落語声劇『鯉のぼり』

 [1:1](一人読み可)※20~30分

【登場人物】

金坊:機転が利いて、弁舌たくみな子供が、父親からうまく小遣いをせしめたり、やりこめたりする。

おっかさん(お千)/枕:

※「枕」は自由にアレンジしてください。
※語尾変更、アドリブ可
#オンリーONEシナリオ2022

----------【枕】----------

最近、特に都会では見なくなりました、ひな祭り、鯉のぼり。
子どもの頃、ちゃんとやったという記憶がある方は、そうですねぇ、おそらく年齢は……
と、歳の話をするのはやめておきましょう。

日本らしい文化・行事と言えますが、実は、節句は奇数が重なる日をめでたいとした中国の考え方が、奈良時代に伝えられたものです。
それが稲作を中心とした日本の生活のリズムにうまくあてはまったことから、日本の行事として深く根をおろし、現代に至っています。

春の七草、桃、菖蒲、竹、そして秋の菊まで、季節の草花に彩られたいろいろな「節句」があります。

一月七日の人日(じんじつ)、三月三日の上巳(じょうし又はじょうみ)、五月五日の端午(たんご)、七月七日の七夕(しちせき)、九月九日の重陽(ちょうよう)を、江戸時代に幕府がそれまでの節句をもとに「五節句」と制定したものです。

昔の人々にとって、節句は神事のためだけでなく、日々の雑用から離れて、滋養のあるものを食べて鋭気を養い、まわりの人との絆を深める貴重な機会でもありました。子どもたちにとっても楽しい日だったでしょう。

節句にはそれぞれ独自の意味や決まった供物(くもつ)がありまして、そうした供物を飲食することから、「節句」は「節供(せちく)」とも言われてきました。

例えば、桃の節句、端午の節句では……、とここですべて説明いたしますと、落語がはじまらず時間切れになってしまいますので、ここは、大人顔負けの知恵を持った金坊先生に譲ることにいたします。

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【本編】

金坊:おっかさん、ただいま!

おっかさん:ああ、金坊おかえり。
今日の寺子屋はどうだった?

金坊:今日は「書」を習いました。
大きな字でしっかり書けていると褒めていただきました!

おっかさん:へぇ、どれ見せてごらん。

金坊:これ!

おっかさん:どれ。なになに?

「一攫千金」(いっかくせんきん)
(※莫大なお金を一度に容易に手にすること)

……あんた、よくこんな難しい字を書けたもんだねぇ。
でも、おさまらくて「攫」だけ、はみ出してるよ。

金坊:一攫の「攫」は、「つかむ。わしづかみにする」っていうことなんだって!
「金をわしづかみ!」わくわくするね!

おっかさん:……そうだねぇ、いや、そうかねぇ……?

金坊:あと「千・金」ってオイラとおっかさんの名前だよね!

おっかさん:ああ、そうだねぇ。

金坊:わくわくするね!

おっかさん:そう……?

金坊:あと、これも書いたよ!

おっかさん:「地獄の沙汰も金次第」(じごくのさたもかねしだい)

(※地獄の裁きでもお金をつかませれば手心が加えられることからこの世は金があれば思うままにできるというたとえ)

金坊:そして、もう一枚!

おっかさん:「金の切れ目が縁の切れ目」

……これはなにかい?
松庵(しょうあん)先生、お金に困っていらっしゃるのかい?

金坊:オイラが好きそうな言葉を教えてください!と言ったら教えてくれたんだい。

おっかさん:ああ……、そう。

金坊:あとね、「ゼニと頭は、使いよう。」

おっかさん:それは、仙台藩で起こった本当にあった庶民の話だよ。
今度松庵先生に聞いてごらん。これは勉強になるから。

金坊:わかった!

それから、書かなかったけど、
「時は金なり」(ときはかねなり)
「いつまでもあると思うな親と金」
「親孝行、したい時に親はなし」

おっかさん:うん、そう!それ!なぜそっちを書いてこなかったの。

金坊:それは、わかってるもん。

おっかさん:ホントにわかってるのかい?
おとっつあんとおっかさん、お前より先に死んじまうんだよ?

金坊:だから「立身出世」して、親孝行するんだい。

おっかさん:う、ううん……。なんと言ったらよいのやら。
おっかさんは、お前が健康で元気でやっていてくれれば、金坊がそんなに出世しなくてもうれしいんだよ?

金坊:でも、出世したら自慢の息子になるでしょ?

おっかさん:それはまぁそう……、んん~~

金坊:(ボソッと)アイツより絶対出世してやる……

おっかさん:おっかないねぇ。そんな敵さんがいるのかい。

金坊:(おとなぶった話し方)ああ、この長屋の表、越後屋の坊主だ。

おっかさん:怖い、怖いよ。金坊は悪代官かい。
そこの坊ちゃんと何かあったのかい?

金坊:あの野郎、親の力で金があるだけなのに、いばりくさってやがる。

おっかさん:あ、うん、そこはわかってるんだね。

金坊:おっかさん、これを見ておくんなせぇ。オイラが作ってきた「鯉のぼり」だ。

おっかさん:お前はいったい誰なんだよ。どれ……。

おや、紙で作った鯉のぼりじゃない。いい顔してるし、いい色合いじゃないかい。
それを割り箸につけて、ええ?よぉくできてるよ、金坊。

金坊:だろう?ガキが作ったにしちゃあ、上出来だぁ。

なのに、越後屋の「三治郎」が、バカにしやがった。
おっかさんも見ただろう?越後屋にたなびく立派な鯉のぼりを。

おっかさん:見たよ。立派だねぇ。

……って、どうでもいいけど、いつもの金坊に戻っておくれよ。

金坊:どうでもよくねぇんすよ!

おっかさん:なになに、なんなの?

金坊:オイラだけならいいのさ。

あの野郎、源さんとこの―、
「本当に源さんの子なのか?いや、おっかさんの梅さんがべっぴんだから、おっかさんに似たんだ。ああよかった」のかわいい「ももちゃん」を泣かせやがった。

おっかさん:紹介が長いし、余計なこと言うんじゃないの!

金坊:ももちゃんが、いっっっしょう懸命、作った鯉のぼりをだよ?
あのバカ三治郎が、「ヘタクソ」って言い放ちやがったんだ!
しかも取り上げて「返して欲しかったら、ウチに取りに来い!」だとよ。
許せねぇ!!

おっかさん:ちょちょちょいと、声が大きい!聞こえるから!

金坊:女を泣かせる野郎は、この金坊様が成敗してくれるわ!

おっかさん:いよっ!遠山の金さん!!

……じゃなくて、三治郎さんも作ったんだろう?

金坊:野郎は「ウチはもう本物の鯉のぼりがあるから作らない」ってぬかしやがった!

おっかさん:松庵先生はどうしたのさ。

金坊:おっかさん、こいつは、俺とアイツの話だ。松庵先生は関係ねぇ。

おっかさん:男だねぇ

金坊:アイツぁ、ホントにいけ好かねぇ野郎だぁ。

「桃の節句」の時もそうだった。
ももちゃんが紙で作ったお人形さんを鼻で笑いやがって、
「かわいそうに。ウチの姉さんの雛人形見に来なよ」ってぇえええええ!!

てめぇは、スネ夫か!ってんだ!!

おっかさん:スネ夫?
しっかし、おっかさんもだんだん腹が立ってきたよ。
なんだい、その言い草。嫌味ったらしいねぇ。

金坊:そうだろ?おっかさんの皺も増えるってもんよ。

おっかさん:ひとこと多い。

金坊:三治郎には、照代姉さんがいるだろう?
ちょっとかわいい(ボソッ)

おっかさん:お前は、金も女も好きなのかい……

金坊:仕方ねぇ、男だからさ。

おっかさん:はぁ……

金坊:あの雛人形は、てめえが作ったもんじゃねぇだろうよ!ええ?
親父さんが照代姉さんに買ってくれたもんじゃねぇか!
そうだろう?おっかさん!!

おっかさん:そうだそうだ!

金坊:確かに、ウチのへちま野郎の稼ぎは少ねえ。

おっかさん:ちょっとちょっと!ウチの人は、※へちま野郎じゃないから。
大工だからね!働いてくれてるんだよ?

(※ぶらぶらしてなんの役にも立たない男をののしっていう語)

金坊:(いつもの金坊)おっかさん、いまイイトコなんだから、茶々を入れないで。

おっかさん:すみませんでした。続きをどうぞ。

金坊:桃の節句の「節句」は、季節の節目を意味するんでい。

中国の陰陽五行説(いんようごぎょうせつ)で、節句は奇数が重なる日をめでたいとした考え方が、奈良時代に伝えられたんだとよ。

おっかさん:……はぁ。

金坊:日本では平安時代のころから「ひいな遊び」と呼ばれる人形遊びがあり、人形に禍(わざわい)を移して川に流す風習が始まった。

そして!
江戸時代に入り「ひいな遊び」に中国の厄除けの風習を取り入れて、三月三日に女の子の健やかな成長と幸せを願い、「ひな祭り」を行うようになったといわれているんだ。

それが「雛人形」に受け継がれていき、身代わりを務めるお礼の供物として「白酒(しろざけ)」や「菱餅」「雛あられ」などを供えて、同じものをいただくようになったんだって。

(急に、素に戻って)いや、それオイラも食べたいなぁ!!

おっかさん:お前は男の子だろ。

金坊:じゃあさぁ、かわいい「妹」をこさえとくれよぉ!
名前は「かね」、いや「百(ひゃく)」と書いて「もも」!!

おっかさん:こさえるって簡単に言うんじゃないよ!
あと、家族の名前をお金でまとめようとしない!

金坊:妹ほしいなぁ……。

それと、この季節に「桃の花」を飾るのは、桃の固い実は漢方の婦人薬として重宝され、邪気を払い魔除けの効果があると信じられていて、一緒に飾られるようになったんだって。

だから、一つ一つに女の子を思いやる気持ちが込められているんだよぅううっ!

おっかさん:語るねぇ……。松庵先生に聞いたのかい?

金坊:そうさ(ドヤ顔)

おっかさん:お前は、どんな難しい話でも一回聞いたら覚えちまうからね……。
ちなみに、「端午の節句」は?

金坊:お?お客さん、聞きてぇかい?
聞きてぇなら話さなくもないけど、ここから先はタダとはいかねぇ。

おっかさん:じゃ、聞かないよ。

金坊:あれ?

おっかさん:甘かったねぇ。おとっつあんならなんとか言いくるめれば出すかもしれないけど、アタシはその手には引っかからないよ。

女を大事に思う優し~~い金坊なら、女から金を巻き上げるなんてことは?

金坊:お、おうよ。オイラは男だからな!ましてや、おっかさんから金を巻き上げるなんてことしたら、それこそ、へちま野郎になっちまう!

おっかさん:よ!金坊!男だねえ!(拍手)

金坊:へへ……。じゃあ「端午の節句」の話、聞く?

おっかさん:長くなりそうだからいいわ。

金坊:なんだよ~~。

おっかさん:で?三治郎さんと、かわいい「ももちゃん」との騒動はどうなったんだい?

金坊:あの野郎、ももちゃんに惚れてやがる。

おっかさん:なるほど?好きな子にわざと意地悪しちゃうってやつだね。

金坊:けっ、ガキがっ!!

おっかさん:お前もだろ……

金坊:だから、アイツに「端午の節句」の話をしてやったのさ!

おっかさん:ああ~。口では金坊に勝てないだろうからねぇ。

金坊:「端午の節句」の「端」とは「はじめ」を意味し、

おっかさん:結局はじまっちゃったよ。

金坊:「端午」とは「月のはじめの午(うま)の日」のこと。
つまり、「端午」とは本来五月に限ったわけじゃなかった。
これがいつの頃からか、「午(ご)」と「五」の音が同じことなどが合わさって、五月五日が「端午の節句」となった。

中国では「五月は一年で一番悪い月」と考えられていたそうで、特に念入りに厄払いが行われていたんだ。そこで、その香りから邪気を払う力を持つという蓬(よもぎ)や菖蒲(しょうぶ)などを門に飾ったりした。

この風習が奈良時代に日本にも伝わって、「薬玉(くすだま)」というのを贈りあって、それを柱や簾(すだれ)にかけて邪気払いをした。

かの清少納言も―

おっかさん:あ、それ知ってる。え~と、

『節句といえばぁ、端午の節句がよくない?菖蒲や蓬(よもぎ)の香りが混じり合って超イイ感じぃ。中宮(ちゅうぐう)の御所には縫殿(ぬいどの)から、めっちゃカラフルな糸が下がった「薬玉」が献上されてぇ、御帳台(みちょうだい)を立てた母屋の柱の左右にその薬玉をかけるの。もうサイコウに素敵!」by枕草子

金坊:……え、どこの言葉?

おっかさん:続きをどうぞ。

金坊:(咳払い)さて、武士の時代へ変わると厄払いとして使われていた菖蒲の葉が、刀に似ているなどから、「武を尊ぶという意味の尚武」と「勝ち負けの勝負」に通じるとされ、「端午の節句」が「尚武の節句」として武家で盛んに行われるようになった!

さらにそこから、男の子の成長や出世を願う日へと変わっていった!!

おっかさん:よ!終わりかい?おっかさん、眠くなってきたよ!

金坊:まだでぇ!

え~、こちらの絵をご覧ください。

端午の節句を題材にした喜多川歌麿の浮世絵を、
「オイラ」が真似して描いたものですが、ココ!
このおっさんは誰でしょうか!

おっかさん:鍾馗(しょうき)さまだろ。
あと、おっさん呼びは失礼だろぉ。仮にも神さまなんだから。

金坊:そう!疫病退治の神さまとして、いま庶民から絶大な信仰を集めているた鍾馗(しょうき)さまは、子どもの健康を願う端午の節句の幟(のぼり)に数多く描かれていーるっ!

おっかさん:(聞いてない)へぇ、鯉のぼりもなかなかだったけど、金坊は、絵の才能もあるねぇ。

金坊:ちょいと、お客さん聞いてください!

おっかさん:まだ続くのかい……(あくび)

金坊:昔話の「金太郎」も幟(のぼり)にしばしば描かれている。
つまり!「金太郎」みたいに強く、たくましく育ってほしい!というわけだぁ!

おっかさん:そうそう、だから、お前も「金太郎」だ。

金坊:え?オイラ「金太郎」って名前なの?

おっかさん:そうだよ。

金坊:知らなかった……。

おっかさん:終わったかい?金太郎先生。

金坊:中国の伝説によれば、黄河の激流を登りきった鯉は竜になるんだって!
カッコイイ!!

で、そこから「鯉は立身出世の象徴」という考えが生まれ、これが日本にも伝わり、男の子の成長と出世を願う「端午の節句」に「立身出世の象徴」である鯉は、まさに最良の組み合わせ!

ということで、江戸っ子たちはオメデタイ鯉にあやかろうと鯉の形をした飾りを「端午の節句」に飾るようになったわけです。

おっかさん:終わった?

金坊:ご清聴ありがとうございました。

おっかさん:(拍手)いえいえ。勉強になりました。

それを聞かされた三治郎さんはどうしたんだい?

金坊:「ママ~!!」ってウチに逃げ帰ったぜ。へ、弱虫が!

……はぁ、興奮して、ちいとばかり疲れちまった。
おう、ちょいと横になるぜぇ。

おっかさん:お前は、おとっつあんかい。まぁ、いいよ、よくしゃべったしね。

……ん?金坊。右腕、怪我してるじゃないかい。見せてごらん。

金坊:(いつもの金坊に戻って)このくらい、なめときゃ治るよ。

おっかさん:ダメだよ。手当しないと。手拭いと、あとはー。
ほら、こっちおいで。腕見せてごらん。

金坊:……うん。

おっかさん:これは……、石でも投げられたのかい?

金坊:……(ちょっと涙目)

おっかさん:言いたくないなら、聞かないけど……。おいで。おっかさんの膝に。

金坊:赤ん坊じゃないやい!

おっかさん:いいから。その方が手当しやすいんだよ。ほら、よいしょっと。

金坊:痛い!

おっかさん:え?いやだよ、左腕もかい?

金坊:転んだだけだい……。

おっかさん:そうなのかい?よく我慢したね。

金坊:(半泣き)うう……

おっかさん:ほら、手当してあげるから。

金坊:(泣いている)

おっかさん:はい、終わった。
少しおっかさんの胸で眠りな。泣いてもいいんだよ。

金坊:(頭をふる)

おっかさん:きっと、ももちゃんをかばったんだろ。

金坊:悔しいよぅ……。

おっかさん:なにいってんだい。金坊は男の中の男だ。自慢の息子だよ。

金坊:(鼻をすする)くすんくすん……

―しばらくして、寝息を立てる。

おっかさん:寝たかい。かわいい寝顔だねぇ。それにあったかい。
久しぶりだねぇ、金坊を抱っこしたのは。

金坊には言ってなかったけどね。
おとっつあんとアタシは幼馴染なんだよ。
喧嘩っ早くてねぇ。
でも、いじめっ子からアタシを守ってくれたんだ。
「おせんをずっと守ってやる!」なんて言ってくれてさぁ。うれしかった。

でも、喧嘩と酒がやめられなくてねぇ。一緒になった時は苦労したよ。
それがお前ができてから、喧嘩もお酒をすっかりやめて、真面目に働きに行くようになってくれてね。

そりゃ、うちは貧乏だけどさ。
物や着物は最低限あって、ボロ家でも住むところがあって、おまんまが食べれて、家族が仲良ければそれでじゅうぶん幸せなんだよ。

こんなかわいい子も授かって、アタシは幸せなんだよ。

―おとっつあん、帰宅

おっかさん:ああ、お前さんおかえりなさい。

ん?金坊かい?それがね……。

―事情を話す

【間】

おっかさん:金坊、朝だよ、起きなさい。

金坊:んん~……、あと五分だけ。

おっかさん:いいから、見せたいものがあるんだ。

金坊:今日は休みだろう。もう少し寝かせておくれよぉ。

おっかさん:おとっつあんみたいなこと言わないの。

金坊:おとっつあんだってまだ寝てるんだろう?なんでオイラだけ……

おっかさん:おとっつあんは、帰ってから、もうひと仕事したからいいのさ。

金坊:え、まさか、妹をこさえ―

おっかさん:コレ!!(コツン)

金坊:痛ってぇ。暴力反対だよぉ。

おっかさん:いいから、外に行ってごらんよ。

金坊:ええ~……

おっかさん:ほらほら、早く。ももちゃんも待ってるよ。

金坊:すぐ行くぜいっ!!

おっかさん:わかりやすい子だねぇ。

―表へ出る

金坊:わっ!!な、なにこれ!!か、階段?いや、でっか!
長屋の門をふさいじゃってるし、屋根と同じくらいの高さですよ。
母上、これはなんですか!

おっかさん:赤く塗ってあるだろ?「ひな壇」だよ。

金坊:え、「ひな壇」?ふんどし敷いてあるんじゃなくてよかったあ……。

おっかさん:「赤ふん」だろ?それも考えたんだけど、足りなかったんだよ。

金坊:やろうとしてたぁ!!汚い!!

おっかさん:洗ってあるやつに決まってるだろ。それでも嫌だけど。

金坊:ですよねぇ。

おっかさん:うん、嫌。

ほら見てごらん。一段ずつに、桃を描いた幟を立ててあるんだよ。

金坊:誰が描いたんですかぁ。桃って言えばもう少しこう……。

おっかさん:ももちゃんのおっかさん、お梅さんだよ。

金坊:とても上手に掛けてますねぇ。なんとも味がある。

おっかさん:まったく……。ほら、一番上を見てごらん。

金坊:あ、ももちゃんが座ってる。かわいい……。

おっかさん:この幟(のぼり)を持って、お前も一番上にのぼりな。

金坊:幟(のぼり)だけに?

おっかさん:そういうのいいから。
ももちゃんが「金ちゃん、早く来ないかな」って待ってるんだよ?

金坊:え、ホントに?

おっかさん:本当さぁ。
昨日の話をおとっつあんにしたんだよ。そしたら、ももちゃんのおとっつあん、源さんとこにも行って話してさぁ。二人で作ってくれたんだ。

金坊:え~、大丈夫?このひな壇、壊れない?

おっかさん:何言ってんだい!うちの人も、源さんも大工だよ?頑丈にできてるさ。
ちゃんとのぼって確かめてある。大丈夫。

さぁ、はやく、これ持って。ももちゃんが待ってるよ。

金坊:うん!よいしょ。

―ひな壇の一番上までのぼる

おっかさん:よし、長屋のこどもたちも、それぞれの段に座りな。

金坊!ももちゃーん!みんな、せーの、で、その幟を広げてごらん。

金坊:わかったー!!

ももちゃん、せーので、いくよ?

せーの!

おっかさん:ああ、見事だねぇ。見てごらんよ!

金坊:ももちゃんのは何が描いてある?
あ、「鯉」だ!

オイラのは…「竜」が描いてある!
やったあ!立身出世だあ!

おとっつあん!おっかさん!
うちは貧乏だけど、オイラ、ふたりのこと大好きだから、幸せだよ!!

ももちゃん。ももちゃんは、オイラが守ってあげるからね!

おっかさん:なんだ。寝たふりして聞いてたのかい(笑う)

これで立派な「恋(鯉)のぼり」だよ。


【終演】