落語声劇『花より団子』[0:1:1]

【登場人物】[0:1:1]

■金坊(不問):長屋暮らし。機転が利いて、弁舌たくみ。だいたい父親からうまく小遣いをせしめたり、やりこめたりする。

■おみつ♀:金坊の母親。金坊に振り回されがちだが、父親よりしっかり者。

■おかみさん♀:大工の頭領のおかみさん(金坊と兼ね役)

※古典落語「真田小僧」と「大工調べ」が少し出てきます。

※約20分

---【本編】---------------------------------------------


金坊:(焼き芋を食べながら)おっははん(おっかさん)

おみつ:なんだぃ、金坊。食べながら。行儀が悪いよ?また焼き芋食べてるのかい。

金坊:ほふほふひてふまい(ほくほくしてうまい)

おみつ:お前は本当に、焼き芋が好きだねぇ。まるで「猫にまたたび」だね。

金坊:あんだって?

おみつ:「けん」さんみたいな聞き方しない

金坊:え、だれ?

おみつ:お前が生まれる前、この長屋に住んでた冗談ばっかり言ってた人だよ。長屋の人気者だったね。犬や猫が大好きでねぇ。よくかわいがってたよ。

金坊:へぇ!会いたかったなぁ

おみつ:生きてたらお前と遊んでくれたと思うよ。

金坊:で、おっかさん。「猫にまたたび」ってなに?

おみつ:え?ああ。猫はまたたびが大好きなんだよ。
「非常に好きなものの例え」さ。

金坊:「猫にちゅーる」じゃなくて?

おみつ:ちゅーる?

金坊:いなば屋で売ってるよ。

おみつ:猫用の?おやつ?

金坊:そう

おみつ:へぇ、変わってるねぇ

金坊:そこで、焼き芋も買ったんだ。

おみつ:聞いたことないけど……。
というか、金坊にこづかい渡した覚えもないけど?

金坊:おとっつあんにもらった。

おみつ:「まきあげた」の間違いだろ?
おとっつあん、涙目で「またやられた」って言ってたよ?

金坊:また新しいネタを探してこなくちゃ!

おみつ:まったく、そういう悪知恵ばかり働くんだから。

金坊:おっかさぁん、こづかいちょうだぁい。

おみつ:なんだい「猫なで声」で。あたしからも、まきあげようってのかい。

金坊:「猫なで声」?

おみつ:なでてくれる相手に媚びた、甘えてのどを鳴らすような声。

金坊:にゃぁん。にゃぁん。おこづかいおくれようぅぅ

おみつ:「その手は桑名の焼き蛤」だよ。

金坊:ええ、なにそれ。おいしそう!

おみつ:「その手にはのらない」って言ってんだよ

金坊:「桑名」ってどこ。焼き蛤たべたい!

おみつ:伊勢国(いせのくに)

金坊:どのくらいでいける?

おみつ:一日歩いて、半月はかかるだろうね。

金坊:ええ~。遠い。

おみつ:ま、でも、「一生に一度は伊勢参り」っていうくらいだからねぇ。金坊が大人になってから、かな。

金坊:じゃあ、ハマグリのかわりに何をねだろうかなぁ。腹へったなぁ。

おみつ:いま、焼き芋を食べてだろ?!夕餉まで我慢しな。

金坊:おみつさんよう、成長期のせがれをほっとくっていうんですかい?

おみつ:またそういうことを言う……

金坊:お腹と背中がくっつきそうなんですよ。
さぁ、出してもらおうじゃないの。

おみつ:取り立て屋みたいな言い方はよしな。
いま、うちには梅干しくらいしかないよ?

金坊:梅干しで、食べ盛りのおいらの腹がいっぱいになるもんかい!

おみつ:ないもんはないの!

金坊:だから、コレ、こいつをちょいとくださいってんだ、ね?
(親指と人さし指で丸と作る)

おみつ:ね、って。指を銭の形にしない!おまえ、いま、わっるい顔してるよ?ああ、いやだいやだ。いま、あたしは針仕事で大忙しなんだよ。「猫の手も借りたい」くらいさ。

金坊:猫の手?!

おみつ:「上から下までお目出度(おめでた)と、猫の手もかりたい忙しさ」なんて言ってね。すこぶる忙しい。誰でもいいから手伝いが欲しいってことだよ。

金坊:ふぅん。猫ってすごいんだなぁ。

おみつ:ん?うん。そうねぇ。
「猫」は賢くてさ、自由で、かわいらしい仕草がまたいいんだよ。身近で、暮らしの中になじんでるからねぇ。猫をたとえで使うと、言葉がやんわりして、傷つかないだろ?

金坊:おっかさん、猫好きだもんね。他にもまだあるの?

おみつ:あるよ。でも、自分で調べてごらんよ。
金坊は一回話を聞いたら、覚えちまうくらい賢い子だ。
あたしも、よく親に言われたよ。
「なぜ?どうして?とすぐ聞かないで、自分でも調べてごらん。
人から聞いた話は忘れやすく身にもつきにくいからね」って。

金坊:そんなもんでしょうかねぇ

おみつ:妙におとなびてるんだよぇ……

金坊:おっかさん。いま「猫の手も借りたい」の?

おみつ:ああ、借りたいさ。金坊、「鳴く猫はねずみを捕らぬ」だよ。

金坊:どういうこと?

おみつ:「口ばかり動かしてないで、手も動かしなさい」ってことだよ。

金坊:じゃ、おいらが手伝うよ!

おみつ:おや、そうかい?それは助かるねぇ。いま、頼まれた着物を繕ってるところさ。まだ何着もある。それぞれできあがったら、順々に持って行ってもらおうかねぇ。その時にお代もいただいて……

金坊:いくらで?

おみつ:はい?

金坊:手伝ったらいくらくれる?

おみつ:おまえ……、あきれたねぇ

金坊:いや、だから、おいらがもっていくだろ?持っていく間に、おっかさんはまた次の仕事ができる。おいらが手当てをもらう。そしたら、いなば屋にいって焼き芋を買ってくる。お腹もふくらむ。“Win-Win(ウィンウィン)”だろ?

おみつ:はぁ?なんだい、その「ういんういん」ってのは。どうせ「ネコババ」するつもりだろ。

金坊:え?オニババァ?

おみつ:誰がオニババだ!

金坊:そんなことぉ……、しないよぉ……、たぶん

おみつ:約束できるかい?

金坊:します!

おみつ:いくらいただくかはもうわかってるんだ。一文(いちもん)でも減ってたら、夕餉は抜きだよ。

金坊:おいらも男だ!一度した約束をたがえることはしねぇ!

おみつ:あ、そ。じゃ、「猫をかぶって」いきな。

金坊:猫を……?ちょっと、猫さがしてくる。

おみつ:お待ち。そうじゃない。猫は一見おとなしそうに見えるだろ?特定の人の前では本性を隠して、おとなしく見せることだよ。そしたら、「まぁ、親の手伝いをして、利口なことだ。感心感心」なんてほめて―

金坊:飴玉でもくれる?!

おみつ:くれるかもしれないねぇ。

金坊:行くよ!おいら、行ってくるよ!

おみつ:じゃ、さっそく行ってもらおうかね。この着物は、親方のおかみさんところ。わかるね。

金坊:ちょちょいのちょいだよ。あそこの「猫の額」のとこだよね!

おみつ:余計な言葉はしってるんだね。そんなこと言うんじゃないよ。飴どころか、げんこつをもらうことになるからね。

金坊:はぁい。

おみつ:じゃ、頼んだよ。

金坊:行ってきまーす。

【間】

おみつ:やれやれ。やっといったかい。元気なのはいいけど、お腹すいたとか、こづかいほしいとか、まぁにぎやかで、にぎやかで。はぁ、これで仕事に集中できるわ。

【間】

おみつ:しかし、肩が凝ったねぇ。また、按摩の先生に来てもらおうかしら。あ、でも、また金坊が、ウチの人に、変な風に伝えたらややこしいし……
男の人を連れ込んだとかなんとか、含みのある言い方をするから。

【間】

おみつ:はて……、金坊の帰りが遅いね。すぐ近くだから、もう戻ってくるはずだけど。そのまま焼き芋買いにいったとか?にしても、食べながら帰ってくるはずだし……。

余計な事言って、こっぴどく絞られてるとか?やだ、なんだか心配になってきた。ちょっと、見に行ってみよう。

—頭領の家へ向かう

おみつ:ごめんください。頭領?おかみさん?いらっしゃいますか?

おかみさん:はいはい、あら、おみつさん。どうしたの?

おみつ:あの、金坊、来ませんでしたか?

おかみさん:来ましたよ。着物持ってきてくれて、金ちゃんったら「借りてきた猫」みたいにおとなしくてさ。いい子だったよ。で、お代を渡して帰したんだけど……。まだ帰って来ないのかい。

おみつ:ええ、どこいっちゃったのかしら。

おかみさん:あ、ウチの人に、ついて行ったのかもしれない。

おみつ:え?何かあったんですか?

おかみさん:与太さんがね、店賃の抵当(かた)に道具箱を取られてしまって。返してもらうために、こうしろああしろって与太さんに言ったけど、かえって大家さんを怒らせてしまってさぁ。

仕方がないから、ウチの人が一緒に大家さんとこに頭を下げに行ったんだけど、意固地になっちゃて道具箱を返してくれないのさ。ウチの人も気が短いから、威勢のいい啖呵で食ってかかっちゃって。

おみつ:大変じゃないですか。大工が道具とられちゃ、商売上がったりですよ。で?どうされたんです?

おかみさん:南町奉行所に願い出たの。こんな些細なことでって思うけど、生活がかかってるからねぇ。「老母一人養いがたし」という訴状は、さすがの奉行所でも放っておけなかったみたいねぇ。いま、お白洲よ。

おみつ:お、お白洲?!

おかみさん:ウチの人、「犬の糞(いんのくそ)で仇をとる」とか言ってたから大丈夫かしら。

おみつ:「犬の……」ああ、金坊、頭領についていっちゃったんだわ。

おかみさん:どういうこと?

おみつ:いや、今日ね、金坊に「ことわざ」をいろいろと話してて、毎回「どういうこと?」って聞くもんだから、「自分でも調べなさい」っていったんですよ。だから、もしかしたら………。「好奇心は猫を殺す」って言うけど、まさか……

おかみさん:金ちゃんなら、あり得るわねぇ。

おみつ:ちょ、ちょっといってきます。まったく金坊ったら……

―小走りに出かける

おみつ:ん?あ!金坊!!帰ってきた。どこいってんだい、心配したじゃないの!

金坊:よぉ、おみつさんかい。

おみつ:どうしたんだい、金坊。

金坊:おらぁ、ただの金坊じゃねぇ。「遠山金四郎景元」だ。

おみつ:はい?

金坊:「遠山の金さん」って呼んでくれや。

おみつ:あ、ダメだ、これ完全に影響されたわ。金坊、しっかりおし。

金坊:「この金さんの桜吹雪、見事散らせるもんなら散らしてみろぃ!」

おみつ:頭領のじゃなくて、そっちの啖呵切りを覚えてきたのかい。

金坊:くぅ、金さん、かっけぇ……

おみつ:そうだねぇ。

金坊:「やかましぃやい!悪党ども!!おうおうおう、黙って聞いてりゃ寝ぼけた事をぬかしやがって!この桜吹雪に見覚えがねえとは言わせねえぜ!」

―と言いながら片肌脱ぐ

おみつ:まぁ、ほっそい腕。

金坊:はい。ここで、回想シーン。

おみつ:ちょっとよくわかんない。

金坊:「己ら(おのれら)!それでもまだシラを切ろってんのか!!」

おみつ:……

金坊:……「まだシラを切ろってんのかい!」って言ってんだよ?

おみつ:あ~?「ああ、金さん!!金さんが、お奉行様!?」

金坊:それ、いい感じ。

おみつ:そう?

金坊:「早くいい人を探すんだぜ」

おみつ:もう所帯持ってるけどね

金坊:おっと、俺が金さんって事は内緒にしておいてくれよ。

おみつ:はぁ……

金坊:「これにて一件落着!」

おみつ:じゃ、与太郎さんの道具箱は返してもらえたのかい。

金坊:あたぼうよ。

おみつ:そりゃよかった。

金坊:「質株(質屋の営業権)持たずして道具箱を取り上げるはご法度!違法に道具箱を留め置いた20日分の大工の手間賃銀200匁を支払うべし!」

おみつ:さすが、金さん!!難しい言葉もばっちり覚えて、さすが!男前!

金坊:おみつさん、俺に惚れちゃいけねぇぜ。

おみつ:惚れるか!いい加減、目をさましな。

―パチン!

金坊:いってぇ!!何すんだよ、おっかさん。

おみつ:ああ、やっと戻った。

金坊:ねぇ、おいらにも、桜吹雪の入れ墨しておくれよ。

おみつ:ばかなこと言うんじゃないよ!入れ墨はね、針で皮膚に傷を付けて墨で色をつけてんだよ?ものすごーく痛いんだよ?痛いの嫌いだろ?

金坊:嫌だ!でも、桜吹雪かっこよかったんだよ~。おいらも、遠山の金さんになりたいんだよ~!!しらす丼食べたいよ~。

おみつ:しらす丼?お白洲は、仔魚のことじゃないよ?

金坊:どこにいったら食べられる?

おみつ:湘南

金坊:しょーなんだぁ

おみつ:しょーもなっ!あ、そうだ。仕立て代金、おかみさんから預かっただろ?ほら、いま渡しな。

金坊:ええ~。

おみつ:まさか、焼き芋にかわったわけじゃないだろうね?

金坊:大丈夫だよ。男の約束をしただろ。ほら。

おみつ:あら、ちゃんとある……。

金坊:あ~あ、お腹すいたなぁ。おみつさぁん、成長期のせがれをほっとくっていうんですかい?

おみつ:また、それぇ?!

金坊:もう、お腹と背中がくっつきそうなんですよ。

おみつ:うるっさいねぇ、もう!ええと(キョロキョロ)、ああ、あった。
金坊、ちょいと待っててよ。

―茶屋へ

おみつ:おやじさん、これくれる?四文?はい、じゃこれ。どうも。金坊、はい。これ。お食べ。

金坊:わーい、桜餅だ!やったぁ!(はむぅ)お、お、おいひーい!
こえにへ、いっへんはうひゃう〜!!(これにて一件落着!)


おみつ:はぁ……、やっぱりお前は、「花より団子」だよ。