機が第一航過で射撃。それを回避したB-29は、別の場所へ飛行していった。
(N)7時31分(ラジオ)「中国軍管区上空に敵機はありません」―警報解除
明:……警報が解除されたみたいだな。どんな様子だ?
陽子:(外の様子をうかがって)軍機1機が通過していっただけみたい。帰れそうだよ。
明:そうか……(ため息)
陽子:帰ろう、兄さん。
明:ああ。
陽子:ほら、手。
明:大丈夫だ。ぼんやりとは見えてる。もうこの道にも慣れた。
陽子:じゃあ、腕につかまって。
明:大丈夫ー
陽子:(被せて)兄さん。
明:あ、ああ。
陽子:帰ったら、急いで朝食を用意するね。
明:急がんでいいぞ。お前も疲れてるだろう。
陽子:大丈夫。ずっと、お母さんの手伝いをしてきているんだから。いつものことだよ。
明:そうか……。目が不自由な兄なんて、足手まといだな。すまない。
陽子:兄さん、もうそれ、耳にタコ。
明:ああ、つい……
陽子:みんな何かしら苦労しているのよ。それよりも、「できること」を考えよ?
明:……似てきたな。
陽子:え?
明:母さんに。
陽子:そう?
明:いつも前向きで、我が家の太陽だ。
陽子:ほんとね。でも、たまにすごく怖くてね。
明:ああ、看護婦をやっているだけある。
陽子:お父さんは、穏やかで、口数は少ないけど、思いやりがあってさ。
明:そうだな。
陽子:二人とも元気にしてるかなぁ。
明:してるだろ。
陽子:ねぇ、やっとここの生活にも慣れてきたよね。四国なんて、生まれて初めてだったから心配だったけど、親切にしてもらってさ。
明:そうだな。親戚といっても、初めて会う親戚だからな。最初はどうなるか心配したが、ありがたいよ。
陽子:……東京はどうなってるんだろう。
明:106回だぞ。
陽子:え?
明:東京が空襲を受けた回数だ。3月10日の無差別爆撃。東京は焼け野原だ。10万人以上が亡くなったとラジオで聞いた。
陽子:私たちが好きだった浅草も……
明:ああ……。上から落とされると、どうしようもない。
陽子:先に、私たちが疎開して、お父さんとお母さんは救護班として品川に残って……
明:品川は、なんとか最小限の被害で済んだ。捕虜収容所があったからな。
(※5月24日の城南空襲)
陽子:でも、荏原にいたさおりちゃんは……
明:ああ、母さんからの手紙に書いてあったな。
陽子:さおりちゃんのお父さんは、地元の警防団の詰所へ急いで、さおりちゃんは、すぐに防空壕に入った。その直後に、照明弾の青白い光、落ちてくる焼夷弾の雨を見たって。数日後、さおりちゃんが立っていたのは、両親の遺体を焼く炎の前。残酷すぎるよ……。
さおりちゃんは、いま、親戚の家にいるみたいだけど、毎日空を見つめたままだって。
明:本当に気の毒だったな。
陽子:さおりちゃんに会いたい。
明:日本が負けるはずがない。必ず勝つ。落ち着いたら、東京に戻ればいい。
陽子:……うん。
陽子:あ、家についたよ。足元気を付けて。
明:ああ。
陽子:あ、待って。ねぇ、向日葵が、咲いたよ。
明:向日葵?
陽子:太志さんが植えて行ってくれたの。
明:へぇ。どんな向日葵なんだ。
陽子:どんなって……。太くて、まっすぐで、背が高くて、金色の大きな花で、空を見上げて……
明:太志くんの名前通りの花だな。
陽子:そう、だね。
陽子:兄さんは少し横になってていいからね。
明:横になると、寝てしまいそうだ。夜中に何度、警報で起こされたことか。
陽子:寝ててもいいよ。
ああ、そうだ!卵ゆずってもらったの。目玉焼き作るね。
明:そうか。大事な卵だ。落とすなよ。
陽子:わかってるよ。
明:ありがたいな。家も使わせてもらって。
陽子:うん。
陽子:……ね、太志さんはどうしてるかな。
明:連絡がないようだし、いまもお国のために頑張って働いているんだろう。なんだ、気になるのか?
陽子:徴兵検査で「乙種(おつしゅ)」、くじも外れたから行かなくてもよかったのに……。
明:太志くんはお国のために働きたいと言っていた。それに、兵員の不足から「甲種」に満たない者も徴兵されるようになった。17歳で志願だ。偉いもんだ。それに比べて俺は、二十歳(ハタチ)なのに、目が不自由で何もできない。役立たずだよ。
陽子:またそれ!そんなこと言わないでよ。徴兵検査も屈辱的だったって言ってたじゃない。
モノみたいに扱われて―
明:陽子。
陽子:お国のために命を落とすなんて……。どうして自分が生まれた国で、平穏な暮らしを望むのがいけないの?さおりちゃんはどうなるの?これから生まれくる子たちはどうなるの?いま幼い子だって、お父さんを兵役にとられてー
明:陽子!やめるんだ。
陽子:悔しい、悔しいよ。
明:……この戦争に勝てば、平和になる。なぜいまさらそんなことを言う?
陽子:だって、もう6年だよ……。6年も経っているの。私たちは逃げ回ることしかできない。日本は美しい国なんだって、だんだん遠い昔の話のようだよ。何のために戦争をしてるのよ。わかんないよ。
明:陽子。日本は世界一強く、美しい国だ。いまは贅沢せず、勝つまでは踏ん張るんだ。国民が一体になって働いて、そうすれば必ず、またー
陽子:そうやって信じ込んで、目を背けて……
明:太志くんだって、そのために身を粉にして働いてるんだぞ。
陽子:……太志さんは、植物や文学が好きで、私にもいろんなことを教えてくれた。本も貸してくれて、二人で感想を言い合ったり……
明:そうか。
陽子:必ず帰ってくるって約束してくれたの。
明:それなら、信じて待ってあげなさい。
陽子:……
明:陽子?
陽子:え?
明:目玉焼きは大丈夫か?
陽子:あっ!大変。ちょっと焦げちゃった……。
明:料理をしている時に、考え事をすると危ないぞ。
陽子:わかってるよ!これは私が食べるもん。もうひとつは、ちゃんと見てる。
明:頼んだぞ。
陽子:大丈夫!今度はちゃんときれいな太陽を作るから。
明:太陽?ああ、目玉焼きか。そう言われてみれば、そうだな。
陽子(M):なんてことない話をしながら家族でゆっくりご飯を食べる。こんな当たり前の日常が続けばいいのに。
陽子:よし!今度はうまくできたよ。我ながらなかなかの腕前。
明:(笑う)自分で言うのか。
陽子:だって、誰も褒めてくれないんだもん。あとは、味噌汁とご飯と漬物。これしかできなくてごめんね。
明:お前が謝ることじゃない。それでじゅうぶんだ。よし、食べよう。
陽子:いただきます。
明:うん、美味い。
陽子:よかった。
明:今日も暑くなってきたな。
陽子:快晴だよ。
陽子(M):そう言って、空を見上げると遠くの空に何か浮いているように見えた。
陽子:……あれ?
明:ん?
陽子:なんだろう。空……。ちょっと外を見てくるね。
明:曇ってきたのか?いや、でも、雨の匂いは感じないな。
陽子:あ、あれ。大型3機……!
明:警報は鳴ってないぞ。
陽子:何か落としたみたい。落下傘?
明:落下傘?
陽子:海の向こう―
(N):広島中央放送局
突如、警報発令合図のベルが鳴る。
アナウンサーは、警報事務室に駆け込んで原稿を受け取り、スタジオに入るなりブザーを押す。
「中国軍管区情報!敵大型3機、西条上空を……」と読み上げた瞬間、すさまじい音と同時に、建物が傾き、体が宙に浮き上がる。
8月6日午前8時15分。人類史上初めて、広島に原子爆弾が投下される。
陽子:兄さん、変な形の雲が!!
明:雲?
陽子:下から……
明:雲なら空だろう?
陽子:違う、下から。下から煙が立ちのぼって、「きのこ」みたいな形―
変よ、あれ……。すごく変。おかしい。おかしい!こわい……!
明:なんだ?なにが起きたんだ?!陽子!ラジオをつけてくれ!
陽子:ラ、ラジオ。手が震えて……
明:落ち着くんだ。
陽子:……何も聞こえない。雑音だけ。
明:おかしい。おかしいぞ!
陽子(M):日に日に、情報が入ってくる。いままでにない大型の特殊爆弾が投下されたこと。その被害の特質は、大量破壊、大量殺りくが瞬時に、かつ無差別に引き起こされたこと。顔を覆い、耳を塞ぎたくなる惨状。
【間】
陽子:兄さん……。どこもかしこも壊滅状態よ……。これでもまだ日本は勝てるっていうの……
明:……くそっ!
くそ!!
くそーっ!!!!
(N):8月9日木曜日 午前11時2分 原子爆弾は、長崎にも投下される。
(N):8月14日火曜日 終戦の詔書(しょうしょ)
「敵ハ新ニ残虐ナル爆弾ヲ使用シテ 頻(シキリ)ニ無辜(ムコ)ヲ殺傷シ 惨害ノ及フ所 真ニ測ルヘカラサルニ至ル」
(※繰り返し罪のない人々を殺したり傷つけたりした)
(N):8月15日木曜日 正午
日本唯一の放送局だった社団法人日本放送協会から放送された「大東亜戦争終結ノ詔書(だいとうあせんそうしゅうけつノしょうしょ)」の音読レコード、玉音盤のラジオ放送が流れる。
陽子(M):兄さんは、ラジオの前に立ったまま、雑音交じりの放送を聞いていた。はじめてみる、兄さんの嗚咽。私はラジオの内容もよくわからず、どうしていいのかもわからず、兄さんの姿をじっと見守るしかなかった。
明:終わった……。何もかも……。日本はもう……
陽子:……戦争が終わったの?
陽子(M):ゆっくり頷く兄
陽子:負けた、の?
陽子(M):身体がピクリとしたものの動かない兄。
陽子:兄さん……
明:……少し、ひとりにしてくれないか……
陽子:……うん。
陽子(M):ひと部屋しかない家屋。私は向日葵を見に、外に出た。こんな時も、向日葵は太陽をしっかりと見つめて、咲いている。
その時、家の中からガタリと音がした。嫌な予感がして、家の中に慌てて入る。食卓に乗った兄さんが、紐を首にかけようとしてー
陽子:兄さん!
明:っ!!
陽子(M):兄に抱きつき、二人一緒に畳に転がる。
陽子:何をしているの!
明:(小声で)もうダメだ、ダメなんだ。これから最悪なことになる……。あいつらに殺されるくらいなら、自分で……
陽子:しっかりして!
明:……か、あ、さん?
陽子(M):兄は、混乱して、私を母と間違えているようだった。私の膝元に手をついて丸くなり、肩を震わせている。私は、母が言うであろう言葉を口にしていた。
陽子:「明。命を粗末にしてはなりません」
明:でも、もう何もかも終わったんです。僕は何もできないまま、アメリカに日本が侵略されるのを見るのは耐えられない!
陽子:「これからです。どれだけ踏ん張れるか。生き抜いていけるか。日本人の心を忘れないでいられるか。生き残った者には、その務めがあります」
明:僕は、もう目が見えなくなってしまいました。陽子には黙っていたけど、もう目の前は闇なんです。なにもかも真っ暗なんです。
陽子(M):一瞬動揺した。まったく見えなくなっているなんて、気がつかなかった。
【間】
陽子(M):兄はまだ、私が「陽子」だとわかってないようだった。このままでは、また兄が自死を選んでしまうかもしれない。震えている兄を見て、私は思い切って「軍人」の真似をした。
陽子:「立て!」
明:っ!
陽子(M):反射的に立ち上がり、直立姿勢になる兄。
陽子:「名前と生年月日を言え!」
明:「立花 明、大正14年1月16日生まれであります!」
陽子:「その場駆け足!」「とまれ!回れ右!」「戻れ!」
明:はっ!
陽子:「合格だ。立花 明。任務を与える。東京へ戻り、救護班として人々の心によりそうように」
明:え……。し、しかし、自分は医師ではありませんし、目も見えません。
陽子:「お前の両親は救護班だろう。助言をもらい、できることをすればいい。目は見えなくとも、口はきける、耳は聞こえる、両手両足はある、そして何より心がある。いま必要なのはそういう者だ。日本の復興のために働くべし」
「立花 明」か。いい名前を付けてもらったな。ぼんやりした光のことも「明かり」というらしい。お前も、みなの心の明かりになってやれ。
明:あ……
陽子:「以上!」
陽子(M):私は、外に出て、玄関を閉めた。あんな言葉が口から出るなんて、自分でも驚いた。胸がどきどきする。窓からのぞくと、兄は呆然としたまま立っている。
しばらくして私は、何事もなかったかのように、家に入った。
陽子:兄さん、兄さん?
明:あ、よ、陽子か?
陽子:そうだよ。どうしたの。
明:俺はいま、白昼夢を見たのか……
陽子:白昼夢?
明:ああ、いや、なんでもない。
陽子:ねぇ、兄さん。私、考えたの。東京に、お母さんたちのところに戻らない?
明:東京に……
陽子:お父さん、お母さんに会いたい。みんなに会いたい。私にできることがあれば、ううん、なんでもいい、私も働きたいの。
明:そうか……、そうだな。東京に、戻ろう。
陽子:兄さん……
明:ああ。戻ろう。
明:……陽子、太志くんのことは、いいのか?
陽子:それは……。い、いまは、それより東京に戻って……
明:陽子?
陽子:さっそく、戻る用意をしましょう。一日もはやく。
明:……。そう、だな。
陽子(M):こみ上げるものを必死に抑え、私は帰省の準備をした。
東京に戻った兄は、按摩や鍼灸師の勉強をしつつ、傷を負った人々を見舞い、話を聞いて、共に泣いたり笑ったり、子どもたちやお年寄りの相手をして、毎日忙しく過ごしている。
私は忙しい母のかわりに、家事を手伝い、畑仕事をした。
さおりちゃんとも再会し、彼女にも少しずつ笑顔が戻ってきた。
それから3年の月日が経ち、8月。
配達員:立花さーん。郵便です。
陽子:はーい。
配達員:「立花 陽子」さんですか?
陽子:はい、私です。
配達員:じゃ、これ郵便ね。
陽子:ご苦労様です。
誰だろう。四国から転送されてきてる。消印は、4月?
差出人は……、「大西 太志」
太志さん!?
陽子(M):慌てて封を開けて、便箋を開く。
陽子:
「拝啓 立花 陽子 様
ご無沙汰しております。
(ここから、明役が太志として読む)
太志:ようやく筆を持つことができました。
明さん、陽子さん、元気にしていらっしゃいますか。
僕はいま、広島市外の病院に入院しています。広島の惨状は聞き及んでいると思います。三年前のあの日、僕は、中心地から離れた建物の中に、先輩たちと三人で待機していました。その後、救援として駆けつけました。
地獄があるというのならここだと思い、鬼がいるというのなら、それは人の心の中にいるのだと痛感しました。何もできませんでした。
できることといえば、毎日毎日火葬をすること。無念でなりません。
その後、原子爆弾炸裂時の泥やほこり、すすなどを含んだ黒い雨が降り、僕も先輩たちも、脱毛や吐血などの症状で入院しました。今まで何の異常もなく元気であった先輩は、突然亡くなりました。もう一人の先輩は、惨状を目にして正気を失い、やはり数か月後に亡くなりました。
1945年8月に起きた出来事は、あらゆる形で語り継がれていかねばなりません。
そして今後、僕は原爆病と戦っていかねばならないでしょう。
陽子さんに、必ず帰ってくる、などと軽率な言葉を言ってしまったこと、そんな言葉で、陽子さんの将来を縛ってしまったことを申し訳なく思っています。
陽子さんの向日葵のような明るさが、ご家族やご友人など、周りの人々を笑顔にします。
どうか自由に生きてください。陽子さんの幸せを願っています。
敬具
昭和23年4月30日 大西 太志
追伸:向日葵の種を同封いたします。向日葵は、太い根が深く生える花です。それが土を耕し、酸欠のない土壌に変える効果があります。もし東京に戻り、畑を耕すようであれば、まず向日葵を植えてみてください。」
陽子(M):私は手紙を胸に抱いた。
陽子:太志さん、向日葵は咲いています。東京に戻ってくるときに、太志さんが植えてくれた向日葵の種を持ってきたんです。でも、私を上に向かせてくれるものは見つかっていません。向日葵には、太陽が必要なのです。
陽子(M):うつむいたままでいると、男性の足とその身体を支えている棒が目に入った。
太志:あのー
陽子(M):兄のところへ治療に来た人かと思い、顔をあげると、そこにいたのは―
陽子:太、志さん?
太志:陽子さん……
(※陽子「たい(しさん?)」の後、すぐに「陽(子さん)」と入れていただけると、「太陽」に聞こえるはずです。)
陽子:どうして、ここ、に……?
太志:手紙を書いて数か月、音沙汰がなかったものですから、どうにも心配になってしまい、
退院後、実家に戻ったところ、お二人が東京に帰ったことを聞きました。それで……
陽子:それで、わざわざ東京まで来てくださったんですか?
太志:あの、陽子さんには申し訳ないことをしたと思い……
陽子:……勝手です。
太志:……お返しする言葉もありません。
陽子:向日葵は、咲いています。
太志:え……?ああ、本当だ。真っ直ぐ綺麗に咲いていますね。
陽子:「向日葵は、日当たりの良く、風通しの良い場所で育てるのがコツです。直射日光を苦手とする植物が多いなか、向日葵は太陽の光をたくさん浴びることで生長して、大きな花を咲かせます。」
太志:陽子さん?
陽子:太志さんが教えてくださったことです。でも、私は、こんなに真っ直ぐ上を向けていません。それなのに、「自由に生きてください」だなんて。
太志:……
陽子:このままでは、私は、枯れてしまいます。
太志:あ、あの!僕が……
陽子:……はい。
太志:あなたの太陽になります。
陽子:……
太志:風になります。水になります。肥料にもなります。そうすれば!そうすれば……
陽子:真っ直ぐ咲く花を咲かせることができますか?
太志:できます!上を向いた、美しい黄金色の花になります!
陽子:では、この手紙はおそらく、間違いでしょう。
太志:え?
陽子:私は、無事に戻ってくることを信じて待っている人がいます。約束をしたんです。約束を破るような方だとは思っていません。帰ってきてくださることを、連絡があることを、待っているんです。
太志:……! 失礼いたしました!
太志:大西 大志、陽子さんとの約束を果たすために、ここに帰還したことをご報告致します!
陽子:……ご帰還おめでとうございます。本当にお疲れ様でした。
陽子:私も……
太志:はい。
陽子:太志さんが倒れてしまわないよう、私があなたの支えになります。
太志:……ありがとう、陽子さん。
陽子:……。おかえりなさい、太志さん。
【間】
陽子(M):あの夏の日を忘れることは決してできない。
太志(M):だけど、絶望のままうずくまってはいられない。
陽子(M):私たちは、絶望を希望に、悲しみや憎悪を生きる力に変えていくのだ。
太志(M):あの、太陽に向かって咲く向日葵のように、
陽子と太志(M):力強く大地を踏みしめて、真っ直ぐに―
【終演】
※陽子と太志は、二人で「太陽」。
互いが太陽のような存在ですが、「原爆病」になった太志を見て、陽子は大きな向日葵が倒れないよう、太志の「支柱」になります、と告げています。