古典落語声劇『桃太郎』 [0:2]

 [0:2](凛アレンジ:一人読み可)※約20分

【登場人物】

■母親/語り:

■きん(娘):生意気

※「枕」は自由にアレンジしてください。

※語尾変更、アドリブ可

――【枕】――

「読み聞かせ」してもらったことがありますか?大抵の方はあると思います。寝る前に「絵本を読んでぇ」とせがんだりしてね。

聞いているうちに眠くなってくるんですけど、そうすると親が読むのをやめるので、気がついて「(眠そうに)続きを読んでぇ」なんて、またせがんで……。

親も一日働いてますからね。読んでる途中で、親のが眠くなってきて、話がとまる。

「ああ、お母さんも疲れてるんだな、寝かせてあげよう―」

なんて思う子どもはそうはいない。揺さぶって、続きを読ませようとする。

聞いて素直に寝てくれればいいんですけどねぇ。それは今も昔も変わらないものです。

――【枕ここまで】――


母親:きん、いつまで起きてるの。子供はもう寝る時間だよ?
さ、早く布団ふとんに入って寝なさい。

きん:ん~、でも、あたい、まだ眠くないよぉ……。

母親:今は眠くなくても、布団ふとんに入って 目をつぶってれば、すぐに眠くなるから。
早く寝て早く起きるのが、いい子ってもんだよ。夜いつまでも起きてるのは、悪い子なんだから。そんな悪い子の所には、こわーいオバケや妖怪が出ちゃうんだよ~。

きん:(恐がって)うわあああああああ!!寝る!!寝るよォ~~!!

母親:よしよし、いい子 いい子。ちゃんと布団に入ったね。そうやって いい子にしてれば、オバケも妖怪も、どっか行っちまうからね。
じゃあ、きんが眠くなるように、今からおっかさんが 面白い話をしてあげるからね。聞きながら寝るのよ?いい?

きん:うん、わかった。

母親:むかーし むかし、ある所に、おじいさんとおばあさんが住んでいました。
おじいさんは山へ柴刈に、おばあさんは川へ洗濯に行きました。おばあさんが川で洗濯をしていると、川上から大きな桃が どんぶらこ どんぶらこ と流れてきました。

おばあさんは その桃を持って帰り、割ってみようとすると、中から男の子が飛び出しました。おじいさんとおばあさんは、この子に「桃太郎」という名前を付け、大切に育てました。

やがて大きくなった桃太郎は、鬼ヶ島へ鬼退治に行くことになりました。おばあさんは、とてもおいしい きびだんごを たくさん作って、桃太郎に持たせてやりました。

鬼ヶ島への道中、犬・猿・雉が、「桃太郎さん 桃太郎さん、お腰に付けた きびだんご、ひとつ私にくださいな」と言うので、桃太郎がきびだんごをやると、その3匹が お供として ついて来てくれました。

鬼ヶ島に着いた桃太郎は、お供と力を合わせて鬼をこらしめ、宝物をたくさん持って おじいさん おばあさんの元へと帰りました。めでたしめでたし。

どう?きん、おもしろいでしょ?   

……きん?   

きん:(寝息)すー、すー……

母親:寝ちゃった……ふふっ、子供なんてのは、無邪気なもんだねぇ。

【語り】……と言った具合に、子供が素直に寝たというのは、ひと昔前の話でして―

母親:ちょっと、きん、いつまで起きてるの。子供はもう寝る時間だよ?さ、早く布団に入って寝なさい。

きん:ん~、でも、あたい、まだ眠くないよぉ……。

母親:今は眠くなくても、布団に入って 目をつぶってれば、すぐに眠くなるから。早く寝て早く起きるのが、いい子ってもんだよ。夜いつまでも起きてるのは、悪い子なんだから。そんな悪い子の所には、こわーいオバケや妖怪が出ちゃうんだよ~。

きん:オバケや妖怪~?あはっ、あはははは!

母親:何がおかしいのさ。

きん:このご時世にオバケだの妖怪だのって……、おっかさんもカワイイこと言うねぇ。

母親:おまえ、オバケや妖怪が恐くないって言うのかい!

きん:当たり前だよ~。オバケや妖怪を恐がってるようじゃ、スッピンのおっかさんの顔、マトモに見られないよ。あっ いっけない!!

母親:ちょッ!!いいから寝なさい!!

きん:こわっ!!おっかさん、お化けより怖い!!余計、目が覚めちゃったよぉ。

母親:眠くなくても寝なさい!

きん:んもぉ~、いつもそうだよ……。眠くもないのに無理やり寝ろだなんて……。いくら親だからってねぇ、そういう強権的なやり方はどうかと思うよ。

母親:親に向かって、その言いぐさはなんだい。いいから布団に入りなさい!オマエが寝られるように、おっかさんがおもしろい話をしてやるから。

きん:おもしろい話~?おっかさんが「おもしろい話」って言うときは、だいたい つまんない話だからなぁ。

母親:うるさいねぇ、この子は。大丈夫だよ、今日のは ちゃんと おもしろい話だから。
いいから布団ふとんに入りなさい!

きん:(ため息)ハァ~。しょうがないなぁ。じゃあ ここはひとつ、おっかさんの顔を立てて、お布団に入るとしますか。

母親:ゴチャゴチャ言わなくていいんだよ。ったく……

(きん、布団ふとんに入る)

よし、入ったね。いい子だ いい子だ。
じゃ話をしてやるから、聴きながら寝るんだよ?いいね?

きん:あのねぇ お母上。

母親:なによ、あらたまって。

きん:聴きながら寝ろとおっしゃいますけどね、寝てしまったら人間は意識を失うんですよ?意識を失ったら 話を聴こうと思っても聴けないんですよ?
聴きながら寝るなどというのは どだい無理な話。聴くか寝るか どちらかにしていただかないと。

母親:はぁ~、うるさいねぇ いちいち。つまんない理屈こねるんじゃないよ。
とにかく横になって聴いてりゃいいのよ。聴いてるうちに眠くなって寝ちまったら、もう聴かなくていいんだよ。

きん:あ、横になって聴いてて、寝ちゃったら もう聴かなくていいの?
そういうことなら分かりました。
それじゃあ横になって聴こうじゃありませんか。
さ、聴いててあげるから、まぁちょっと やってごらんよ。

母親:オマエは噺家の師匠か。(咳払い)むか~し むかし……

きん:何年くらい昔?

母親:な……!何年も何も、むかーしむかしは、むかーしむかしだよ。

きん:年号は?

母親:年号……!?そんなものは、ないよ。

きん:ええ~?それは おかしいよ。いくら昔でも、年号ぐらいあるでしょ?古ければ元亀(げんき)とか天正(てんしょう)とか。新しければ天保(てんぽう)とか安政(あんせい)とか。年号がないなんて、そんなバカなことないよ。

母親:うるっさいねぇ。年号なんかないくらい、昔の話なんだよ!

きん:年号がない……!?よっぽど昔の話なのかな……。

母親:そうだよ!どうでもいいじゃないの、年号なんか。
昔から この話の始まりは、「むかーし むかし」って言うことになってるんだ。
いいから聞きなさい。   

むか~し むかし、あるところに……

きん:どこ?

母親:え?

きん:「あるところ」って、どこ?

母親:どこって……。「あるところ」は「あるところ」よ!

きん:おっかさぁん、「あるところ」なんて所は この世にはないよ。いくら昔でも、国の名前ぐらいあるでしょ?大和とか武蔵とか、摂津とか駿河とか。

母親:国の名前なんかないくらい、昔の話なんだよ!

きん:国の名前がない……!?縄文時代より前かな?

母親:知らないよ!   

きん:おっかさん、顔が般若になってるよ?

母親:とにかく!あるところに、おじいさんとおばあさんが住んでいました。

きん:おじいさんの名前は?

母親:名前……?名前なんかないよ!

きん:名前がない……!?じゃ歳は?

母親:歳もないよ!

きん:おっかさんは何歳?

母親:うるっさいね!!女に歳なんか聞くもんじゃないんだよ!

きん:ねぇ……、おとっつあんに変わってくれないかなぁ。あたい、明日ちゃんと目が覚めるか心配になってきたよ……

母親:おとっつあんはもう寝てます!あたしが寝かせました!!

きん:え、息してる?

母親:たぶんね。と・に・か・く、おじいさんの名前と歳はありません!!

きん:名前も歳もない……!具体的な情報が一つもありませんねぇ……。

母親:うるさいなぁもう。いちいち突っかかってくるんじゃないわよ。ちっとも話が進まないじゃないのさ。
じゃあ、おじいさんは、「平泉 成(ひらいずみ せい)78歳!」 

きん:だれっ?!

母親:もう、いいから黙って聴きなよ!

きん:はぁ~い。

母親:(きんに邪魔されないように早口ぎみに)「平泉 成」は山へ柴刈り、おばあさんは川へ洗濯に行きました。

きん:ねぇ。

母親:なによ。

きん:おばあさんの名前と歳は?

母親:はぁ?

きん:さっき、誰かしらないけど、おじいさんは「平泉 成(ひらいずみ せい)78歳!」って言ったでしょ?当然、おばあさんにも名前があるはずでしょ?

母親:う~~、じゃあ、おばあさんは「泉 ピン子 75歳!」

きん:あ、「泉」つながり?しらない人だけど、なんだか「怖い」って感じがする。

母親:「泉 ピン子」が川で洗濯をしていると、川上から大きな桃が流れてきました。「泉 ピン子」は その桃を持って帰り、割ってみたら、中から男の子が飛び出しました。

「平泉 成」と「泉 ピン子」は、この子に「桃太郎」という名前を付け、大切に育てました。
やがて大きくなった「桃太郎」は、鬼ヶ島へ鬼狩りに行くことになりました。

「泉 ピン子」は、とてもおいしい きびだんごを たくさん作って、「桃太郎」に持たせてやりました。

鬼ヶ島への道中、犬と猿と雉が、「桃太郎さん、桃太郎さん、お腰に付けた きびだんご、ひとつ私にくださいな」と言うので、桃太郎がやると、その3匹が お供として ついて来てくれました。

きん:ねぇ。

母親:なに?

きん:その犬と猿と雉の名前は?

母親:ありません!

きん:それはダメでしょ。これから一緒に旅をして、鬼を退治するという危険なミッションがあるんでしょ。「犬!いけ!」じゃ、連帯感ってものがこう……

母親:あ~、じゃあ、犬は「猪八戒」、猿は「孫悟空」、雉は「沙悟浄」!!

きん:それ、違う話じゃないの?

母親:いいの!!!

鬼ヶ島に着いた桃太郎は、お供と力を合わせて鬼をこらしめ、宝物をたくさん持って「平泉 成」と「泉 ピン子」の元へと帰りました。めでたしめでたし。

おもしろいでしょ?どう?寝た?
うわッ……

きん:(目を見開いて母親をにらんでいる)じー……

母親:寝るどころか 目ぇむいてにらんでるよ。
寝なさいって言ってんだから、目くらいつぶりなさいよ。

きん:あのねぇ、おっかさん。おっかさんの話を聴かなけりゃあ、もしかしたら寝られたかもしれないけどね。あんなバカバカしい話を聴いちゃったら、神経が高ぶって、目が冴えちゃったよ。

母親:な、何がバカバカしいんだよ。

きん:何がバカバカしいって…、おっかさんが今した話、それ「桃太郎」でしょ?

母親:そうだよ。いい話でしょ?何がバカバカしいんだよ。

きん:桃太郎がバカバカしい話だって言ってるんじゃないんだよ。おっかさんが桃太郎のこと なんにも分かってないで話すからバカバカしいって言ってるんだよ。

母親:はあ?どういう意味よ?

きん:あのねぇ、おっかさんは知らないかもしれないけど、桃太郎というお話は「日本の五大昔話」に数えられるぐらいの名作なんだよ?それだけ よくできた お話なんだ。そこんとこ分かってんの?それを あんな いい加減な話し方したら、お話が可哀相だよ。

母親:オマエみたいな子供を寝かしつけなきゃならない あたしのほうが よっぽど可哀相だよ。桃太郎の何を知ってるって言うんだよ?

きん:おっかさんよりは知ってると思うよ。いい?まず始まりのところ。
「むかし むかし あるところに」。   

おっかさんは 年号も国の名前も無いくらい昔の話だなんて いい加減なこと言ってたけどね、こうやって時代や場所をハッキリさせてないのには、ちゃんとワケがあるんだよ?   

これは子供に聴かせる おとぎ話。具体的な年号や地名を入れたって、子供には難しくなるだけなんだよ。

それにね、元亀(げんき)とか天正(てんしょう)とか、特定の年号を入れちゃうと、その時代から離れた時代の人たちにとっては馴染みの薄~い お話になっちゃうかもしれない。

同じように、大和とか武蔵とか 特定の地名を入れちゃうと、その土地から離れた所の人たちにとっては馴染なじみの薄~い お話になっちゃうかもしれない。

いつの時代の どの地域の人にとっても馴染なじみがある話になるように、時代や場所を超えて いつでもどこでも語り継がれるように という願いを込めて、わざと時代や場所を曖昧あいまいにしてるんだよ。   

分かった?

母親:(心底 感心して)へえ~~~~!そうだったの!知らなかったなぁ。

きん:それから「おじいさんとおばあさん」。

これはね、本当はお父さんと お母さん。両親のことなんだよ。だけど さっき言ったように これは子供に聴かせる おとぎ話。

両親は子供を甘やかすだけじゃなくて時々厳しく叱るけど、おじいちゃん おばあちゃんは たいてい孫には甘いよね。

だから「おじいちゃんのお話」「おばあちゃんのお話」としたほうが子供が愛着を持って聴きやすいだろうということで、ここでは「おじいさん おばあさん」ということにしてあるんだ。

それから「おじいさんは山へ柴刈に、おばあさんは川へ洗濯に」っていうところ。これは何も二人の習慣を描いてるだけじゃないんだよ?

おばあさんが行った川。これは、本当は海のことなんだ。だけど海の水は塩水。塩水で洗濯ってのは おかしいから、海と同じく水に縁のある場所ということで、川にしてあるの。

おじいさんは山にいて、おばあさんは海にいる。これは、「父の恩は山よりも高く、母の恩は海よりも深い」ということを表している場面なんだよ。分かった?

母親:(心底 感心して)へえ~~~~!なるほどねぇ!ちょっと!お前さん!こっちに来て、一緒にきんの話 聞いてみなよ!大人が聴いても ためになるからさぁ!

きん先生、続きをどうぞ。

きん:それから桃の中から男の子が生まれるけどね、実際に桃から人間が産まれるなんてことは あり得ないよ。人間の子供というのは、果物の桃からじゃなくて、お母さんの股(もも)の間から産まれるものなんだ。

母親:ちょっと待ってぇ!!!誰に聞いたのよ!!

きん:おとっつあん。

母親:アイツ……

きん:桃の果実は、邪気を打ち払い、不老不死をもたらすありがたい果物だと言われてるんだよ。だから 桃の中から男の子が生まれるこの場面は、「子供は神様からの授かりものである」ということを表してるんだよ。   

それから「鬼ヶ島」だけどね。もちろんこれも、実際に そんな島があったって言うんじゃないんだよ?これは、人間が生きる世界、「世間」をたとえたものなんだ。

そして「鬼」というのは、その世間を渡るうえで 降りかかって来る「苦労」とか「苦難」のこと。つまり「鬼ヶ島へ行く」というのは、苦労や苦難の多い世間に出るということであり、「鬼退治」というのは、「世間の荒波にもまれ、それを乗り越える」ということなんだよ。   

いいかいおっかさん?

「渡る世間に鬼は無し」なんて言うけど、世間はそんなに甘くないよ?「渡る世間は鬼ばかり」だよ?ボーっとしてちゃダメなんだよ?

母親:「泉ピン子」と「角野 卓造(かどの たくぞう)74歳」にすればよかった……

きん:だから、名前がないからいいんだって。「誰?」ってなって気になって気になって眠れなくなるよ。

それから おっかさん、「とてもおいしい きびだんご」なんて言ってたけどね、とんでもない話だよ。   

キビなんてのは、五穀の中でも とりわけ粗末な物なんだ。今 そこらへんで売ってるキビダンゴが美味しいのは、調味料とか調理技術が発達したり、そもそもキビじゃなくて白玉粉で作ったりしてるからなんだよ?   

今のキビダンゴと、桃太郎に出てくるキビダンゴは もう別物。お世辞にも おいしいなんてシロモノじゃなかったと思うよ。そんな 粗末で美味しくもないキビダンゴを持たせたのは、「贅沢をしてはいけない」という戒め。無駄な散財をせず、質素倹約に努めなさいという教えが込められてるんだ。 

分かった?

母親:そんなことは、分かってるよ。明日から、おとっつあんの酒代とたばこ代、お小遣いはなしにします。

きん:それから、犬と猿と雉を お供にするけどね、これは どんな動物でもいいってわけじゃないんだよ?   

犬は、「3日飼われたら その恩を3年忘れない」と言われるほど「仁義」に厚い動物。
猿は、人間を除けば 最も「知恵」のある動物。
雉は、卵がヘビに狙われたら、自分をオトリにして卵を守る「勇気」のある鳥。   

つまり犬は「仁義」、猿は「知恵」、雉は「勇気」を表していて、この3匹をお供にするというのは、三徳(さんとく)すなわち「智仁勇(ちじんゆう)」という3つの徳を身に付けなさいという教えなの。   

そうして この3匹の お供ともと協力して鬼をやっつけて――つまり「世間の荒波を乗り越えて手に入れる宝物」。これは世間における「信用」とか「地位」「名誉」「財産」といった物のこと。   

だからね おっかさん、この桃太郎という お話は、両親の恩を忘れず、質素を守り、三徳を身に着け、そして世間の荒波を乗り越え、信用や地位や名誉や財産を手に入れて、世の中の役に立つ立派な人間になり、また、そうすることで両親に恩返しをする ―― そういった、人としての正しい生き方を、子供にも聴きやすい おもしろい話に包んで教えてくれてる、ありがた~いお話なんだよ?

それぐらいよくできた話しを、あんな云い方したら、値打ちもなにもなくなるよ。

おっかさん、あたいの前だからいいけど、よそへ行ってあんなこと云うたら恥をかくからね。親の恥は子の恥。あたいまで辛いんだから、そんなこと云わないでよ。
わかった?

……おっかさん?聴いてる?おっかさん?

母親:(むにゃむにゃ)しゅごい話らったんだねぇ……(寝息)

きん:あ~あ、寝ちゃってる。今どきの親なんてのは、無邪気なもんだなぁ。

【終演】