落語声劇『招き猫』

 [1:1](一人読み可)※約30分

【登場人物】

嘉兵衛:道具屋
おかよ:女房
枕・語り:どちらか相談/内容アレンジ可能

※「枕」は自由にアレンジしてください。
※語尾変更、アドリブ可
#オンリーONEシナリオ2022

※ 「招き猫の日」は9月29日。 「9(くる)、2(ふ)9(く)」と呼んで、「招き猫の日」としたそうです。

※ 貨幣博物館より
「江戸時代の一両の現在価値はどのくらいですか?」

江戸時代における貨幣の価値がいくらに当たるかという問題は、大変難しい問題です。世の中の仕組みや人々の暮らしが現在とは全く異なり、現在と同じ名称の商品やサービスが江戸時代に存在していたとしても、その内容に違いがみられるからです。

ただし、1つの目安として、いくつかの事例をもとに当時のモノの値段を現在と比べてみると、18世紀においては、米価で換算すると約6万円、大工の賃金で換算すると約35万円となります。なお、江戸時代の各時期においても差がみられ、米価から計算した金1両の価値は、江戸初期で約10万円前後、中~後期で4~6万円、幕末で約4千円~1万円ほどになります。

-----【枕】-----

落語には「道具屋」を題材にした噺がいくつかございます。

「道具屋」とは、古道具を買い取って売る古物商(こぶつしょう)。
当時の様々な職業を紹介した図鑑(「人倫訓蒙図彙(じんりんきんもうずい)」)によると、

「一切の古道具かいとりて、これを商(あきなふ)。大見世を道具やと称じて、小見世を古金棚(ふるかねたな)と称ず。」と書かれているそうです。

いまもありますね。買取業者。
最近は3件、4件とちらしが入ってくるようになりました。
売れるものがあればいいのですが、なかなか、ねぇ。
みなさん、ございます?
旦那さんは売れませんよ?

冗談はさておき、
落語では「火焔太鼓」「道具屋」「猫の皿」が有名ですが、
今回は「猫の皿」

その後の話でございます。

-----【ここまで】-----

【本編】

嘉兵衛:ふぃ~ あっちぃ。
(懐に向かって)もうすぐ着くからな。

……しかし、かかぁになんて言われるか。
怒られっかなぁ。
いや、おめぇは悪くねぇからな。気にすんな。

よっと(暖簾をくぐる)

おかよ:はい、いらっしゃ―……、ああ、お帰りなさい。

嘉兵衛:おう。
いやいやいやいや、まいったね、この暑さ。
暑いのなんのって、蒸し風呂ん中歩いてるみてぇだ。

おかよ:おつかれさま。麦茶でも出しましょうか。

嘉兵衛:頼むわ。

おかよ:何か掘り出し物、見つかったのかい?

嘉兵衛:えー?うん。掘り出し物っていうかよ……。
いやあ、見つけたにゃあ、見つけたんだ。

猫(嘉兵衛):「にゃ」

おかよ:え?

嘉兵衛:あ……

おかよ:いま、「にゃ」って……

嘉兵衛:お、オレだよ、オレ。「見つけたにゃあ」って言ったんだ。

おかよ:あ、そ。
で、何を見つけたんだい?

嘉兵衛:皿だ……

猫(嘉兵衛):「にゃー」

嘉兵衛:なぁー!

おかよ:なに?

嘉兵衛:いや、暑いなぁー!って。

おかよ:「皿だにゃ―」って聞こえたけど?

嘉兵衛:さっぱりした「サラダ食べてぇなぁー」って。

おかよ:なんだい「サラダ」って。

嘉兵衛:知らねぇよ。

おかよ:はぁ?暑くて脳みそ溶けちまったのかい?

嘉兵衛:ちげぇよ。いいから早く麦茶を持って来いよ。

おかよ:皿を見つけたのかい?

嘉兵衛:わかってやがる……。

おかよ:ずっと懐に両手つっこんで、そこに大事にしまってあるんだね?
なんだなんだ、そういうこと。

嘉兵衛:いや、そう……、

猫(嘉兵衛):「にゃああああ」

嘉兵衛:にゃああああいっ!!

おかよ:う、うるさいねぇ。なに?ないの?あるの?なんなの?
懐をモソモソと……

ちょいと、お前さん。

嘉兵衛:にゃ、にゃんだよ。

おかよ:喋り方と挙動と顔がおかしいよ?

嘉兵衛:顔は関係ねぇだろうよ!

―懐から片耳が出る

おかよ:っ!なにいまの。懐から三角っぽいの。

嘉兵衛:手拭いだよ、手拭い。ほら。

―懐から尻尾がちらり

おかよ:あ、今度は長いのがでたね。

嘉兵衛:手拭いを絞ったんだって。ほぅら。な?

おかよ:相変わらずごまかすのが下手だねぇ。もうわかるよ。
皿と招き猫かなんかの置物なんでしょ。どんな掘り出し物なんだろうね。
もったいぶらないで見せておくれよ。

あ、「今戸焼」かい?
浅草の裏道に住んでいた老婆の夢枕に猫が現れ、「我の姿を真似た泥人形を作り祀(まつ)れば、福徳自在になるであろう」と神託(しんたく)を受けたとして、浅草寺(せんそうじ)辺りで売ったところ大評判になったってやつ。

嘉兵衛:いや……。

おかよ:それじゃ、手招きによって彦根藩主の命を救ったとされる白猫を元とした豪徳寺の「招福猫児(まねぎねこ)」!

嘉兵衛:そうじゃなくて……。

おかよ:ん~、じゃあ、手招きによって「太田道灌(おおた どうかん)」の戦を好転させたとされる黒猫を元にした自性院(じしょういん)の「猫地蔵」!

嘉兵衛:話を聞きなさいって。

おかよ:太田道灌はいいねぇ。
築城術をはじめ、兵法や歌道にも通じていた天才!
しかし、有能ゆえに主君の怒りを買い、暗殺されてしまった悲劇の人物!
もしも太田道灌が主君に殺されなかったら、日本の歴史は変わっていたかもしれないと言われるほどの御仁!

嘉兵衛:あのよぅ……。

おかよ:「山吹伝説」(やまぶきでんせつ)って知ってるかい?

嘉兵衛:いや……。

おかよ:外出時、にわか雨に降られた若き太田道灌は、蓑を借りようと通りすがりのみすぼらしい家を訪ねた。すると、出てきた娘は無言で山吹の花を一本差し出す。

意味が分からず腹立たしい思いをしながら濡れて帰ると、家臣のひとりがそれは「後拾遺和歌集」(ごしゅうい わかしゅう)のなかの兼明親王(かねあきら しんのう)の歌、

「七重八重 花は咲けども 山吹の 実の一つだに なきぞ悲しき」に掛けて、貧しく蓑ひとつないことを伝えていると教えました。

己の無知を恥じた太田道灌は、このできごとをきっかけに、歌道に励むようになったと言われている。

嘉兵衛:う、うん……。

おかよ:そして、太田道灌の辞世の句!

「かかる時 さこそ命の 惜しからめ かねてなき身と 思ひ知らずば」

歌道に通じていることを知る刺客が、

「かかる時 さこそ命の 惜しからめ」(こんな時はさぞかし命が惜しいであろう)と上の句を詠んだのに答えて、
「かねてなき身と 思ひ知らずば」(もとより我が身などないと思って生きてきた)と下の句を詠んだとか。

ああああ!惜しい人を亡くしたねぇ。

……「同感」した?

嘉兵衛:……終わった?

おかよ:もっと聞きたい?

嘉兵衛:麦茶もらえる?

おかよ:もう、ノリが悪い。
先に懐のものを出してくださいよ。
気になって、麦茶どころじゃないですよ。
(飲む)あ~、うまい。

嘉兵衛:オメェが飲んでんじゃねぇかよ!
ったくよう……、

おかよ:ぶつくさ言ってないでさっと出す。
(飲む)あ~、麦はいいねぇ。

嘉兵衛:だから、俺に出せっての!

おかよ:その前に、早く!

嘉兵衛:ちっ。……じゃ、出すぞ。よっ。(懐から出す)

おかよ:こ、これはっ!
いやぁ、本物そっくりの招き猫だねぇ。
なんというリアリティ。

嘉兵衛:なんだよ、リアリティって。
本物の猫だよ!

おかよ:最初からわかってたけど。

嘉兵衛:わかってたんかい!

おかよ:いつまで隠しとくかなぁと思って。
で?拾ってきたのかい?
ああ、三毛猫だ。ということは、これは今戸焼だねぇ。

嘉兵衛:焼き物じゃねぇよ。

おかよ:あらあら。愛嬌も愛想もいいこと。まるでアタシみたいだねぇ。

嘉兵衛:ええ?

おかよ:なによ。

嘉兵衛:いや。
ずっとついてくるもんだからよ、つい……。

おかよ:そうかい。かわいいねぇ。よしよし。

嘉兵衛:麦茶くれねぇかなぁ!

おかよ:ああ、そうだったね。この子も飲みたいだろうし。
ちょいとお待ちよ。

嘉兵衛:ったく……。
(猫に)しかし、お前よかったなぁ、かかぁに放り出されなくて。

おかよ:どこのウチも、放り出すのは旦那くらいなもんだよ。
はい。麦茶とお水。
(猫へ)さ、お前もお飲み。

嘉兵衛:こっちに水の入った皿よこすなよ。逆だろう?
猫も湯呑じゃうまく飲めねぇ―……って、おい、うまいこと飲んでるじゃねぇか。

おかよ:賢いねぇ。

嘉兵衛:オレは皿を舐めろってか。
湯吞!麦茶!

おかよ:うるさいねぇ。こんなのに、よくついてきたもんだ。
もうどんなんでもいいから助けてほしかったんだろ?
かわいそうに。お腹がすいてるのかい?
猫まんまを出そうかね。
あ、煮干し!煮干しがあるから、まずそれを食べてごらん。

嘉兵衛:オレも腹減ったなぁ、あと麦茶はまだですかねぇ。

おかよ:はいよ。麦茶と―

嘉兵衛:煮干しかよ!猫と一緒にすんな!ったく……
(ボリボリ)ん?うめぇな、これ。
(麦茶飲む)か~っ。しなびた体が潤うねぇ。

おかよ:で?

嘉兵衛:ん?

おかよ:「皿」は?

嘉兵衛:ん?んん……、うん。

いや、田舎の家々を回っては骨董品がないか聞いて、まる一日歩いても何もなくてよ。
疲れたもんで、最後に茶店(ちゃみせ)で休んだんだよな。
するってぇと、縁台の下で猫がおまんまを食べてんだ。
よく見ると、その猫の皿が、「高麗の梅鉢茶椀」で三百両は下らない代物だ。

おかよ:ええ!で?当然買ってきたんだろうね?

嘉兵衛:そこの爺さん。知らずに猫の皿にしていると思ってな、なんとか梅鉢茶椀を巻き上げてやろうと、猫をかまって、懐にも入れたりしてよ、この猫がたいそう気に入ったからと、「この猫を譲ってくれないか?」と聞いたところ、「私は一人暮らしで この猫を子供同様にかわいがっておりますので」ときた。

「ここに三両あるから、ぜひともゆずってもらいたい」と、この猫を三両で買い上げた。
そんで、猫に飯を食わせるには、食べなれた皿がいいと言って、茶椀をもらおうとしたところ、あのジジイわかってやがった。

「この茶椀は、高麗の梅鉢茶椀といって捨て値でも三百両もする高価なものだからだめだ」とよ。

おかよ:なんでそんな結構な茶椀でもって、猫に飯を食わせたりしてんだい?

嘉兵衛:「その茶椀で猫に飯食べさせていますと、ときどき猫が三両で売れますんで」っときたもんだ。
かーっ、完全にやられたね。

おかよ:やるな、ジジイ……。
で、三両だして猫を持ち帰ってきたと……。

嘉兵衛:まぁ、いい猫には五両の値がついたって話もある。
あの「生類憐みの令」で「猫に紐をつけて飼うな」というお達しが出るまでは、逃げないように紐で繋いで飼ってたんだ。
お犬様ならぬお猫様だよ。

なんでぇ、なんか文句でもあるのかよ!

おかよ:なに、開き直っちゃって……。別にアタシはいいんだよ。猫は好きだしさ。
この子愛想もいいし、たくさん食べてふくふくになって、招き猫になってくれるかも。

嘉兵衛:猫に三両だして連れて帰って来たって言ったら、雷が落ちるかと思ってたよ。

おかよ:次は「火焔太鼓」見つけてきておくれよ?

嘉兵衛:ばかやろう!それを言うなって!
オレぁ、あの呑気でお調子者の商い下手の甚兵衛にやられちまって、悔しい思いをしてんだ!
いまは「火焔太鼓」の「か」の字も聞きたくねぇんだよ!

―「か」を強調して話す

おかよ:あ、「蚊」だ(パチン)

嘉兵衛:痛って!

おかよ:また、「蚊」だ(パチン)

嘉兵衛:二度もぶった! 親父にもぶたれたことないのに!

おかよ:はぁ?

嘉兵衛:と、とにかく鳴り物はダメだ!

おかよ:おジャンになるから?

嘉兵衛:オチを言うんじゃないよ、オチを。

おかよ:よしよし、ミケ。おまんま食べようね~。
三両もする三毛猫だ。ウチん中で一番偉いねぇ。
ねえ、「か」へい(嘉兵衛)さん。

嘉兵衛:嫌味ったらしい野郎だよ。

おかよ:ミケや。「家計」は火の車だけど、お前を捨てたりは絶対しないからね。安心してウチにいな。
アタシの名前は、「かよ」だよ。「かあちゃん」でもいいよ?
ああ、「かわいい、かわいい」

嘉兵衛:もはや「か」の暴力だよ。
おい、「かかぁ」!……あ。

おかよ:なんだい、「嘉兵衛」さん。

嘉兵衛:与太んとこの道具屋はどうなった。

おかよ:あそこは……(笑)
あんなのうまくいくわけないですよ。なんせガラクタばかり。
与太郎さんは客とのやり取りも頓珍漢。
「道具屋だ」なんて言ってほしくないねぇ。

最初の客を逃がすと、隣の親方がさ、冷やかしの客を「小便をした」と教えてやったそうなんだけど、
今度は与太さん、股引(ももひき)を買いたそうにしている客に「その股引は小便が出来ませんよ」って。
「え。出来そうだがな」
「出来ません」
出来ないんだったら、しょうがない」と帰ってしまう。
はじめて小便違いが分かって「お客さ~ん、それは出来ま~す」

嘉兵衛:相変わらず馬鹿だねぇ。ええ?
聞いてる分にゃあ面白れぇけどよ。
あんにゃろうがウチで働いてたら、こう、腸(はらわた)が煮えくり返るね。
だったら、この猫のジジイを雇った方がマシだ。

おかよ:そうかい。憎めないところはあるけどねぇ。

嘉兵衛:じゃあ、うちで与太を雇ってもいいのか?

おかよ:……ぶちころs

嘉兵衛:物騒だな、おい!

で、与太はいまどうしてんだい。

おかよ:なんでも、指が笛の穴に入って抜けなくなったお客んちについてって、
与太さん、自分の頭が格子に挟まって取れなくなってるらしいよ。

嘉兵衛:どういうことなんだよ!

おかよ:知りませんよ。

ま、甚兵衛さんと与太郎さんと比べたら、お前さんはまだマシな方だねぇ、ねぇ?ミケ。

嘉兵衛:比べられる方がたまんねぇよ。

おかよ:「にゃあ」だって。この子返事したよ、利口だねぇ。
んん?あらあら?
あらあらあらあら?

嘉兵衛:なんでぇ。なんでぇなんでぇなんでぇ。

おかよ:見て、ミケのお尻。

嘉兵衛:おお、毛の生えた立派な鈴が二つ付いてるねぇ。

おかよ:オス!

嘉兵衛:間違いねぇ。立派な鈴がこうフワフワ……。

おかよ:お前さん!よくやったよ!
アタシはメスだと思ってたんだよぉ。オスじゃないか!

嘉兵衛:なんだよ。ええ?

おかよ:あのね、三毛猫ってのはほとんどがメスなんだよ!
オスは珍しいの!!

嘉兵衛:へぇ。

おかよ:ん、もう!!
三毛猫のオスはね、何千、何万匹に一匹しかいないんだってさぁ。

嘉兵衛:へぇ?なんでだよ。

おかよ:説明してもいいけど、わかんないよ?
っていうか、アタシもわかんないよ!
google先生に聞いてよ!

嘉兵衛:ぐーぐる先生ってどこの医者だ。蘭方医か。

おかよ:まぁ、そんな感じ?
とにかく!
オスの三毛猫は縁起がよいとされ、オス三毛のいる店は繁盛するなどといわれてるんだよ!

船に乗せるとその船は絶対に沈まない、大漁が約束されているなど引っ張りだこ。
「猫が騒げばシケになり、眠れば天気平穏」と信じられてるんだよ。

嘉兵衛:じゃあ、三両は……

おかよ:安い!大安売り!
お前さん、よくやったよ!!
ああ、こんな気持ち、初めてじゃないかね?

嘉兵衛:なにが?

おかよ:「この人に付いてって大丈夫だったんだ」って確信したの。

嘉兵衛:遅ぇな!一緒になって、もう十年は経ってるぜ?

おかよ:すごい!すごいよ!
ミケ!よくウチに来てくれたね!
茶店(ちゃみせ)のジジイも知らなかったんだ。ざまあみろ!

嘉兵衛:口が悪いねぇ。
けどよ、その通りだ!ざまあみろ、くそジジイ!

おかよ:そうなると、名前は「ミケ」じゃないほうがいいねぇ。
誰だい、安易に「ミケ」ってつけたのは。

嘉兵衛:オメェだろうよ!

おかよ:「福」……「福助」はどうだい?

嘉兵衛:福助か。いいんじゃねぇか?
(猫へ)なぁ、オメェはどっちがいい?
ミケか?

おかよ:あ、顔を舐めてるね。
お前さん、完全に舐められてるね。

嘉兵衛:なんでだよ!

おかよ:福助?

嘉兵衛:おお、返事しやがった。

おかよ:決まり!お前は「福助」
ウチの看板猫だよ!

嘉兵衛:また返事したよ。よく鳴くねぇ。

おかよ:これで、ウチも繫盛間違いなしだよ!
福助様に、おまんまをお供えしなきゃいけないね。
なにがよろしいですか?
さっきは、煮干しなんぞ出して悪かったね。
かつ節削りましょうか。
イワシですか?アジですか?それとも―?
はい、マグロだそうです!
お前さん、いますぐ買ってきて!

嘉兵衛:嘘だろ?!
にゃあにゃあ、ずっと鳴いてたけど、マグロとは言ってねぇ!

おかよ:(マグロのイントネーションで)「にゃにゅにょ」って鳴いたの!
わかんなかったのかい?
はやく、はやく!魚屋が閉まる前にぃ!!

嘉兵衛:もう閉まる頃だろ。
それに、この暑い中、田舎を歩き回ってきて、へとへとなんだよ。
もう、煮干しとかつ節でじゅうぶんだろうよ。

おかよ:いま「にゃんだと?」って鳴いたよ。
怒らせちゃダメだって。
ごめんねぇ、福助。ウチのぼんくらが。

嘉兵衛:おい、いい加減にしろよ?
オメェの耳はどうなってんだよ、ええ?

おかよ:ああっ!!

嘉兵衛:びっ……くりしたぁ。今度はなんだよ……。
福助はよく鳴くしよぉ。
お喋りが増えただけじゃねぇか。

おかよ:福助!歯が!ない!

嘉兵衛:ああ?
おお、ほんとだよ。病気か?

おかよ:茶店(ちゃみせ)では普通に食べてたんだろ?

嘉兵衛:ん……?そう、だな。うまそうに食ってたよ。

おかよ:となると、福助は年寄りなのかもしれないね。
人間もそうだろ?
年寄りになると、歯を支える土台が緩くなって自然に抜ける。
でも、口元を痛がるとか、食べたがらないわけじゃない。
だったら大丈夫だね。

嘉兵衛:そういうもんか。

おかよ:ただ、もう歯がないから、ネズミとかは捕まえられないねぇ。
柔らかいものを出してやればいいのさ。

嘉兵衛:よく知ってんなぁ。おめぇは「ぐーぐる先生」かい?

おかよ:誰それ。
小さい頃に長屋のみんなで飼ってたことがあるのよ。

嘉兵衛:オレは嫌いじゃあないが、生き物を飼ったことがねぇからなぁ。

おかよ:さらに大きい声で鳴きだしたよ。
福助、なんだい?
ふん、ふん、ふん。

嘉兵衛:嫌な予感しかしねぇ。

おかよ:福助さんは「マグロの中落ち」がいいそうです。

嘉兵衛:言ってねぇ!ぜってー言ってねぇ!

おかよ:「にゃにゅにょのにゃにゃにょに」
って、ほら、ほらほらほらほらほら、言ってる!!
もう、福助はお話し上手だねぇ。
これは食べるときに絶対「うみゃあ」って言うよ?

嘉兵衛:うみゃー?方言か?

おかよ:うまい!!

嘉兵衛:っ!!声がでかい……。

頼むからよ、今日はウチにあるもんでいいから、夕餉にしてくれよ。
福助を連れて帰って来たのは、オレなんだぜ?
功労者だろうよ。

おかよ:はぁ……。
福助、ごめんよ。
そういうことだから、今日は「にゃにゅにょのにゃにゃにょに」は我慢しておくれ。
ああ、いい子だ。じゃ、ちょっとそこの「高齢者」と待ってておくれね。
すぐ、もういますぐ、ちゃちゃっと、ぱぱっとこさえてくるから!

嘉兵衛:「功労者」だっての!
……はぁ。
お、福助。なんだ?膝に乗ってくんのか?
ん?寝やがった……。

はは。かわいいもんだな。
あんまり猫を「かわいい」なんて思ったことなかったからよ。
お前も、田舎から急にこんなところに連れてこられたんだもんなぁ、疲れたろ。
かかぁが、いま、うめぇもんこさえてくれるからよ。

しかし、気に入られてよかったなぁ。
あんなに機嫌のいいかかぁは久しぶりに見たぜ。
これも、お前、いや、福助様のおかげだな。
ありがとうよ。

【語り】
雄の三毛猫がいるという噂はあっという間に広がり、嘉兵衛の道具屋には毎日お客が大勢来るようになりました。
しかし―

嘉兵衛:こんだけお客さんが来てくだすってるのに、物は思ってたほど売れねぇな……。
みんな表の座布団にいる福助を触ったり、何を祈ってんだが知らねぇが、手を合わせたりしてるぜ。
おぅおぅ、お供えもんかい。すげぇ人気だな。

おかよ:お前さん、見て。

嘉兵衛:ん?笊(ざる)?
あ、お賽銭か!福助に?
オメェ出しといたのかよ。

おかよ:なんとなく近くに置いといてみた。

嘉兵衛:ちゃっかりしてやがんなぁ。

おかよ:それでね、「この笊の中で福助が寝ました」って言うと、その笊を買ってってくれるの。

嘉兵衛:マジかよ。

おかよ:マジおかよ、だよ。

嘉兵衛:すげぇな!

おかよ:それと、これ。

嘉兵衛:ん?なんだこりゃ。紙?
なんか書いてあるぞ。

「招福亭福助(しょうふくてい ふくすけ)」?

おかよ:お客さんがつけてくれたんだよ。
歯もないのに、よく食べて、よく鳴いて、座布団すわってりゃ、こりゃあもう立派な―

嘉兵衛:「噺(歯なし)家」か。


【終演】