落語声劇『凧揚げ』(長屋噺)

 【登場人物】[1:0:1](一人読み可)

・金坊:(きんぼう)(不問)六歳くらい。長屋に住む町人の子ども。不問。落語に出てくる金坊は、こまっしゃくれていることが多く、しばしば親をやりこめる。

・おとっつぁん/岡っ引き(兼ね役)

おとっつぁんと「いか(たこ)のぼり」をしたい金坊。なかなか重い腰をあげてくれないので、質問攻めに。おとっつぁんは適当に答えるものの、とうとうそれも面倒になり、「いか(たこ)のぼり」をしにいく。

※「枕」は自由にアレンジしてください。
※古典落語「真田小僧」と「薬缶(やかん)」をヒントに書きました。
※途中で出てくる、おとっつぁんと岡っ引きが金坊に説明する言葉の由来は適当に思いついた説明です。

【豆知識】
岡っ引き/目明し:「お小遣い」程度の報酬で「定町廻り同心」に雇われるものもいが、本業を持っている者、趣味やボランティア、「役得」を目当てに引き受けるヤクザ者、許された犯罪者…など「出身」は様々。公的な身分はなく町同心個人が手先として使っていたにすぎない。お上の権力を自分も持てたという優越感か、その権力をかさに着て、庶民の弱みにつけ込みゆすり・たかりまがいのことをしていた者も。
そういった目明かしの弊害は度重なる幕府の目明かし使用禁止命令で証明される。しかし、必要悪とは知りつつも、目明かしを使わざるを得なかった。
八代将軍吉宗の時、「目明かし」廃止令が出された後、「岡っ引き」と名称を変えるが実体は変わらず。岡っ引き(正確には【目明し】)や【自身番】(町内会が運営する交番)がなければとてもやっていけない状況だった。

----【枕ここから】----------------------------------------------

正月と言えば、凧(たこ)あげ。中国から日本に伝わり、江戸時代までは「いかのぼり」と呼ばれていたといいます。江戸時代には、空中でバランスを取るために数本の紙や糸が付けられたものが主流となり、ヒラヒラとついた足が、海の「いか」のように見えたことから「いか」または「いかのぼり」とも呼ばれるようになったそうです。

いかのぼりは大流行。子供だけでなく大人も遊ぶようになったそうで、徳川三代将軍家光もいかのぼりで遊ぶほどであったとか。

また、誰が高く上がっているか競うことも増え、競っている間に、いかのぼり同士がぶつかり、喧嘩がおきたり、落下する事故が多発し、死傷者が出ることもあったとか。このような問題から「いかのぼり禁止令」が出されました。

しかし、人ってのは、禁止されると逆にやりたくなるものですねぇ。楽しみを奪われた庶民の中から、「いかのぼり」のことを「たこのぼり」と呼ぶ人々が現れて、そして「いかのぼり」の足を八本にして、これは「いか」ではなく「たこ」だと言い張った。

「たこのぼり」と名前を変えた結果、江戸ではまた流行。江戸幕府は「たこのぼり禁止令」も発令しましたが、庶民はこれを無視。しかし、禁止令が多く発令されていた江戸では、多少のことには目をつぶることも多く、たこのぼりは年中楽しまれるようになりました。

後にお正月に、家内安全や商売繁盛を祈願してあげられるようになり、その習慣が現在も残っていると考えられています。

----【枕ここまで】----------------------------------------------

金坊:おとっつぁん♪

おとっつぁん:……(横になっている)なんでぇ。

金坊:なにしてるの?

おとっつぁん:見ての通り、疲れてお休みになってるところだ。

金坊:今日は仕事が休みだから、やることがないんだね。

おとっつぁん:毎日仕事にいってるから休みの日は、身体を休ませてるんだ。これも大事(でぇじ)な仕事だ。別に暇だからこうしてるんじゃねぇんだよ?

金坊:そうかぁ。毎日お仕事大変だよね。だからさ、今日くらい、おいらと遊ばない?

おとっつぁん:その「だからさ」ってのはどこから続いてんだよ。表(おもて)いって、誰かと遊んでこい。

金坊:今日は、みんな家族で出かけたり、優し~いおとっつぁんと遊んだりしてるから、おいらだけ、遊ぶ相手がいないんだよぅ。仕方がないから、おいらが、暇そ~にしているおとっつぁんと遊んであげようと思って。

おとっつぁん:もうちょっとかわいく言えねぇもんかね。ねぎらってるのか、おねだりしてるのかわかんねぇ。

金坊:「ねぎらう」?ねぇ、ねぎらうってなぁに?

おとっつぁん:ねぎらう……は、苦労や骨折りに「ありがとう」って、いたわることだろ。

金坊:「いたわる」ってなぁに?

おとっつぁん:いたわるって、おめぇ……労をねぎらうってことだな。「いたわる」も「ねぎらう」も同じだよ。

金坊:どうしてそういう風に言うの?

おとっつぁん:そりゃあ……あ~、ああ、そうだ。ほら、風邪ひいたり具合が悪くなると働けねぇだろう?飯炊きや風呂焚きに必要な薪(まき)を割るのもてぇへんだ。だから、病人のかわりに、「板を割って」やるところからきてるんだよ。

金坊:「いたわる」が?

おとっつぁん:そ、そうだ。

金坊:ふぅん。じゃあ、ねぎらうも「板を割って」あげることなの?

おとっつぁん:……。それはだなぁ……(しばらく考える)あ、あれだ!
風邪には「ネギ」がいいって言うだろ?「焼いたネギをお湯にさして飲むと風邪に効果がある」とか言うじゃねぇか。だから、ネギの料理を作ってやる。
「ネギ料理」、「ねぎらうり」、「ねぎらう」……な?

金坊:へぇ。じゃあ、おいらが、おとっつぁんを「ねぎらう」っていうのは、使い方としては間違っているのかな。

おとっつぁん:……おめぇ、本当はわかってんじゃねえのか?ったく、親をからかいやがって。余計な事、言うもんじゃねえな。

金坊:じゃあ、おあし(お小遣い)をおくれよぅ。

おとっつぁん:だから、その「じゃあ」はどこから続いてんだよ!

金坊:遊ぶ相手もいない、おとっつぁんも遊んでくれない、「おあし」ももらえない……

おとっつぁん:わぁった、わぁったよ。(起き上がる)はぁ~。
で、なにして遊びたいんだ?

金坊:いかのぼり!

おとっつぁん:あいにくだったな。いかのぼりは「禁止」だ。

金坊:えー!この前まで、おとっつぁんも、あんなに楽しそうにやってたのにー!

おとっつぁん:そりゃまぁ……

金坊:ひどいや!

おとっつぁん:おいおい、オレが「禁止」にしたわけじゃねえよ?お上から「いかのぼり禁止令」が出されてんだよ。

金坊:どうして?

おとっつぁん:「いかのぼり」で、誰が高く上がっているか競いあってよ、その間に、いかのぼり同士がぶつかって落下したり、場合によっては、死人も出ちまった。
あとは、「いかのぼり」を揚げているやつら同士でケンカになったり、通行人の邪魔になったり、民家や大名行列に落ちたりしてー

金坊:え?!大の大人がそんなことを?

おとっつぁん:おまっ……!いいか?仕事も遊びも本気でやるのがいいんだよ。のんべんだらりとやってたら、楽しくもなんともねぇ。

金坊:そういえば、長屋のおいちゃんたちも、くだらないことで意地を張り合って、数日、口を利かないなんてことあるもんね。おいらたちは、「ごめん」って言って仲直りするのに。

おとっつぁん:おめぇも大きくなればわかる。男には譲れねぇものがあるんだよ。

金坊:「どっちが長く湯につかってられるか」とか?

おとっつぁん:お、おう……

金坊:ふぅん。

おとっつぁん:とにかく、「いかのぼり」はできねえんだよ。

金坊:あ、そうだ!足を八本にして「これは、たこのぼりです」って言えばいいって聞いたよ!

おとっつぁん:誰だよ、金坊に余計なこと教えてるやつぁ。

金坊:じっちゃん!

おとっつぁん:親父か……

金坊:見てみて!足八本にしたよ!

おとっつぁん:最初っから、八本にしてやがったな……

金坊:ひとりじゃなかなか揚がらないんだよぅ。おとっつぁん、お願い~。

おとっつぁん:そういう屁理屈こねるヤツがいて、「たこのぼり」をやりだしたからな。「たこのぼり禁止令」もでてんだよ。

金坊:禁止、禁止って……、なんでもかんでも禁止にすればいいと思ってるの?おとっつぁんは、男としてどう思うの?

おとっつぁん:おめぇなぁ……、くっそ……。わぁった、わぁったよ。お上も、多少のことには目をつぶるからな。おう、やってやろうじゃねえか!

金坊:やったぁ!

おとっつぁん:おっかぁに、このことは言ってあんのか。

金坊:うん!「人様の迷惑にならないように。夕餉(ゆうげ)までには帰っておいで」って。

おとっつぁん:止める気まったくなしかよ。

金坊:おっかさんのが物分かりがいいね!

おとっつぁん:なんだとぉ……?見てろよ、びっくりするくらい高く揚げてやらぁ!

金坊:さすが、おとっつぁん!男の中の男!これぞ江戸っ子!

おとっつぁん:おめぇはいつから「太鼓持ち」になったんだよ。

金坊:「太鼓持ち」ってなに?

おとっつぁん:また余計なこと言っちまった……。それは後回しだ。おぅ、行くぞ!

【間】

おとっつぁん:どうでぇ、金坊!

金坊:すごい!すごいや、おとっつぁん!あんなに高く揚がってる!

おとっつぁん:へへ、おとっつぁんが本気を出せば、いかでもたこでも、なんでも高く揚げてやらぁ。

金坊:なんでも?

おとっつぁん:いや、なんでもねぇ……

金坊:おとっつぁん、おいらにも持たせて!

おとっつぁん:おーし、こっち来い。糸を両手でしっかり持て。風の勢いで持っていかれないように踏ん張れよ。

金坊:こう?

おとっつぁん:そうだ。いいか、手を放すぞ?

金坊:う、うん!

おとっつぁん:よし!

金坊:わぁっ!(引っ張られる)

おとっつぁん:風が強くなりやがったか。金坊、一緒に持つぞ。どうだ!

金坊:おいらも飛ばされるかと思った。びっくりしたぁ!

おとっつぁん:よーし、よしよしよし。安定してるぞぉ。どうだい、え?

金坊:気持ちがいい!

おとっつぁん:秋は空が澄み渡って高く晴れるから、いい気分だなぁ。

金坊:「天高く馬肥(こ)ゆる秋」だね!

おとっつぁん:難しい言葉知ってやがんなぁ……

岡っ引き:こらぁ!

おとっつぁん:あっと、いけね。岡っ引き(おかっぴき)だ。

岡っ引き:「いかのぼり」は禁止だぞ!

おとっつぁん:へいへい、旦那、わかっておりやす。いや、うちの坊主がね、どーしてもやりてぇってんで。禁止だって言ったんですけどねぇ……

おとっつぁん:あれ?そういや、旦那ぁ。「岡っ引」も廃止じゃございませんでしたか?

岡っ引き:ば、ばかやろう。「目明し(めあかし)」と呼べ。

おとっつぁん:言い方を変えればよろしいんでございますか、はぁはぁ、なるほどねぇ。
旦那、あれは「いかのぼり」じゃねぇ、「たこのぼり」って言うんですよ。

岡っ引き:「たこのぼり」も禁止だ。揚げ足をとるな!

金坊:おじさん、おじさん。「揚げ足をとる」ってなぁに?

岡っ引き:あ、「揚げ足」ぃ?それは……、人の言いまちがいをとらえて、からかったりすることだ。

金坊:どうして、そう言うようになったの?

岡っ引き:どうしてって……、由来か?

金坊:うん!

おとっつぁん:すいませんねえ、旦那。うちの坊主、いろんなことを知りたい年ごろでしてねぇ。うちでも質問攻めなんでさぁ。答えてやってくださいませんか。

岡っ引き:揚げ足、揚げ足……。あ、あれだ!犬が用を足すとき、片足をあげるだろ?そん時にあげた足をつかんだらどうなるよ?

金坊:そんなことしたら、かわいそうだよ……

岡っ引き:そうだろ?そういうことだよ。

金坊:じゃあ、おじさんは犬なの?

おとっつぁん:ハハハ!犬か!幕府の犬!金坊、おもしれぇこと言うなぁ!

岡っ引き:ば、ばかにするんじゃねぇぞ、坊主!

おとっつぁん:まぁまぁ。子どもの言うことですから。
しかし、あれですねぇ。「岡っ引」といっても、ごろつきがいっぱいいる中で、旦那は真面目に働いてらっしゃる。あっしは、よぉく存じあげておりますよ。

金坊:うん!おいらも、おじさん、大好き!

岡っ引き:このぉ、人をあげたり下げたり……。
そうじゃなくて「いかのぼり」を早くおろすんだよ。

おとっつぁん:へいへい。

金坊:おとっつぁん、お腹すいた~。

おとっつぁん:あ?そうだな、そろそろ夕餉(ゆうげ)だ。「天高く~……(わからないので、むにゃむにゃとごまかす)」ってなもんで、腹もぐぅぐぅなってらぁ。

金坊:「天高く馬肥ゆる秋」だよ。

おとっつぁん:わぁってるよ!
お!いい具合に揚がったみてぇだ。よし、金坊、手伝え。

金坊:うん!

岡っ引き:何をのんびりやってる、はやくおろー

おとっつぁん:まぁまぁそう慌てないでおくんなせえ。こういうのはじっくり、取り掛からなきゃいけねぇ。
お!いいぞ、いい色合いだ。これは、おっかさんも喜ぶぞ。

金坊:あったかいうちに、はやく持って帰らなきゃ!

岡っ引き:なんだぁ……?

おとっつぁん:旦那、こいつあ、いかでも、たこでもねぇ。
天にぷらぷらと揚げた「天ぷら」でございます。

【終演】