ローズマリーの伝言[3:2]

[3:2]
海野 悟(うみの さとる)♂:16歳。後半では「森川 敏輝(としき)」
水川 雫(みずかわ しずく)♀:16歳。悟の幼馴染。明るい性格。
海野 勝(うみの まさる)/橘(たちばな)運転手♂:悟の父、40歳。橘は、森川家の運転手。
海野 琴美(うみの ことみ)♀:悟の母、40歳。後半では「森川 琴美」
星宮 学人(ほしみや がくと)♂:28歳。星宮ワイナリーの息子。ボランティアで若者たちにフリースペースを提供している。

※約50分
#オンリーONEシナリオ2022 1月(2023年)
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―学校の帰り道

悟(M):またクラスで成績が最下位だったな。
(ため息)最悪。
容姿も頭も悪い。スポーツも得意なわけじゃない。
特技があるわけでもないし、コミュ障だし……。
ダメ人間すぎる。

―幼なじみの雫が声をかけてくる。

雫:悟!どうしたの?元気ないじゃん?

悟:なんでもねぇ……。

雫:またテストの点数がヤバかったとか?

悟:ほっといてくれよ。

雫:あれ、図星?

悟:うるせぇな。お前はどうだったんだよ。

雫:私は、まぁまぁ。ヤマカンが当たったかなって感じ。
もしかして、これのおかげかも。

悟:なんだそれ?

雫:ローズマリーの栞。手作り。

悟:ローズマリーの……?お守りみたいなものなのか?

雫:うん、まぁそんなところ。
「古代ギリシャでは、記憶や思い出の象徴とされ、学生たちは髪にローズマリーの小枝をさして勉強した」んだって。

ね、悟にもあげよっか。もうひとつ作ったんだよ。

悟:んだよ、嫌味かよ。

雫:そういうことじゃないって……。
ねぇ、知ってる?ローズマリーは、花の色・形から「海の雫」って言われてるの。

悟:へぇ。「海の雫」ねぇ。ああ、自分の名前が入ってるから好きなのか?

雫:(つぶやくように)……もう、鈍すぎ。

悟:お前は、そんなもんなくても優秀だしさ、明るくて、みんなの人気者じゃん。
俺とは正反対の世界の住人だよな。

雫:なにそれ?私は、悟と同じ世界にいますぅ!

悟:いつも学力テストもクラスのトップにいるもんな。塾にでも通ってんのか?

雫:塾というか、時々教えてくれる人がいるんだ。

悟:家庭教師じゃなくて?

雫:普段すごく忙しい人なんだけど、ボランティアで月2回くらい学生にアドバイスしてくれる人がいてね。
教えるというより、ヒントをくれる感じ。

悟:マジで?すげぇな。金持ちの趣味か。

雫:いい人だよ。星宮さんっていうんだけど、いろんな研究もしてて、最先端技術とか―。詳しくはわからないけど、とにかくすごい人なの。今度、悟もー

悟:(かぶせて)雫、俺から離れた方がいいぞ。

雫:え?

悟:みんなの視線、感じるだろ?陰キャな俺と一緒にいるといじめられるぞ。

雫:悟、いじめられてるの?

悟:俺はこっちの道から帰るから。じゃあな!

―悟、走り去る

雫:あ、悟!

悟(M):小さい頃はそんなこと思わなかったんだけどな……。
中学、高校とあがるにつれて、雫との差がついてきたのが気になって、一緒にいられなくなった。

悟:情けねぇよな、俺!!
……
……
なんで、生きてんだろ……。

―帰宅

悟:ただいま……。

琴美:悟、お帰りなさい。

悟(M):明るく笑顔を絶やさない俺の母親。

悟:疲れた。ちょっと寝る。

琴美:学校でなにかあったの?

悟:別に……。

―自室にこもる悟
―琴美がドアをノックする

琴美:悟。何かあったら話して。お母さんにできることがあったらー

悟:ほっといてよ。

琴美:……わかったわ。でも、夕飯になったら降りてきてね。

悟:(ため息)

―勝、帰宅。勝に事情を説明する琴美。
―悟の部屋をノックする勝。

勝:悟、夕飯だぞ。一緒に食べよう。

悟:腹へってない……

勝:食べなくてもいいから顔を出しなさい。お母さんが心配しているぞ。

悟:……。

勝:無理やり開けるつもりはない。自分の意志で出てきなさい。いいね。

―勝、下に行く
―悟、しばらくしてドアを開け、下に降りていく。

琴美:悟……。よかった……。

勝:悟、今日の料理はまた一段と美味そうだぞ。

琴美:ふふふ。鶏もも肉のソテーよ。ローズマリーチキン。悟も好きでしょ?

勝:お、このパンにも、ローズマリーがのってるぞ。

琴美:それ、フォカッチャって言うのよ。

勝:そうか。ハハハ。お、これは、フライドポテトだろ?

琴美:ローズマリーの香りを移したオリーブオイルで揚げ焼きにしたの。

勝:ローズマリーだらけだな。

琴美:いい香りでしょ?

勝:ああ。それに―

―勝、壁のローズマリーのリースを見る

勝:ローズマリーには、思い出が詰まっているしな。

琴美:ええ、私たちの大事なハーブよ。

悟:なに二人で盛り上がってんの……

勝:ハハハ、すまんすまん。今日は、父さんと母さんの結婚記念日だからな。
悟も食べてごらん。

―悟、ひとくち口にする。

琴美:どう?味は。

悟:……美味しい。

琴美:よかった!
お父さん、白ワインもあるわよ。星宮ワイナリーの。

勝:星宮ワイナリーか。いいねぇ。

悟:星宮……?

琴美:いま持ってくるわね。

悟:父さん、母さん。

琴美:え?

勝:なんだ?

悟:成績、よかった?

勝:ん?

悟:モテた?

勝:そんなことを聞いてどうするんだ?

悟:答えてよ。

勝:……父さんは、成績は良くも悪くもないレベルで、目立つわけでもないし、モテなかったな。
母さんは、ミスキャンパスだったぞ。頭もよくて家柄もー

琴美:(遮るように)お父さん。

悟:じゃあ、俺は父さんの血が濃いんだね。

琴美:なんてこと言うの?

悟:そうじゃなきゃ、欠陥品だ!!
なんでこんな欠陥品を産んだんだよ!
成績も顔も悪い!こんな暗い性格の俺をさぁっ!

琴美:悟……

勝:……誰かにそう言われているのか?

悟:「みんなの視線」がそう言ってる。

琴美:悟は、私たちの宝物よ?

悟:「みんな」に受け入れられなきゃ、意味がないんだよっ!
できるなら、過去に戻ってやり直したい!!
それか、消えたい!!

琴美:悟……、わたしたちのことが嫌いなの……?

悟:……。

勝:(ため息)いま私たちが何を言っても聞く耳を持たないだろうな。
……過去に戻りたい。「タイムスリップ」か。

悟:できればしたいよ……。

勝:過去はどうしたって変えられないぞ。

悟:……。

勝:(ため息)

―勝、メモに何か書き、悟に渡す。

勝:この人を訪ねてみなさい。何かヒントをくれるかもしれない。父さんから連絡しておくから。

悟:「星宮 学人(がくと)」さん?

勝:月2回、ボランティアで学生の相談に乗っているそうだ。
父さんの会社も、星宮グループと提携している事業がある。
星宮さん本人にも会ったことがあるが、立派な青年だ。

悟:ここ、雫が行ってるとこかも……。

勝:なら、雫ちゃんと一緒に行ってみたらどうだ?
学校や親とは違う、社会経験の豊富な人と交流するのはいいことだ。

悟:……。

―数日後、雫と待ち合わせ

雫:悟!行く気になったんだぁ。なんかうれしい。

悟:なんとなく……。

雫:ほら、あそこのビルだよ。

悟:え?

―超高層ビルが見える。

悟:あのタワー……、そうか、アレだったのか。

雫:行こ。

【間】

星宮:やぁ、雫ちゃん。今日はお友達を連れてきてくれたのかな。彼氏?

雫:えっ!(照れる)

悟:ただの幼馴染です。「悟」っていいます。

雫:……。

星宮:君が悟くんか、お父さんから連絡をもらっているよ。よろしくね。

悟:よろしくお願いします。

星宮:まぁゆっくりしてってよ。ここはフリースペースだから、何をしてもいい。
置いてあるものも自由に使ってくれてかまわないよ。

―星宮、去る。

悟:へぇ、星宮さん、イケメンなんだな。
雫、もしかして星宮さん目当て?

雫:違うわよ!私はっ……!

悟:なんだよ。

雫:……なんでもない。

悟:ここ本当に自由なんだな。
勉強しているやつもいれば、漫画読んでるやつもいるし、ゲームしてるやつもいる。
あいつなんか寝てるぞ。

雫:ここ居心地がいいのよ。

悟:ふ~ん。で、雫は何するつもり?

雫:勉強だよ。家だとなんだか気が散って。ここだと集中できるんだ。
悟は?勉強しないの?

悟:俺はしない。バカは死ななきゃ治らないからな。

雫:またそんなこと言って……。

あ、あそこの冷蔵庫の中にね、星宮さんのとこの製品も入ってて、それも自由に飲んでいいんだよ。ほら。

―冷蔵庫を開けてみせる

悟:すげぇな。
あ、星宮ワイナリーのグレープジュース……。母さんがよく買ってるヤツだ。

雫:そうなんだ!うちのお父さんもここのワインが好きみたいよ。
あ、このチーズも美味しんだよ。
あとは、ガーリックトースト、レーズンサンドとか―

悟:俺、ちょっと星宮さんと話してくる。

雫:え?う、うん。

【間】

悟:星宮さん。

星宮:ああ、君か。どうしたんだい?

悟:星宮さんから見た俺って、どんな印象ですか。

星宮:随分、唐突だね。

悟:正直に言ってください。

星宮さんは親が金持ちなんですよね。
イケメンで優秀。自由で、なんでも手に入れられる。
みんなに愛されている。

俺みたいな底辺の男を見てどう思いますか?

雫:ちょっと、悟!何言ってるの?

悟:雫は黙っててくれ!
星宮さん、答えてください。

星宮:特になにも思わないよ。
それに、僕は今日、君と会ったばかりだ。君のことを何も知らない。

悟:心の中では、俺のことを見下しているんでしょう?

雫:悟ってば!

―止めようとする雫を突き放す。

雫:キャッ!

星宮:おっと。(雫を支える)
女の子を突き飛ばすのはよくないな。

そうだね……、表面的でしか物事を見ない。
周りの人の気持ちを考えていない、自己中心的な印象かな。

悟:っ!

星宮:聞きたいことはそれだけかい?

悟:……タイムスリップ、できるんですか?

星宮:……どこでそれを。

悟:やっぱりできるんだ!マシンがあるんですか?!

星宮:っと、ひっかけられたのか、僕としたことが……。

悟:俺が産まれる前の両親を見に行きたいんです!

星宮:断る。
タイムスリップの実験をした時、じゅうぶん注意したにもかかわらず、過去に手を出してしまった人がいる。それ以来、このマシンは使っていない。

悟:俺は、そんなことしません!
どうやって、父さんと母さんが出会ったのか知りたいだけです。

星宮:ご両親に直接聞いたらいいじゃないか。

悟:その話になると、口ごもるんです。何があったのか知りたいんです。

星宮:話せる時が来たら、教えてくれるだろう。

悟:いま知りたいんです!お願いします!(土下座)

星宮:おいおい、土下座はやめてくれよ。

―星宮、悟を立たせようとするが、頑として動かない。

悟:そうじゃなければ、このビルから飛び降ります!

雫:悟、何言ってるの?やめて!

星宮:それは困るなぁ。

悟:本気です!俺、もうこんな自分が本当に嫌なんです!

星宮:……。見に行ってどうするんだい?

悟:俺は父親似なんです。パッとしない父親です。
でも、美人で優秀な母親と結婚することができた。
それがなぜか知りたいんです。
わかったら、俺もどうしたらいいかヒントになるんじゃないかと思って……!

星宮:……う~ん。

悟:俺は本気です。

―持っていたカッターを出し、自分の首に向ける

雫:キャッ!

星宮:カッターなんか持ち出して物騒だな……。

悟:俺は本気なんです!こんなんだったら、死んだ方がマシだ!!

星宮:もし過去をいじって、現代に戻ってきた後、どんな結果になっていても、僕は責任は取れないよ。
ご両親を傷つけるかもしれない。
それに、君自身の存在がどうなってしまうかわからない。

雫:そんな……。悟、やめて!

悟:お願いです!俺にチャンスをください!

―カッターを首筋にあてる

雫:悟!危ない!

星宮:……それじゃ、脅迫だよ?

悟:もともと、自分なんか消えてもいいと思ってるくらいだ!
星宮さんが「いい」と言うまで、帰りません!

星宮:……(ため息)チャンスは一回だけだよ。

雫:星宮さん、やめてください!

悟:雫は黙ってろ!!

雫:だったら私も行く!

悟:お前は関係ない!

星宮:雫ちゃん、あのマシンは一人しか乗れないんだ。

いいかい、悟くん。30分が限界だ。
30分過ぎると、自動的に現在に帰ってくるようにしてある。
遠くから見るだけだ。
特に、ご両親と接触することは絶対に許さない。

悟:30分なら何もできません。約束します!

星宮:君が何もしなければ、30分後、ここに戻ってこられる。

悟:はい!

星宮:雫ちゃんは、向こうで待っていてね。

雫:そんな……。悟……。お願い!行かないで!!

―星宮と悟、タイムスリップのマシンがある部屋へ

星宮:これがそのマシンだ。

悟:すごい、これが……。

星宮:やめるなら今だよ?

悟:気持ちは変わりません。

星宮:そうか。じゃあ、まずこの誓約書に署名をしてほしい。
未成年者だから、本当はご両親の了解が必要なんだが……。

悟:親には言わないでください。

星宮:何度も言うが、過去はいじらない。ご両親と接触はしない。この約束は必ず守ること。

悟:約束します。

星宮:行きたい年代と、場所は?

悟:……2007年1月22日、星城(せいじょう)学園大学でお願いします。

星宮:君のご両親が通っていた大学かな。

悟:その日が結婚記念日と言ってました。

星宮:……わかった。
じゃあ、この中に入って椅子に座って、スマートグラスを目にかけて。
眩しいからね。

悟:はい。

星宮:ドアを閉めるよ。

悟:はい。

【間】

星宮:さてと―、悟くん、お待たせ。
僕がこちらで設定し、ボタンを押すと、30秒後には、過去に戻っている。
覚悟はいいかい。

悟:よろしくお願いします!

星宮:約束を忘れないように。

【間】

悟(M):そうして、俺は過去へ戻った。

気がつくと、父と母の通っている大学の前に立っていた。

星城学園大学。
すごい……。本当に過去に戻ったんだ……。

そうだ、30分しかない。父さんと母さんはどこだろう。

―探している悟に、走ってきた誰かがぶつかる。

悟:うわっ!

勝:あ!ごめん!大丈夫?

琴美:ごめんなさい。怪我してない?

悟(M):あ、父さんと母さんだ!
母さん、すごくかわいい……。やっぱり父さんはパッとしないな。

悟:だ、大丈夫です。

勝:ごめんな。俺たち急いでるんだ。

琴美:ごめんね。

悟(M):そういうと、二人は手をつなぎ、外に走り去っていった。

悟:何を慌ててるんだ?……追いかけるか。

【間】

悟:はぁ、はぁ……(息づかいが荒い)ここは……、教会?

―教会の中をのぞき込む

悟(M):……母さんが、何かの冠をかぶっている。なんだ?

勝:ローズマリーの花冠、素敵だよ。

琴美:ありがとう、勝さん。

悟(M):あれは……、家に飾ってあるやつと同じだ。もう色あせてるけど…。

勝:ごめん、本物の指輪はまだ用意できていないけど、これで……。

琴美:じゅうぶんよ。

勝:僕……、私は、いつも笑顔で優しく朗らかな琴美さんが大好きです。
これからもその笑顔が絶えないように、素敵な家庭を作っていくことを誓います。

琴美:私は いつも前向きで頑張り屋の勝さんが大好きです。
これからも思いっきりチャレンジができるように、妻として支えていくことを誓います。

勝:これから私たちは、幸せな時も、困難な時も、共に助け合い、明るく希望に満ちた家庭を築いていくことを誓います。

琴美:誓います。

悟(M):え?これって、結婚式?私服で?招待客もいないのに?それとも練習?

琴美:私、幸せよ、勝さん。

悟:え、ちょ、ちょ、ちょっと待ったぁ!

琴美:っ!

勝:誰だ!

悟:えと、その……。

琴美:さっきぶつかった人……!

勝:琴美さん、大丈夫。僕が必ず君を守る。

君も、琴美さんのお父さんに言われて来たんだな!
僕たちは愛し合っているんだ!
身分の違いがなんだって言うんだ!

悟:え……?

琴美:私は、私の愛する人と結婚したいの!見逃して!

悟(M):結婚を反対されているのか?

―悟を睨みつける勝。その後ろで琴美が涙を流している。

悟:親に反対されて結婚するなんて……、不幸になるに決まってる。

勝:そんなこと誰がわかる!

悟:わかるんだよ!まさに俺がそうだ!子どもが不幸になるんだよ!!

―悟、琴美に走り寄り、勝から引き離す。

悟:母さん、こっちだ!

琴美:きゃあっ!

―琴美の手を取り、教会の外へ飛び出す。

琴美:離してっ!勝さん!

勝:琴美さん!やめろ!琴美さんを離せ!!!

悟(M):外に飛び出した途端、俺と母さんの前に黒塗りの高級車が立ちふさがり、男たちが出てきて、母さんを車の中に押し込み去っていった。

あっという間の出来事だった。

悟:……え?

―その瞬間、眩しい光に包まれる。

悟:うわっ!

悟(M):気がつくと、俺は見知らぬ部屋に立っていた。

琴美:敏輝(としき)さん。もう時間ですよ。着替えは終わりましたか?

悟(M):としき……?振り向くと、母さんが無表情で立っていた。

琴美:外で車が待っています。

悟(M):俺の名前、変わってる……?ここは、俺の部屋?制服もいつものと違う……。

悟:と、父さんは?

琴美:午後から幹部会議で、いまは、新聞を読んでいらっしゃるわ。

悟(M):居間を見ると、……俺の知らない男の人がいた。

琴美:さぁ、早くなさい。

悟(M):何がなんだかわからず外に出ると、女子生徒たちが大勢集まっていた。
俺が出てくるのを待っていたようだ。

琴美:お嬢さん方、いつもありがとう。ほら、敏輝さん、ご挨拶なさい。

悟:え……?ああ、おはよう……。

―女子生徒たちの黄色い声があがる。

悟(M):なんなんだよ、こいつら。

―車に乗り込む

橘(運転手):相変わらず、坊ちゃまは、人気者でございますね。
では、車を出します。

悟:どこに行くんですか?

橘:もちろん学校ですよ。

悟:学校って?

橘:「星城学園大学附属高等学校」です。
どうされたんです?いつも通っている学校ではありませんか。

悟:え、あ、いや、寝ぼけてるのかな……。

橘:珍しいですね。

悟(M):俺が通っていた高校と違う……。
過去を変えてしまったからか?
車で通学?
さっきの人が父さん……。
でも、俺の知っている父さんじゃなかった。
母さんは同じだけど、無表情になっていて口調も冷たい。

悟:……。あの、悪いんですけど「星宮タワー」に寄ってくれませんか。

橘:いまからですか?学校に遅刻してしまいますが……。

悟:いいんです。

橘:ですが―

悟:急いで確認したいことがあるんです。

橘:……わかりました。

【間】

悟:星宮さん。戻りました。悟です。

星宮:悟くんかい?
ここに戻って来なかったから、約束を破ってしまったんだなと思っていたよ。
随分と環境が変わったようだね。

しかし、奇跡的に「悟」くんの記憶は残っているんだ。
とりあえず、無事でなによりだよ。

悟:あの、星宮さん。僕のことを覚えていますか?

星宮:いや、覚えていないよ。
ただ、データとして記録に残しておいたから。

悟:俺は「森川 敏輝」になったんですか。

星宮:君のお母さんは、山崎財閥のお嬢様だったんだ。
大学を卒業したら、森川財閥の御曹司と結婚する予定だった。
もちろん、お母さんの意思ではない。

悟:あれは……、駆け落ち?

星宮:そのようだったけど、引き離されてお母さんは、結局、森川家に嫁ぐことになった。
だから、いまの君は「森川 敏輝(としき)」だ。

悟:父さんは……?

星宮:「海野 勝」さんは、僕の会社で働いているよ。
黙々と、真面目に仕事をやってくれている。

真面目過ぎるところもあって、体調を崩すことがあるようだから、
社内カウンセリングを受けてもらっている。

でも、スキルアップしようと、目標も持っているようだ。
仲間からも信頼されているよ。

悟:結婚は……?

星宮:独身だよ。

悟:……。あ、雫……、雫は?

星宮:雫ちゃんから、手紙を預かっているよ。

悟:手紙?

星宮:君がタイムスリップして、過去をいじらず帰ってきたら、以前のように雫ちゃんは君のそばにいたけど、
過去をいじったら会えなくなるかもしれない。

そう説明したら、泣いてしまってね。
君宛の手紙を書いて、俺に預けて帰ったよ。
過去をいじってしまった時に渡してほしいとね。

これだ。

―手紙を渡す

雫(M):
「悟へ。ずっと言えなかったけど、私は悟のことが大好きでした。
悟は自分に自信がなかったようだけど、本当の悟は、心の優しい誠実な人。
いじめっ子から私を守ってくれたこともあるし、落ち込んでいた私を笑わせてくれた。
ご両親のいいところをもらってうまれたんだよ。
だから、胸を張って生きてほしいです。

星宮さんから、悟の行動次第では二度と会えなくなるかもれないと聞いて、胸が張り裂けそうです。
もしそうなったらこの手紙を悟に渡してください、と星宮さんにお願いしました。

星宮さんは、幼いころ、実の親から捨てられた過去があるそうです。
それでも挫けず、勉強に励んでいたところ、子どもがいなかった星宮家に養子として迎えられたって。
だから、不幸な子どもたちには、影日向となって手を差し伸べてくれている人です。
どんな環境でも、人一倍努力したのが、いまの星宮さんなんだよ。

悟、元気でね。またどこかで会えるといいな。
大好きです。雫」

悟:しず…く……。

星宮:それと、これ。

悟:これは、ローズマリーの栞……。

星宮:ローズマリーは「二人の愛が永遠に続くように」という思いを込めて、結婚式で花嫁が身につけたり、招待客に配ったりという習慣もあったと伝えられている。

悟:それで、母さんはローズマリーの花冠を……。
雫も、ローズマリーの栞を本の間に挟んでた。

星宮:ローズマリーの花言葉はいくつかあるが、雫ちゃんは、こう言っていたよ。
『私を思って』とね。

でも、君が望んでいた通りになったんだろう?
頭もよくて、家柄もよく、女子にモテて……

悟:違う……

星宮:何が違うんだい?

悟:俺は……みんなから嫌われていると思って……

星宮:みんなに好かれるなんてこと、あり得ない。
実際、みんなから嫌われていたのかい?
雫ちゃんに聞いたら、そんなことはないと言っていたよ。

君のことを大事に思ってくれる人がいた。
それに君は気づこうとしなかった。

悟:俺は……

―琴美が入ってくる

琴美:敏輝さん!

悟:母さん……、どうして……。

琴美:橘から連絡が入って来てみたら……。

星宮様、お忙しいのに、うちの息子がご迷惑をおかけしまして申し訳ありません。

星宮:いいえ。貸していたものを返しにきてくれただけですよ。

悟:母さん!俺の本当の父さんは?

琴美:何を言っているの?あなたのお父様はちゃんといるじゃない。

悟:違う!「海野 勝」だよ!

琴美:え……

星宮:君のお父さんは「森川 一輝(かずき)」さんだよ。
君は「森川 敏輝」として生きていくんだ。

悟:そんな……。

星宮:君は約束を破った。周りのことがまったく見えてなかった。それがこの結果だ。

悟:……雫、雫に会いたい。雫はここに来ていますか!

星宮:来てるよ。学校が終わったら来るんじゃないかな。
でも、「悟」くんのことは、知らない。

悟:そんな……、嫌だ!こんなはずじゃなかった!父さん!母さん!雫!

星宮:人は、生まれた時にもらったカードで勝負するしかないんだよ。
あとは君次第だ。

琴美:敏輝さん、さっきから何を言っているの。
遅刻だなんて、森川家の恥です。
将来、森川家を継ぐためにしっかり勉強してください。

悟:母さん!母さんは「海野 勝」さんが好きだったんだろ?!

琴美:そのような方は、存じ上げません。

悟:同じ大学にいたでしょ?恋人だったんでしょ?

琴美:……。いたかもしれませんね。
でも、大学には、大勢の学生がいるんですよ。覚えていません。

悟:嘘だ!!

琴美:いい加減になさい!どうして急に反抗するようになったの?

悟:そうだ……。ローズマリー。ローズマリーの花冠!!

琴美:っ!(顔色が変わる)

悟:覚えてるだろ?海野 勝さんと、教会で結婚式をあげて―

琴美:いい加減にして!!!

悟:母さん!!

琴美:何をいまさら……。
どこで調べたのか知らないけど、もう終わったこと!過去のことよ!
蒸し返すのはやめて!!

悟:いまの父さんを、本当に愛してるの?!

琴美:……!!

―思わず、悟を平手打ちする琴美

悟:いっ……!!!

星宮:森川さん、敏輝くん、落ち着いてください。

琴美:星宮様、お見苦しいところをお見せしてしまい、誠に申し訳ございません。

敏輝さん、私は森川家を支えること、あなたを立派に育てることが努めと思って、いままでやってきました。
それをいまさら……。

早く、学校にお行きなさい。……私は、家に戻ります。

―琴美、去る。

悟:母さん!!

星宮:悟くん。やめるんだ。

悟:でもっ、これじゃあ……

星宮:君が変えたんだ、元に戻すことはできない。
これ以上、傷つく人を増やしてはいけない。

悟:じゃあ、せめて、父さんをっ!

星宮:思いあがるのもいい加減にしなさい!!
自分のこともコントロールできなかった人間が、他人のことに口を出すんじゃない。

悟:……俺はどうしたら……。

星宮:現状を受け入れて、しっかり勉強しなさい。
君はもともと自由だったはずだよ。

悟:自由?どこがですか!

星宮:自由は、自分で決めることができる状態のことだよ。

君は不健康だったかい?

悟:いえ……。

星宮:「健康な体」はそれだけで大きな財産だよ。ご両親のおかげだ。

「人間関係」はどうだった?いじめられていたかい?
支えてくれる人が一人もいなかったかい?

悟:いじめられてなかったです。
支えてくれた人は……、親、雫……。

星宮:「お金の自由」はどうだった?

悟:星宮さんほど金持ちではなかった、けど……

星宮:不自由ではなかっただろう?
これも、ご両親のおかげだ。

「時間の自由」はどうだった?
毎日充実していたかい?

悟:それは、してないです……。何をしてもダメだと思って、趣味も部活もしてなかった。

星宮:忙しすぎて、自分自身のために使える時間がないのもよくないが、
これからは自分のやりたい事や、趣味を探してやってごらん。
視野を広げて、たくさんの経験をするんだ。

悟:でも、孤独です……。

星宮:だろうね。

どれだけお金があったとしても、お金だけでは虚しさしか残らない。

家族、恋人、友人から「必要とされる存在になること」で精神的に満たされるんだ。
「自分を必要としてくれる人がいる」というのは自信になる。
そのためにも自分自身を磨いて、人から必要とされる人になるんだ。

悟:雫……。

―橘、入口付近から声をかけてくる

橘:敏輝坊ちゃま。そろそろ学校に行きませんと……。

星宮:ああ、お待たせして申し訳なかったですね。
話は終わりました。
急いで、敏樹くんを学校に連れていってください。

橘:はい。さ、坊ちゃま。

―悟、呆然としたまま。運転手に手をひいていかれる。
―雫の手紙とローズマリーの栞を見て、声を押し殺して泣く。

悟:雫……父さん、母さん……うう……。

橘:大丈夫でございますか?

悟:……帰りもまた星宮タワーに寄ってもらえますか。
あとは、自分で帰りますから。

橘:寄ることはできますが、お一人でご帰宅はいけません。
わたしも叱られてしまいます。

悟(M):なんだよ……。いまのが不自由じゃないか……。

【間】

―学校が終わり、星宮タワーへ
―雫を探す悟

悟(M):来てるかな……?あ……、いた。

悟:しず……!

―声をかけようとして、やめる

悟:ダメだ。雫の中に、悟の存在はいないんだ……。
どうしたら……。

そうだ!この栞。

―ローズマリーの栞を手に持つ

悟:あの……、失礼ですが「水川 雫」さんですか?

雫:え?はい、そうですけど……。

悟:この栞は、あなたのものですか?

雫:あ、はい、そうです。落としたのかな。
あれ……?

―本のペラペラとめくる

雫:……挟んである。

悟:後ろに、「悟くんへ 雫より」と書いてあるんだけど……。

雫:「悟くん」?

悟:……。

雫:その栞と文字は、たしかに私のものですけど、どこで……。
「悟くん」って……。誰だろう……。

悟:……別の部屋でこれを拾って、星宮さんに聞いてみたんだ。
「雫」さんって方、来ていますか?って。

雫:そう、ですか……。

悟:あの、もしよかったら、この栞、僕がもらってもいいかな。

雫:え……?

悟:……俺は……、俺の名前は……「森川 敏輝」

雫:森川って……、あの森川さん?!

悟:……あの森川って、どの森川かわからないけど……

雫:森川フーズ株式会社の!
社長が「森川 一輝(かずき)」さんで、
「森川 敏輝」さんって、その息子さんですよね。

悟:……有名なの?

雫:もちろんですよ!

え、でも、そんな方が、私の栞だなんて……。
しかも、他の名前が書いてありますし……。
といっても、その名前に覚えはないんですけど……。

悟:……気にしないよ。君がよければ、これが欲しいんだ。

雫:どうしてですか……。

悟:どうしてだろうね。あ、変な奴だと思ったかな?

雫:いえ、そんなことは……。

悟:……もらってもいいかな?

雫:えと、は、はい。

悟:ありがとう。うれしいよ。

雫:……。

悟:……あの、

雫:はい。

悟:君が嫌でなければ、一緒に勉強してもいいかな。

雫:へっ?!
あ、やだ!変な声でちゃった!

悟:ハハハ、変わらないね、雫は。

雫:わ、私のこと、知ってるんですか?

悟:あー、えーと、うん。
俺も時々、ここに来てて、君のこと気になって―
あ、いや……、なんていうか……。

雫:え……。

悟:迷惑でなかったら、友だちになってくれないかな。
俺、友だちがいなくてさ。
親の目が厳しいし、自由時間もあまりなくて。
唯一、ここに来る時が自由なんだ。

雫:そう、なんですか……。
でも、私とじゃ身分の違いが―

悟:関係ないよ。身分や地位なんかで、人ははかれない。
そんなことを気にしないでほしい。
俺が、友だちになりたいと思った人と……、その……

雫:……(笑顔で)わかりました。

悟:え?

雫:私なんかでよければ、お友だちになりましょ!

悟:あ、ありがとう。すごくうれしいよ。

雫:じゃあ、友だちになった証に―、はい。

―雫、手を出す

悟:え?

雫:握手。

悟:ああ、うん。よろしく。

―手を握る

雫:こちらこそ。
で、今日は?一緒に勉強します?

悟:あー、今日は、その……、運転手を待たせているから、またにするよ。

雫:じゃあ、また今度ですね。

あ、あの人が運転手さん?
なんだか心配そうにこちらを見てますよ。
はやく行ってあげないと。

悟:ああ、そうだね。じゃあ、また、今度。

雫:はい。

―笑顔で手を振る雫
―出口に向かう悟

悟(M):雫、変わってない……。よかった。

星宮:よかったね。

悟:星宮さん……

星宮:そのローズマリーの栞が、また二人を引き寄せたんだ。

悟:……はい。

星宮:ローズマリーはね、シェイクスピアの「ハムレット」にも出てくるんだ。
復讐のため狂気を装ったハムレット。
恋人であるオフィーリアはショックのあまり本当に狂気に陥ってしまい、
兄をハムレットと勘違いし、兄にむかって「愛しい人、私を忘れないで。」と言いながら花を差し出す。
その花がローズマリー。「愛と記憶」の象徴だ。

これから、いろんなことがあると思うけど―

悟:もう……、俺は逃げません。

いまさらかもしれないし、何ができるかわからないですけど、
自分勝手な行動でみんなを傷つけてしまった分、
俺はできる限りのことをして、みんなを大事にします。
俺がみんなを忘れないから。

星宮:なるほど、君はローズマリーで「再生」したんだね。

悟:「再生」?

星宮:それも、ローズマリーの花言葉のひとつだよ。

悟:ありがとうございます。
父さん、いや「海野 勝(うみの まさる)」さんのこと、よろしくお願いします。
いずれは俺も―

星宮:ああ。でも、まずは、自分自身をたてなおすことからだな。

悟:はい。

では、また来ます。

星宮:うん。待ってるよ。

悟:はい。

―運転手に

悟:待たせて申し訳ない。

(気合をいれるように)

よし、行こう。

―前を向いて歩きだす悟

Fin.

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ローズマリーは、多くの花言葉を持っている品種。
『追憶』『思い出』『記憶』『献身』『貞節』『あなたは私を蘇らせる』
『誠実』『変わらぬ愛』『私を忘れないで』『静かな力強さ』
「愛」に関係するものが多いので、誰に贈っても喜ばれる品種のひとつ。
古代ギリシャの時代から、お祝い事や結婚式にローズマリーが使われていた。