古典落語声劇『堪忍袋』(長屋噺)

※古典落語を声劇バージョンにしました。
 【配役】[1:1]

・八五郎/大家/枕
・お崎/伊勢屋の女将

 ※約2030分 

-----【枕】 -----------------------------

他人同士が、どちらかでこう知り合いまして、 一組の夫婦が出来上がるというのは、縁なんだそうでございますね。

 そんな縁で一緒になった二人も、色んなことがあって夫婦喧嘩は起こるってもんです。
 「亭主元気で留守がいい」 または「喧嘩するほど仲がいい」なんてこともいいますが、
 落語に出てまいります喧嘩なんてのは並外れているのが多いようでございまして……

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 【本編】 

お崎:

「殺さば殺せーー!!!」

 

大家:

びっくりした・・・。 

相変わらずだよ、あすこの家、しょうがねぇな本当にもぅ。

 あー、よしなよしな、何をしているんだお前たち、おいおい、八公、八公。

 いいから、お前、その金槌を下ろせ、金槌を。

 お崎さん、のこぎりを引っ込めろ。

 お前、大工の家だからって女がそんなもの持ち出しちゃいけませんよ。

 それもそうだがな、お前たちは三日をあげず毎日だな。

 いったい何でこんな大騒ぎが持ち上がったんだ。

 あーあ、お崎さん、もういいから、泣いてばかりいないで座りな。

 お前もそうだ。 

 どういうことでこんな揉め事がおこったんだ。

 わけを言ってごらん、わけを。

 おい、八五郎、一家の主なんだから言ってみろ。

 

 

八五郎:

すみませんね、大家さん。毎度毎度毎度。

 これだけ派手な喧嘩が起こるってことはね、

 それなりの理由ってのがあると思うんですけどもね・・・

 ちょっと待ってください。

 激しすぎて、どう言う訳で喧嘩になったか忘れちまいましたから、

 えー、いま順に思い出しますから、ええ。ちょいとお待ちください。

 

思い出した! 

あのね、あっしがね、仕事から帰ってきましてね。

 したら、このやろうがね、生の大根刻んですよ。 

で、こいつに空の弁当箱を渡して「梅干し飽きたから沢庵にしてくれ」

ただこの一言、言っただけですよ?

そしたらこの野郎ね、まるで親の敵に出くわしたような顔をしやがってぇ。

 

「なんだと?もういっぺん言ってみろぉぉ!」 

 

あっしが言ったんじゃねぇっすよ? 

女のこれが言ったんですよ。

 ですから、喧嘩の元とはっきり言やァ、・・・「沢庵」です。

  

大家:

ばかばかしいね。そんな沢庵のことでこの大立ち回りかよォ。 

お崎さん、お前さんもそうだよ? 

亭主が沢庵食べたいと言ったら、それぐらいのものは出してやりな。 

 

お崎:

大家さん、私ね、沢庵くらいのことで 

こんな、ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあ言う女じゃございませんでー。

 聞いてくださいよ、それなりのわけがあるんですよ。 

確かにこの人が家に帰ってきて、私が生の大根刻んでました。

 それはその通り。

 この人、家に帰ってきてね、何したと思います?

 なんだか、嫌ぁな顔してね。

 家中をぐるぐるぐるぐる見渡して、そしたらね、 

今度は障子の桟を、ツーーーと指でなぞって、その指を見て、 

私に聞こえるか聞こえないかの声で 

「汚ねェなァ」 

こう言う嫌味なことを言うんですよ?

 汚ねぇんだったら、 

汚いってはっきり言ってくれればいいでしょう?

 私だって女ですよ 

「ごめんなさい。すぐに掃除をしときますわ」って、そう言うのに。 

この人は聞こえるか聞こえないかの声でもって、

 でもそれでもやっぱり、よく聞こえるような声でもって

 「汚ねぇ」

 そしたらこの人、私のやってることを肩ごしに覗いて

 「飯まだみたいだな」

 見りゃ分かるでしょ? 

私、生の大根刻んでるんですもんね。 

家にいたらね、

掃除しなきゃいけない

洗濯しなきゃいけない 

ご飯こさえしなきゃいけない 

子供の面倒を見なきゃいけない 

私も、かみさん欲しいってもんですよ 

そしたら今度は 

「飯まだみてぇだから湯屋行ってくる」

 だから私、とってもとっても丁寧に

 「それじゃあ、子どもたちも湯に連れてってください」

 て言ったらね、なんて言ったと思います?

 この人、さも嫌そうな顔して

 「またかい」

 よそ様の子じゃァないんですよ。わが子です。 

わが子を湯に連れて行くのに「またかい」 

それだけならまだ許せるんです。 

「じゃァ、子どもたち湯に連れてってやるから、タバコ銭よこせ」って。

 我が子を湯に連れていくのに、タバコ銭よこせって人がいますか? 

それでも、なけなしのお金あげたんです・・・。

 そのあとでもってね、「梅干しに沢庵」ですよ。 

 

私ね、海苔屋のおばちゃんに、梅干しは体にいいこと聞いたから、 

この人の体のことを思って一生懸命梅干し漬けてるんです。 

何が大変って、梅干し漬けるほど大変なことないですから。 

私だってね、ヘタを取るだけで34日かかるんですよ? 

この人のためを思って、一生懸命漬けた梅干しですよ。

それを「飽きたから沢庵にしてくれ」って言われた時に、 

あたし、今まで抑えていたものがいっぺんに弾けて 

「もういっぺん言ってみろォォォ!」

 …そう言っちゃったんです。 

私の気持ちもわかってくださるでしょ?

  

大家:

・・・ご苦労さん。 

話というものは、聞いてみないとわからないものだ。 

「もういっぺん言ってみろ」までそれほどの歴史があるとは。

 八公、聞いたか?健気な女房じゃねえか。 

おめぇのために一生・・・

 

おぅ、どうしたおめぇ。下唇噛み締めて。 

体がプルプルプルプル 小刻みに震えてるじゃねえか 

おい 今のことでこればかりでも文句あるんだったら、今すぐ言っちゃった方がいい。

何か文句でもあんのか。 

 

八五郎:

もう、これっぱかりのことではありませんね。

ええ、たっぷり聞いてもらいたいっすね。

あっしが家に帰って(けえって)きたら、 

この野郎が生の大根刻んでました。 

家ん中入ったらね、なんとなく埃っぽいんですよ。 

だからね、障子の桟のところをツーーーと指でなぞった。 

埃がたまってましたから、これ見て「汚えな」 

そのまんまでしょ? 

その後にね、こいつのやってる事を肩越しに覗いたら、 

大根刻んでたから「飯まだみてえだ」 

当前でしょ?

 いいっすか?嫌味ってーのはね、

 生の大根一口 ポーーーン と放り込んで 

にっこり笑って「ちょうど食べ頃だな」ってのが嫌味ってんですよ。 

だから、まだみてえだから「湯に行ってくる」 

そしたら、こいつね、いとも簡単に 

「それじゃあ、子ども達も湯に連れてって」 

大家さん知ってるでしょ、あっしンところは八つを頭に子供九人いるんだ。 

双子が二組ある。 

そんなものまとめて湯に連れてってごらんなさい。 

晩飯まで済むなんてそんな生易しいもんじゃねえ。 

へたすりゃァ午前さまだ。 

こないだなんか空きっ腹でそんなことしたもんだから、 

湯殿で倒れて戸板で運ばれたんだ・・・。

 それでも、五度のうち三度はあっしが連れてくんだィ。 

小遣い、ねだったって罰は当たらねえでしょ。

 その後に、「梅干しと沢庵」。

 あっしはね、梅干し嫌いじゃねぇ。 

どっちかというと好きな方ですよ?

 日に一遍ぐらいだったらね。

 

でも、来る日も来る日も、朝昼晩、朝昼晩、毎食梅干し出しやがってね。

 こいつね、ろくな女じゃァありませんがね、梅干しの料理さしたら日本一だ。 

梅干しの焼いたの 

梅干しの炊いたの 

梅干しの煮たの 

梅干しの唐揚げ 

梅干しの天ぷら 

梅干しの煮っころがし 

昨日なんてね 

梅干しの一夜干し 

訳のわからねえもんが出てきた 

おれァ弁当箱開けたら、うちは日の丸じゃァねえ、赤旗弁当だ。

 「梅干し飽きたから沢庵にしてくれ」って言っても

 罰は当たらねぇと思いますが、どう思いますか。

 

大家:

八公、おめぇは悪くない。 

お崎さん、あなたも悪くない。 

ここは私が悪かった・・・という風にしようじゃねぇか。 

おめぇたちは仲が悪いんじゃねぇんだな。仲が良すぎるんってんだ。

だから自分の気持ちぶつけちまって、それで揉め事が大きくなる。

  

あ、そうだ。私こないだ偉い先生の話を聞いてきてね。

人間には「堪忍袋」という袋があるそうだ。 

お崎さん、どんなぼろっ切れでもいいから 

一生懸命、心を込めて縫ってだな?

 それにこの不平不満を入れ込んで、シュッと尾を縛るってぇと 

すっきりして仲良くやれるそうだから。 

本当にそういうことがあるかどうか分からないが、こさえてみたらどうだい。

それでまた喧嘩するようだったら私が止めに入るから、ね?

とにかく、仲良くやるんだよ。 

 

八五郎:

わかりました。どうもすいません。 

ありがとうござんした!

 

 ・・・おい、客が来たら茶ぐれェ入れろ!

  

お崎:

お前さんが土瓶壊したんだろ! 

 

八五郎:

茶碗はてめえが割ったんじゃねえか! 

掃除しろ!

 

お崎:

あたしゃ忙しいんだよ! 

 

八五郎:

忙しかねえや、なにもしちゃいねえや!

  

お崎:

やってるよォ。これから「堪忍袋」縫うんだから!

  

八五郎:

おぅ、やれるもんならやってみろォ。 

当たりめぇの縫い方じゃだめなんだい。 

心を込めて縫えェ。 

 

お崎:

わかってるよ!

 (ぶつくさ言いながら縫っている)

 ほら!みてごらんよ。ちゃんとできたんだからァ!

  

八五郎:

なーにを言ってやんでェ。 

できたかどうかなんて使って見なきゃわからねんだよォ。 

よこしな。 

 

(袋の中へ向かって)

 「忙しい忙しいばかり言いやがってー!

そのくせ、いっぺん座ったら、ピクリともいごかねぇー!

おめえはケツに根でも生えてんのかァーー!」

  

ヘヘヘ・・・(穏やかな顔になりニッコリ笑う)

 

お崎:

あら、なァに、いい顔しちゃって・・・効き目あんの? 

貸してちょうだいよ。言いたいことは山ほどあんだから。 

 

(袋の中へ) 

「文句を言うなら、その分稼いで来ーーい。

こっちは嫁に来たくて来たんじゃないんだァーー。

あたしの奉公先に出入りの職人で来てやがってー、おまえが袖引いたんだろォー」

 

ふぅ・・・(穏やかな顔になりニッコリ笑う)

  

八五郎:

おぅっ、よこせッ! 

(袋の中へ)

 「ありゃァ てめえが先に色目ェ使ったんじゃねえかーー。

昼飯のたんびに俺にだけ沢庵二枚余計に出したろーー。

その沢庵が何で今出せねえーー」

  

お崎:

貸してッ。 

 

(袋の中へ)

 「ありゃァ勘定間違えたんだよォーー。

それを勘違いして蔵の脇に呼び出したのはどこのどいつだァーーー」

  

八五郎:

よこせ!

  

(袋の中へ)

 「なァに言ってやんでェ、帰ェりたきゃ帰ェりゃいいじゃねェか!

いつまでも、もじもじもじもじしてやがってェ」

  

お崎:

貸して! 

(袋の中へ) 

「ありゃァ嫌がってたんだよォーー。それを勘違いしやがって、

『俺と一緒ンなってくれ、なれなきゃ俺は死ぬゥーー』

なんて言いやがって、あん時に死んじまえばよかったんだァーー」

……

……あら、ちょいと、腹が立たないねェ。

 

八五郎:

ほんとだな。これだけ言い合えば大ごとだぜ。

 まるっきり、もめねェってのは・・・

 「堪忍袋」できたのかもしれねェな。

  

----【語り】----

さぁ、めったにできるはずのない「堪忍袋」ができあがったとみえまして、なにか不平不満があるとみんなそん中に言って、夫婦仲が大変よろしい。

 あの喧嘩ばかりしている二人が何故だろうって、この噂が広まったもんでございますから、方々から、今度は堪忍袋を借りに来るような人が山ほどやって来た。

 みんながみんな使ったもんですから、堪忍袋はパンパンに膨れ上がってしまいましてー

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八五郎:

おかあ、どうしよう。パンパンになっちったよ。

どっか捨ててこようか。

  

お崎:

いけないよ、聞かれちゃいけないことがたくさん入ってるんだからね。

ひとまず、大家さんに相談しようか。

  

八五郎:

あぁ、そうだな。 

 

伊勢屋の女将:

ごめんください、もし…… 

ごめんください、もし…… 

 

八五郎:

あれ?伊勢屋の女将さんじゃありませんか。 

どうしました? 

 

伊勢屋の女将:

あの、堪忍袋をお借りしたいんでございます……

 

八五郎:

女将さんが?嘘でしょう?必要あります?

だってね、店の方は繁盛してますしね。 

旦那さんとだって仲いいですし、お姑さんとだってね 

うまいことやってるじゃありませんか。 

……使いたいですか。 

……どうしても? 

いや、貸さねぇこともないんですけどね。 

でも、ちょっとご覧なさい。 

もうみんな使ったもんだからね、これパンパンに膨れあがっちゃって。

 でも、まあ…… 

女将さんの不満だったら隙間に収まるでしょうから、どうぞ使っておくんなせぃ。

 

 伊勢屋の女将:

ありがとうございます。 

本当に些細なことでございます。

すぐに済みますから。 

あ、お借りします。 

本当に些細なことでございます。 

ちょっとお借りします。

いや、本当些細なことなんでー

  

(袋の中へ) 

「クソババァ!死ねぇぇぇぇぇぇぇ!」 

 

八五郎:

……びっくりした。

こいつァ溜まってましたねぇ。 

袋がミリミリミリと音をたてましたよ? 

人ってェのは見かけだけだとわからねーよ。 

おや、どうしたい、源ちゃん。 

え?伊勢屋のお姑さんが引っくり返っちゃった? 

医者が「心に溜まったものがある。それを吐き出さないと命に関わる」って? 

で、堪忍袋を借りに来た……と。

あっそう…… 

貸してやりてぇんだけどね。 

ご覧の通りこれ、パンパンに膨れ上がっちゃってね。 

しかも、今ちょいっと聞かれちゃまずいことが入って……

 って、あ、オイオイオイオイ!

 

----【語り】----

「そんなこと言わないで、命に関わるんだから貸してくれねぇかな」とひったくるように持ってきた堪忍袋をお婆ちゃんの枕元へ。

 「ここに、胸に溜まったことをみんな出してくださいなっ」と、差し出した途端、パンパンに膨れ上がっていた堪忍袋がもぉ我慢できなくなったと見えまして、この緒がプツッと切れた。

 先ほど入れたばっかりの、一番新鮮な、「くそばばア、死ねェー」ってのが飛び出した。

 これを聞いたお婆ちゃん、いっぺんに元気ンなりました。

 

 

 

-終演-