【登場人物】[1:1]
■おいちゃん(シゲオ):40代。屋台でかき氷とラムネを売っている。素性はわからない。
■ゆっこ:「ゆきこ」のあだ名。8歳~18歳
※約15~20分
昭和三十~四十年代頃 七月 夏
【本編】
ゆっこ(M):
そのおいちゃんは、いつも決まった時間に、屋台を開いていた。川のそばの木陰まで屋台を引いて来ては、ラムネとかき氷を売っている。そこは通学路でもあるのだが、朝はいない。
学校から帰る頃、どこからともなくやってくるのだ。
一度家に帰って、お母さんに百円玉をもらい、麦わら帽子をかぶって、屋台に向かう。
まだおいちゃんが来ていない時は、友だちとじゃんけんをして、
パーで勝ったら「パ・イ・ナ・ツ・プ・ル」で六歩、
チョキなら「チ・ヨ・コ・レ・イ・ト」で六歩、
グーで勝てば「グ・リ・コ」で三歩進めるという遊びをして待っていた。
【SE】チリーン(風鈴)
ゆっこ(M):風鈴の音と共に、屋台を引いたおいちゃんがやってくる。
かき氷の吊り下げ旗が、夏の風に揺れている。
ゆっこ:おいちゃん、ラムネちょーだい。
おいちゃん:あいよ。
ゆっこ(M):水と氷がいっぱい入った桶から、ラムネを出してくれる。
まだ力が弱い私は、飲み口にあるビー玉を押しこめなかった。
いつもおいちゃんが栓抜きで力強く手でたたいて、栓となっているビー玉をはずしてくれていた。
おいちゃん:よいしょ。ほれ。
ゆっこ:ありがとう
おいちゃん:こぼすんじゃねぇぞ
ゆっこ:うん。
ゆっこ(M):わたしは、青く透明で独特な形の瓶と、中で転がるビー玉が大好きで、日に当ててみたり、下からのぞいたり、ビー玉を転がしてみながら、ゆっくり飲むのが大好きだった。
ゆっこ:このビー玉ほしいなぁ。
ゆっこ(M):茹だるような暑さだが、青空と白い雲、川から吹いてくる風を体に感じながらラムネを飲むのが、小学生のわたしには贅沢な時間だったのだ。
おいちゃん:どうした。今日はひとりかい?
ゆっこ:うん……、かずちゃんとケンカしちゃって……。
おいちゃん:そいつぁ、いけねぇな。おいちゃんでよけりゃ、話してみな。
ゆっこ(M):ケンカの理由は、大人からすると、たいしたことはない。それでも、おいちゃんはちゃんと聞いてくれた。
ゆっこ:私のお気に入りの折り紙で、かずちゃんが鶴を折っちゃって……。
おいちゃん:そうか。ゆっこちゃんが、折らずに大事にしていた折り紙なんだな。
ゆっこ:残り一枚しかない折り紙だったの。
おいちゃん:その友だちは、ゆっこちゃんに意地悪してやったのかい?
ゆっこ:……知らなかっただけ。ワザとじゃない。
おいちゃん:その子は、ごめんって言わなかったのかい?
ゆっこ:あやまってくれた。でも、わたしが、『かずちゃんひどい!』って怒っちゃって……。
おいちゃん:そうかい。気まずくなっちまったんだなぁ。
ゆっこ(M):わたしはラムネ瓶を持ったまま、こくんと頷いた。
おいちゃん:ゆっこちゃんは、いまも怒ってるのかい?
ゆっこ(M):わたしは、顔をぶんぶんと横に振る。 おいちゃんが笑う。
おいちゃん:明日、仲直りして来な。仲直りの仕方はわかるんだろ?
ゆっこ(M):また、こくんと頷く。
おいちゃん:大人になると、なかなか仲直りできなくなるからなぁ。
ゆっこ(M):どういう意味なんだろう。でも、うまく聞き返せなくて、「そうなんだ」と言って、黙っていた。
おいちゃんと話して、ラムネを飲んだら、気分もスッキリしてきた。
明日、かずちゃんと仲直りしよう。そう思った。
【次の日】
ゆっこ:おいちゃん!
おいちゃん:お、ゆっこちゃん、いらっしゃい。
ゆっこ(M):おいちゃんは笑うと、目の周りがくしゃっとなる。その笑い顔も好きだった。
ゆっこ:かずちゃんと仲直りしたよ。ほら。
おいちゃん:お、かずちゃん。いらっしゃい。よかったな。
ゆっこ(M):かずちゃんが恥ずかしそうに、挨拶する。
おいちゃん:よーし、今日はおいちゃんからご褒美だ。
ゆっこ(M):ガリッガリガリッ シャッ シャッ シャッ シャッ
ゆっこ(M):かき氷の音だ。かずちゃんと、細かくなった氷が落ちてくるのを見つめる。
蝉の声と風鈴の音と、かき氷の音。
おいちゃん:よーし、シロップは何味がいい?
ゆっこ:わたし、メロン!
ゆっこ(M):かずちゃんは、イチゴ味だ。
おいちゃん:よし。ほれ、ここに座って食べな。
ゆっこ:お金は?
おいちゃん:今日はいらねぇよ。ゆっこちゃんとかずちゃんが仲直りできたお祝いだ。
ゆっこ(M):屋台の横に出してくれた、木の長椅子に座る。二人でシャキシャキと音を立てながら、かき氷を口に運ぶ。
ゆっこ:冷た~い。でも、美味しいね。
かずちゃんのちょっとちょーだい。わたしのも食べていいよ。
ゆっこ(M):女の子の大好きな交換っこだ。
そして、「わぁ、頭がキーンってする~」と二人で頭をおさえる。
おいちゃん:そうか、キーンってするか(笑)
ゆっこ(M):つられて、わたしとかずちゃんも笑う。食べ終わって、お互いの舌を見せ合う。
ゆっこ:かずちゃんの舌、イチゴ色。わたしはメロン色!
ゆっこ(M):そんなことで笑いがとまらない。仲直りするには、それで十分だった。
ゆっこ :ねぇ、おいちゃんの名前はなんていうの?
おいちゃん:オレか?……おいちゃんでかまわねぇよ。
ゆっこ:友だちになるには、名前を教えてくれなくちゃ。
おいちゃん:……おいちゃんを友だちにしてくれんのか?(呟くように)オレには、名前を名乗る資格なんてねぇよ。
ゆっこ:かずちゃんと仲直りできたのは、おいちゃんのおかげだし、かき氷も、もらっちゃったし、もうお友だちだよ!
おいちゃん:……そっか。
ゆっこ:うん!名前を知ってると、仲直りもしやすいんだよ!
おいちゃん:こりゃまいったねぇ……。
ゆっこ(M):頭を掻きながら、おいちゃんがボソッと言った。
おいちゃん:……シゲオだ。
【間】
ゆっこ:あれ?
おいちゃん:ん?どした?
ゆっこ:タバコ?
ゆっこ(M):おいちゃんの足元に、蚊取り線香の容器が置いてある。でも、入っているのはたくさんのタバコの吸い殻だった。
ゆっこ:おいちゃん、タバコ吸うの?
おいちゃん:あ?ああ、これか。昔はな。いまはやめた。
ゆっこ:ふぅん。やめたのに、なんで置いてるの?
おいちゃん:そうだな……。戒めだ。
ゆっこ:いましめ?
おいちゃん:ゆっこちゃんが、大人になったらわかるかもな。
ゆっこ:ふぅん……。おいちゃんは、どこに住んでいるの?
おいちゃん:家か?そうだな……。あそこに橋が見えるだろう?あの辺り。
ゆっこ:子どもはいないの?
おいちゃん:……いるよ。
ゆっこ:何歳?
おいちゃん:あー……、生きていたら十八か、十九だな。
ゆっこ:……?一緒にいないってこと?
ゆっこ(M):聞いてはいけないと思ったり、ズケズケと聞いたり。子どもの好奇心は時に残酷だ。
おいちゃんは、少し間を置いて話してくれた。
おいちゃん:重い喘息だったんだ。だから、空気のきれいなところに母親と引っ越したんだよ。
ゆっこ:ぜんそく?
おいちゃん:わからねぇか……。呼吸が苦しくなる病気だ。咳とか痰が出て、呼吸する時にゼーゼー、ヒューヒューという音がでたり、とにかく眠れないほど苦しくなるんだ。
ゆっこ:かわいそう……。
おいちゃん:ああ、かわいそうで見てられなかったよ。できることなら変わってやりたかった。
ゆっこ:どうして一緒に行かなかったの?
おいちゃん:そうだなぁ……。一緒に行けなかったんだ。
ゆっこ:ふうん。
おいちゃん:おいちゃんはなぁ、タバコが好きで止められなかったんだ。でも、喘息にタバコはだめだ。余計ひどくしてしまう。わかっていたのに止められなかった。だから、母親とニ人で、おじいちゃん、おばあちゃんのいる空気のきれいなところに引っ越していった。
ゆっこ:そっか……。
ゆっこ(M):わたしは、わかっているんだか、わかっていないんだか、とにかく返事をしていた。
かずちゃんは、黙って聞いていた。
おいちゃん:でも、手遅れだったんだ。引っ越して一年ぐらいかな。死んじまったんだ。母親はひどく悲しんだ。寝込むほどに。そしておいちゃんを責めた。おいちゃんは何も言い返せなかった。
ゆっこ:死んじゃったの?
おいちゃん:おいちゃんはやけになってな、お酒をたくさん飲んで、タバコも吸って、そのまま寝ちまったんだ。そしたら、タバコの火が原因で家が火事になっちまった。命からがら逃げ出したんだが、もう何にもなくなった。あん時、オレも死んじまえばよかったのになぁ。
ゆっこ(M):しばらく、風鈴と蝉の声だけが聞こえた。
【SE】風鈴と蝉の声
ゆっこ(M):すると、突然かずちゃんが泣き出した。わたしはびっくりした。
おいちゃんも慌てて、
おいちゃん:悪かったな。変な話、聞かせちまって。いまのは忘れてくれ……って無理だよな。ごめんな。
ゆっこ(M):おいちゃんは、かずちゃんの頭を撫でた。
かずちゃんは頭を振って、何か言おうとしていたが、声にならなかった。
私は、かずちゃんの言いたいことがわかった気がして、おいちゃんにこう言った。
ゆっこ:おいちゃん、かわいそう。
ゆっこ(M):おいちゃんは、びっくりして私の顔を見た。
おいちゃん:でも、あの子は死んじまったんだ。オレが殺したようなもんだ。きっとオレのことを憎んでいるに違いねぇ。
ゆっこ(M):わたしは、なんて返事をしたらいいかわからなくて、思わず、おいちゃんに抱きついた。
かずちゃんも泣きながら、おいちゃんに抱きついた。
ゆっこ:おいちゃん。かき氷を作って、一緒に食べて、頭がキーンってなって、笑いあえば、きっと仲直りできるよ。
おいちゃん:そっか……、そうか……。そうだといいな。ありがとな……。
ゆっこ(M):そう呟いたおいちゃんも、泣いているようだった。
【間】
ゆっこ(M):それから、おいちゃんは姿を見せなくなった。
毎日おいちゃんを探したものの、あの屋台も、風鈴の音も、かき氷の旗も、氷水に入ったラムネの音もしなくなった。
ただ、ラムネのビー玉がたくさん置いてあった。
【間】
ゆっこ(M):あれから、十年経ち、私は十八歳になった。相変わらず、おいちゃんが屋台を出していた通学路を使っている。
時々、あの風鈴の音が聞こえるような気がして、立ち止まることがある。
後で聞いた話だが、おいちゃんは橋の下で暮らしていて、肺がんを患っていたが治療を拒否していたらしい。
そして、わたしたちにあの話をした後、倒れて救急車で運ばれ、数日後、息を引き取ったそうだ。
蝉の声と、青い空、白い雲。
ポケットから、おいちゃんが置いていってくれたラムネのビー玉で空をのぞいてみる。
ゆっこ:おいちゃん、仲直りできたかな……。
ゆっこ:そうだ。今日は久しぶりにかずちゃんを誘って、かき氷を食べよっと。
【間】
ゆっこ(M):また蒸し暑い夏がやってくる。
【SE風鈴の音】チリーン……
【終演】
2022年5月27日(金)あさがやドラム「マッチング朗読会Vol.5」脚本家として参加