落語声劇『お七夜』(長屋噺)

 【登場人物】[1:1]
・熊五郎/亭主/枕:落語と講釈が大好き。
・女房:初産。まだ布団に横になっている。

※約20分
初めて生まれた子に、どんな名前をつけようか、めでたい名前がいいと、亭主がいろいろと提案しますがー。
※「芝浜」サイドストーリー①
落語「寿限無」「真田小僧」「子ほめ」を少し絡めた話にしています。

【豆知識】
・「産神様」(うぶがみさま):妊婦や赤ちゃんを見守ってくれる神様
・「産土神様」(うぶすながみ):生まれた土地の守り神様
・「枕引き」:「お七夜」は「枕引き」とも呼ばれ、昔の習慣ではお家で出生した女性が寝床を片付ける、床上げをする日とされていた。母親の体が回復し、布団を敷きっぱなしにしなくてもよくなる頃をさしている。

----【枕】---------------------------------

近頃は、医療も発達し、妊娠すると生まれる前に男の子か女の子かわかり、前もって子供の名前を考えておくことができますね。産後も、母も子も健やかで約五日で家に帰ることができます。

しかし、当時は乳幼児の死亡率がとても高く、「七歳までは神のうち」と言い、子どもを失う悲しみを和らげていた時代でして、生まれてから七日目を大切な節目として「産神様」(うぶがみさま)や「産土神様」(うぶすながみ)に報告し、感謝するわけです。

また、「命名式」というのがあり、そこで皆様にお披露目するという行事がございまして、それを行うのが、生まれてから七日目。
これを「お七夜(おしちや)」と言います。

子どもが元気で丈夫に育つようにと、「熊」や「寅(虎)」など強い動物や、長命を願って「鶴」や「亀」を使ったり、「松竹梅」、「菊」のようにめでたい植物などを使った名前が多くあります。

平安時代には既に存在していたとされる「お七夜」ですが、もともとは貴族の行事でございました。貴族の家では子どもが生まれた日を初夜とし、そこから三夜、五夜、七夜、九夜と奇数の日を数えて祝宴を開いていたそうですね。

それが江戸時代になり、今度は「七夜」だけが残り、徳川家では「産立ちの祝い」の中の七夜を「命名の儀」として公式行事化し、徳川家に子どもが生まれた際には、七夜に公式に名前を発表し、諸大名から祝い品を受けるという形が定着化したわけです。

この行事が庶民にも知られるようになったことで、江戸時代には「お七夜」に名前を披露して、赤ちゃんの成長を祝う行事として庶民にも広がっていったと考えられています。

----【枕ここまで】---------------------------------

女房:いよいよこの子がうまれて、「お七夜(しちや)」だね。

亭主:ああ、そうだな。おめぇもよく頑張ってくれたな。どうでぇ、体の方は。

女房:なんとか動けるようになったきたよ。アタシも「枕引き」だねぇ。

亭主:そうかそうか。

女房:それより、この子にいい名前をつけておくれよ。

亭主:そうさなぁ。う~ん……、名前(なめぇ)なんかつけたことがないからよ、どんなのがいいのか見当がつかねえ。

女房:だったら、和尚(おしょう)さんに聞いてみたらどうだい?物知りだから、きっといい名前をつけてくれるよ。

亭主:実はオレもそう思ってよ。聞きに行ってきたんだよ。

女房:そうなのかい?で、どんな名前なんだい?

亭主:おお、ちぃと待ってくれよ。覚えきれねぇんで、紙に書いてもらったんだ。

女房:覚えきれない……?

亭主:おお、これだこれだ。ええと、「寿(ことぶき)限りなし」で、死ぬことのない「寿限無(じゅげむ)」からはじまってー

※ゆっくり読んでも、早く読んでもいいです。

亭主:寿限無(じゅげむ) 寿限無 五劫(ごこう)のすりきれ 海砂利水魚(かいじゃりすいぎょ)の水行末(すいぎょうまつ) 雲来末(うんらいまつ) 風来末(ふうらいまつ) 食(く)う寝(ね)るところに 住(す)むところ やぶらこうじの ぶらこうじ パイポ パイポ パイポの シューリンガン シューリンガンの グーリンダイ グーリンダイの ポンポコピーのポンポコナの 長久命(ちょうきゅうめい)の長助(ちょうすけ)ええ~、チーン。

女房:ちょいと!冗談はやめとくれよ!それじゃお経じゃないか。

亭主:でも面白ぇだろ?

女房:……その紙、ちょいと見せとくれ。

亭主:お?よし、おめぇも読んでみな。

※ゆっくり読んでも、早く読んでもいいです。

女房:ええ……?寿限無(じゅげむ) 寿限無 五劫(ごこう)のすりきれ 海砂利水魚(かいじゃりすいぎょ)の水行末(すいぎょうまつ) 雲来末(うんらいまつ) 風来末(ふうらいまつ) 食(く)う寝(ね)るところに 住(す)むところ やぶらこうじの ぶらこうじ パイポ パイポ パイポの シューリンガン シューリンガンの グーリンダイ グーリンダイの ポンポコピーのポンポコナの 長久命(ちょうきゅうめい)の長助(ちょうすけ)

亭主:ハハハ!面白れぇ!

女房:いくら縁起がいいからって、こんな長い名前つけられないよ!

亭主:そりゃそうだ。覚えられねぇし、つけたとしても結局、最後の「長助」って呼ぶことになりそうだな。

亭主:ああ、そういえばよ。和尚のところから帰るとき、ちょうど八五郎と鉢合わせてよ。あの野郎、ご隠居に赤ん坊のほめ方を教えてもらったらしく、ほめては「ただ酒」を呑もうとしやがる。あいつには、気ぃつけろよ?

女房:なんか言ってたのかい?

亭主:それがバカみてぇなこと言いやがるんだ。「皆から、熊五郎んとこに子が生まれたって聞いたぞ。お前が生んだのか?」……男が生むかってんだ!
亭主:そのあと、「猿みてぇだなぁ、赤い顔して、これ茹でたのか?」「この額の広いところなんかは、亡くなった爺さんそっくり……」だってよ。
亭主:オレ、赤ん坊連れてねぇし、爺さんまだ生きてるしよ!ほんと、バカだねぇ、あいつはぁ……。

女房:あの人はもともと口が悪いからね。ほめ方ってのを知らないんだよ。

亭主:だからよ、「もう一度、ご隠居のところにいって、ほめ方を教えてもらってこい!」って言ってやったよ。

女房:でもまぁ、もし見に来てくれたら、何も言わなくてもお酒ふるまってやりなよ。

亭主:まぁ、そう……だな。

女房:それより、この子の名前だよ。

亭主:ああ、そうだったそうだった。強く、たくましく、長生きをしてくれる縁起のいい名前がいいのは確かだ。
縁起のいい「松」と、長寿の「長」、幸福の「福」というめでてぇ組み合わせで、「長松(ちょうまつ)」、「福松」、「松松松(まつまつまつ)」……

女房:「松松松」はおいといて、「まつ」は悪くないね。

亭主:しかし、あれだ。かの戦国武将も、なかなか突拍子もねぇ名前をつけたらしいじゃねぇか。

女房:へぇ、たとえば?

亭主:そうだな……。たとえば、織田信長公がつけた名前のひとつに「奇妙(きみょう)」ってのがある。

女房:奇妙?

亭主:生まれたときに奇妙な顔をしていたから、だそうだ。

女房:わが子の顔を見て「奇妙」って……。「猿」とつけられなくてよかったけど。いや、どっちもどっちだねぇ。

亭主:あとは、「茶筅(ちゃせん)」

女房:茶道で使うやつかい?どういう意味をこめたのか知らないけど、「奇妙」とか「茶筅」とかつけるのはちょいと……

亭主:お次は、「於次(おつぎ)」

女房:なんだって?

亭主:「於次(おつぎ)」

女房:次に生まれたからかい?

亭主:だろうな。そんで「於坊(おぼう)」ときたもんだ。

女房:「於坊(おぼう)」って……、「男子(なんし)」ってことじゃないか。生まれた男子(なんし)に「男子(なんし)」とつけたってのかい?ややこしいねぇ。

亭主:他にもあるぜ。「大洞(おほぼら)」、「小洞(こぼら)」

女房:ちょいとちょいと……

亭主:「酌(しゃく)」

女房:とうとうお酒にまつわる名前がつけられちゃったよ……

亭主:母親の「お鍋の方」に由来してつけられたらしいぜ。

女房:……「やかん」よりはいいかしらねぇ。

亭主:「なべやかん」か!そいつぁいいな!ハハハ!

女房:笑いごとじゃないよ。

亭主:あ~、あとは「人(ひと)」

女房:なんだって?

亭主:だから「人」

女房:そのまんまじゃないか!

亭主:秀吉公は、「棄(すて)」「拾(ひろい)」とつけたそうだ。

女房:まぁ「捨て子はよく育つ」というからねぇ。

亭主:で、家康公は、「於義伊(おぎい)」

女房:おぎい?どういう意味なのさ。

亭主:家康様は、赤ん坊の顔を見てひと言「まるでギギのような子だ」と言ったそうだ。「ギギ」とは、「ナマズ」によく似た魚だ。

女房:ちょいと、もう、どうしてそうなるのよ……。男とか、人とか、魚とか、頼むからやめとくれよ。

亭主:俺だって、熊五郎ってんだぜ?

女房:あら、頼りがいがあっていい名前じゃないの。

亭主:そ、そうかぁ?へへ。じゃあ、熊太郎、熊次郎、熊三郎……

女房:うちの中に熊が何頭もいるのはややこしいねぇ。

亭主:さっき、いい名前って言ったじゃねぇか!

女房:ああ、大きい声出さないでおくれよ。この子が、起きちまうじゃないか。

亭主:あとは、落語に出てくるのは「金(きん)」、「金坊」だな。

女房:いやですよ。こまっしゃくれた、親をやりこめるような子になりそうじゃないか。

亭主:でも、知恵は働くぜ?

女房:そうかもしれないけど、悪知恵だったらどうするんだい。

亭主:それじゃあ「与太郎(よたろう)」

女房:また落語かい?「与太郎」は嫌です。呑気で、ぼんやりしてて、何をやっても失敗ばかりするんだろう?

亭主:じゃあ、真田安房守(さなだあわのかみ)の倅(せがれ)のー

女房:どうせ「講釈(こうしゃく)」で聞いてきた話なんだろ?

亭主:おぅ、オレぁ、講釈(こうしゃく)が好きで、よく講釈場(こうしゃくば)へ聴きに行ってるだろ?講釈には偉い人の話がいっぱい出てくるんだ。すげぇなぁっていつも感心しきりよ。

女房:そうかい……

亭主:その倅の名前が、与太郎ならぬ「与三郎」ってんだ。この人はな、のちに大坂方(おおさかがた)の軍師(ぐんし)で、真田左衛門尉幸村(さなだ さえもんのじょう ゆきむら)、真田幸村(さなだゆきむら)になったって話だ。

女房:それはそれは、ご立派な方だねぇ。

亭主:だろう?立派な人ってのは、知恵の使いどころが違うんだよ。てぇしたもんだ。

女房:でもね、お前さん……

亭主:そんじゃ!「牛若」(うしわか)、あるいは、「九郎(くろう)」はどうだい。源義経の幼名(ようみょう)よ。
平安時代末期の武将「源義朝(みなもとのよしとも)」の九男。母は、絶世の美女と言われた妾の「常盤御前(ときわごぜん)」。
そして、「武蔵坊弁慶(むさしぼうべんけい)」との出会い。乱暴で怪力無双な弁慶は、「千本の太刀を奪おう」と京の五条橋の上で、最後の一本である千本目を狙っていたところ、十八歳の義経(牛若丸)が笛を吹きながらやってきた。弁慶は襲撃するものの、ものの見事に返り討ちに遭い、降参だぁ。そして、弁慶は義経の家来となったって話よ。おめえも知ってるだろ?

女房:知ってるけどさぁ……。ウチは武家じゃないんだよ?それから、そうじゃなくてー

亭主:なんでぇ、文句ばっかりつけやがって……

女房:お前さんがまともな名前を考えないからじゃないの!

亭主:そうかぁ?一生懸命、考えてるんだけどなぁ。何がそんなに気に食わねぇんだよ。

女房:一番大事なこと、忘れてやしないかい?

亭主:なんでぇ。

女房:この子、「女子(なんし)」だよ?

亭主:(かなり間をおいて)…………ええっ!

女房:ちょいと、本気で言ってるのかい。あきれたもんだねぇ……。

亭主:いやいやいや、生まれたときは、わかっていたんけどよ。こう顔を見ていると、猿……(咳払い)いや、どっちだったか、これは男前になりそうだなぁ、なんて考えてたら、すっかり……

女房:ということで、これまでの出した名前は、なし。帳消しだね。

亭主:帳消しって、おめぇ「質屋」じゃねぇんだから……。あ……。しちや……

女房:(咳払い)さぁ、「お七夜」まで時間がないよ。

亭主:「お七(しち)」ってのはどうだい!

女房:いま質屋から思いついたんだろ?

亭主:い、いや別に……?

女房:あのね、この子が大きくなって、名前にどんな意味があるのか聞かれたら、お前さん、なんて答える気だい?

亭主:それはぁ……

女房:あと「お七」もなし。

亭主:なんでだよ。悪くねぇと思うけどな。

女房:「八百屋お七の火事」の話、知ってるだろ?恋しい人に、会いたくて会いたくて、ならず者にそそのかされて、自分の家に火をつけたって話。

亭主:家に火ぃつけられたら困るな……

女房:困るどころの話じゃないよ?

亭主:お七、七(なな)…………、名無しの権兵衛。

女房:名前なくなっちゃったじゃないか。

亭主:仕方ねぇ。もう一度和尚のところにいって、めでてぇ名前を教えてもらってくるか。

女房:お願いしますよ。

亭主:……おい、そういえば「和尚」ってのは、両方とも「八画」なんだと。「八」は「神様の気配」を表していて、あと~、え~、あれだ、ほら!わかんだろ?

女房:わかんないよ。紙に書いてもらわなかったのかい?

亭主:おお!書いてもらったよ。これだこれだ。なになに?
とりあえず、平和の「和」だろ?「口」は祝詞(のりと・しゅくし)、え~っと、神事(しんじ)の行事で神主(かんぬし)が神前(しんぜん)で唱える言葉。和尚の「尚(しょう)」は、「窓明かりが差し込む祈りの場」の意味がある。
そう考えると、「和尚」もいい名前(なめぇ)だな!

女房:「和尚」は、名前じゃないよ?修行を積んだ偉~い僧侶の敬称だよ。寺の住職のことだからね。

亭主:七がだめなら……、ああ、八つぁん!

女房:落語から離れられないかねぇ。

亭主:六、九!

女房:あのねぇ……。

亭主:六(ろく)でもねぇ、九(く)だらねぇ。ってか?

女房:お前さん、いい加減にしないと―

亭主:ああ、わぁったよ。なんだか、だんだん面白くなってきちまったよぅ。

女房:とにかく、もう一度、和尚さんに―

亭主:ああ、実は「女子(なんし)」でしたって言ってくらぁ。


ー終演ー