落語声劇『祭』(長屋噺)

 【登場人物】(♂1:♀1)

寅吉:鳶職、火消し、喧嘩っ早い。祭り好き。

りん:女房

枕(語り):どちらかが兼ね役。

※約15~20分

※枕(語り)は、どちらかが兼ね役。

※アドリブは、相手の迷惑にならないようなら可。

鳶で火消しの寅吉と女房りん。同じ長屋に住んでいる、浪人の象二郎(しょうじろう)についてあれやこれや話しています。江戸時代の町民の生活を切り取った、そんな内容です。

落語「佃祭(つくだまつり)」と「厩火事」を少し絡めた噺にしました。この噺の後、この二つの話を聞くと、より楽しめると思います。


----【枕】------------------------------------

「火事と喧嘩は江戸の花」

「宵越しの金は持たない」

といいまして、江戸っ子は気が早いため派手な喧嘩が多かったこと、火事で燃えてしまうくらいなら手持ちの金を思い切って使ってしまう方がいい、といった江戸っ子の粋な性質と、江戸の火事の多さに対する気持ちが込められた言葉でございます。

火事場では火消しの働きぶりがはなばなしく、火消し同士の喧嘩も多かったようですが、総じて、火消しは、みなから信頼されていた存在だったようです。

また、江戸とお祭りは切っても切れない存在。江戸は「ハレ(非日常)の町」と称されるほど祭りに事欠かない町で、それに加えて、「干支」にちなんでも祭りが行われ、日によって縁日もあり、まぁとにかく、江戸は連日にぎやかな町だったようでございます。

----【枕ここまで】------------------------------------

寅吉:おぅ、おっかぁ!いま帰(けぇ)った。


りん:ああ、おかえりなさい。
……おや、また喧嘩してきたのかい?


寅吉:な、なんだよ。悪ぃか。


りん:頭の手拭い。「喧嘩かぶり」のまんまだよ。


寅吉:あ、いけね。


りん:毎朝毎朝、「今日こそは喧嘩しちゃいけないよ」と言ってんのに……。
ほんとに、おまえさんは気が短いねぇ。

それに、たいして髷もないんだから、手拭いなんか被らなくてもいいんじゃないかい?


寅吉:ばかいうんじゃねえ。
俺ぁ、わざとこういう髷にしてんだよ。


りん:年寄りになれば、そのうち、"ちょん"まげになるのに……


寅吉:うるせぇなぁ!禿じゃねぇんだよ、これは!
好きでやってんだからいいだろ。


りん:で?今日は、どこの誰と喧嘩してきたんだい?


寅吉:隣組の火消し、辰の野郎だ。
あの野郎、今度会ったらただじゃおかねぇ。


りん:またかい……。
火事場では消口争い(けしくちあらそい)。
なにもなくても、顔を合わせれば喧嘩。
どうしてこうも、火消しは喧嘩っ早いのか。
"辰"と"寅"じゃ、仕方がないのかねぇ。
で、きっかけはなんなのさ。


寅吉:
オレが一服してたところ、あいつと鉢合わせしてよ。
辰の野郎、ガンつけてきやがった。

「おやおや、ゆっくりなさって。昼行灯(ひるあんどん)かい。
そんな調子で、日暮れ時までに仕事は終わるのかい?ええ、大将?」

なぁんて言ってきやがったから、カーッときてな。

あの野郎に言われたままじゃあ、男が廃る。
売られた喧嘩は買うのが男ってもんよ。


りん:(ため息)頼むから、「め組の喧嘩」のようにはならないでおくれよ。
おまえさんが無事に帰ってきてくれるか、毎日、気が気じゃないんだよ。

……それにしても、怪我はしてないし、着物も切れてないねぇ。
いつも派手な喧嘩してきて、顔も着物もボロボロんなって帰ってくるのに。


寅吉:それがよ、これからつかみ合おうと思った矢先に、象二郎(しょうじろう)が間に入ってきやがったんだ。


りん:へぇ、止めに入ってくれたのかい。


寅吉:「おぅ、邪魔だ!どきやがれっ!」って言ったらよ、
「ただ、歩いていただけ」
ぼそりそう言って、そのままどっかに行っちまいやがった。


りん:えぇ?通り過ぎただけ?


寅吉:相変わらず、何考えてんだかわかんねぇ野郎だよ。
でもよ、あいつを見て、辰の野郎、びっくりしたのか、
「おぅ、この続きはまたな」って、それで終わっちまった。


りん:象二郎さん、身丈が六尺もあるからねぇ。
よくお相撲さんと間違われるみたいだよ。

でも、"辰"と"寅"の間に、"象"が入ってきたのかい。
そりゃちょいと面白いねぇ。


寅吉:あそこまで大きい野郎は、オレも見たことねぇよ。
しっかしよぉ、あいつ、毎日なにやってんだ?


りん:もとは武士だったようだけどねぇ。
浪人になって、ふらりとこの長屋に越してきて、
いまは「傘張り」をしているみたいだよ。

はじめのうちは、近所の女将さんたちと、
「なんだか、あやしい人が越してきた」っコソコソ話していたんだけど、
よく見ると、目なんかいぬっころみたいで、かわいらしいんだよ。

長屋のこどもたちも、「象さん、象さん」なんて言って、いつの間にかなついててね。
象二郎さんにぶら下がったり、のぼったり……。
なぁんにも言わないでかまってあげてるよ。


寅吉:仕事に出て行かねぇなと思ったら、内職してやがったのか。


りん:たまに、「お囲いの犬」の面倒を見に行くこともあるみたいだよ。
そうかと思うと、道場の稽古を眺めていたり、
碁会所(ごかいしょ)に顔を出して、気が合った人がいるらしく、いつも二人でじっくりと対局していたり、
お茶屋の娘さんにちょっかいだしてる、ごろつきをおっぱらったりしてさぁ。


寅吉:へぇ、ボーっとしてる野郎かと思ったら、腕っぷしも強ぇのか。
なかなかやるじゃねぇか。
俺ぁ、気が短けぇから、碁を打つのはだめだな。


りん:それより、おまえさん、碁なんか打てないだろ?

象二郎さん、もしかして、剣豪だったのかもしれないよ?
近所の女将さんたちと、
象二郎さんは「気は優しくて力持ち」って話をしているのさ。

良いことをしても、それを誰にも言わないし、
そのうち、象二郎さんに良いことが返ってくるよ。


寅吉:はぁ~、そういうもんかねぇ。


りん:そうさ。そうに決まってるよぅ。

でもさ、物静かだと思っていたら、賑やかなのも好きみたいだねえ。

ほら、あたしらが井戸端で洗い物してる時に、
機嫌がよくなったお清さんが唄いだして、
それに、お咲さんと、あたしもつられて唄いはじめたら、
昼間っから酒飲んでたおまえさんも出てきてさぁ


寅吉:んなことあったかぁ?


りん:あったの。

おまえさんは「大虎」になってたから覚えてないんだろ?
長屋の連中がどんどん集まってきて、あれやこれや打ち鳴らしてたら、
象二郎さんもいつの間にか出てきて、なんだか入りたそうにしてたじゃない。
そしたら、おまえさんが「テメェも入ればいいじゃねぇか」って。
それで、うれしそうに仲間に入ってきてさぁ、
長屋中で騒いだことがあったじゃない。


寅吉:覚えてねぇなぁ。


りん:まったくもう……。
おまえさんは、お茶碗をお箸でチャンチキチャンチキ。
桶をひっくりかえして、トントコトントコ太鼓みたいに鳴らしてたよ。
やかましいったらありゃしない。
おかげで、大家さんに大目玉食らったじゃないかぁ。
でも、楽しかったねぇ。あたし、いまだに思い出しては笑うことがあるのさ。


寅吉:おめぇらは、あん時、なに唄ってたんだよ。


りん:……唄?
はて、菜っ葉の唄……だったかねぇ。


寅吉:なんでぇそりゃ。


りん:昼に使う菜っ葉を洗ってたからねぇ。
そん時、思いついた節(ふし)を唄っただけさぁ。


寅吉:けっ、オメェも覚えてねぇんじゃねえかよ。


りん:おまえさんたちが茶々を入れるから、かっ消えちまったよぉ。
なにしろ祭りみたいに大騒ぎになっちまったからね。

あぁ、そういや、象二郎さん、笛を吹いてたね。祭囃子。
きっと祭り好きなんだねぇ。

小間物屋の次郎兵衛(じろべえ)さんが、今度「佃祭(つくだまつり)」に行くって話してたのを聞いたらしく、帰ってきてから、「行ってみたいものだ」ってボソッと言ってたよ。

おまえさんも好きだろ、祭り。連れていってあげたらどうだい?

象二郎さん、しばらく床に臥せっていたけどさ、
ようやく元気になったから、
そのお祝いも兼ねて、連れて行ってあげてよ。


寅吉:ああ、祭りは大好き(でぇすき)だ。
そうだなぁ。連れてってやっか。

しかし、あの野郎がぶっ倒れたって聞いたときゃあ、びっくりしたぜぇ。


りん:ほんとだよぅ。
小石川まで連れて行かないといけないかと……


寅吉:面倒くせぇから、棺桶に突っ込んどけ!


りん:縁起でもないこと言うんじゃないよ!
そんときゃ、長屋中のみんなで、運んであげようって言ってたんだからさ。

でもさ、歯が痛くて、四、五日食べられなくて倒れてたってんだから、
つい笑っちまったよ。
戸隠様に願をかけて、ありのみ(梨)を流しゃよかったねぇ。


寅吉:ちっ、情けねえなぁ。

けどよぉ、佃にゃあ、舟で行かなきゃならねぇ。
あの野郎が舟に乗っただけで沈みそうだぜ。
しかも、泳げねぇってぇと大変なことになるぜ。

オレぁ、いまは鳶やってっけどよ。元は、海育ちで泳ぎは得意だ。
けど、さすがに、あんな象みたいな野郎は助けられねぇよ。


りん:動物は泳げるから大丈夫だろ?


寅吉:人を畜生扱いするなってんだ!


おう、おめぇは行かなくていいのかぃ?


りん:そうさねぇ……
祭りといえば、おまえさんとの思い出もあるから、
行きたい気もするけど、舟はちょっと苦手なの。
沈んだら……と思うと、総毛立つ思いだよ。

佃祭は喧嘩も起きやすいし、女子供は安心して歩けやしないよ。
だから、今回は二人で行っておいでよ。

ああ、終い舟は暮六つだからね。
その前までに帰ってきておくれよ。
終い舟は人でいっぱいになるからねぇ。


寅吉:佃の祭は、海ん中に神輿かついで行くんだろ。
いや~、血沸き肉躍るねぇ。いいねぇ。


りん:血沸き肉躍るのはけっこうだけどさ、喧嘩はやめとくれよ。


寅吉:喧嘩おっぱじまったら、仕方ねぇ。やるだけよ。

おお、そうだ!
佃島に、昔馴染みの仲間がいるんだ。
どうせ行くんなら、そいつんとこ泊って、一晩飲み明かしてぇなぁ。


りん:昔馴染み……?
まさか、女んとこじゃないだろうねぇ。


寅吉:馬鹿野郎、ちげぇよ。
いい歳して、ヤキモチやいてんじゃねぇよ。

船頭の友五郎ってんだ。


りん:ほんとかねぇ。
ま、もしなんか間違いがあったら、
おまえさんの右の二の腕の「りん命」って刺青(いれずみ)が疼く(うずく)からね!


寅吉:カーッ!こわいねえ、女は。


りん:次郎兵衛さんとこの女将さんほどじゃあないよ?

なんせ、あの女将さん、長屋中のヤキモチ背負ってるんじゃないかって、評判だからねぇ。

この前なんか、大家さんのとこに泣きながら駆け込んで、何があったかしらないけど、「うちの人の気持ちが知りたい」って。


寅吉:いちいちそんなことで来られちゃぁ、大家も迷惑だろうよ。


りん:そん時は、「転んだふりをして旦那さんの大事にしている瀬戸物をひとつ壊してみなさい。瀬戸物を心配するか、女将さんに怪我がないか心配するか、それでわかる」って。


寅吉:面白れぇこというなぁ。で、どうなったんでぇ?


りん:もちろん、次郎兵衛さんは女将さんの体を心配したらしいよ。それで女将さん、うれしくって大泣きさ。こちらにも声が聞こえてきたくらいさ。


寅吉:めんどくせぇなぁ……。
おめぇは、そんなことすんなよ。


りん:女は何するかわかんないよ?
佃島いって、おまえさんが間違いをしないか、象二郎さんに言っておこうかねぇ。何かあったら、「斬り捨て御免!」って。
……あ、でも、もう武士じゃないからそれは無理な話だねぇ。残念。


寅吉:亭主を殺す気かよ。ったく、野郎の喧嘩より、質が悪ぃじゃねぇか。
ま、オレたちゃ象の野郎は、佃島のそいつんとこ泊って、
次の日に帰って(けえって)くることにするぜ。


りん:そうかい。ま、楽しんでおいでな。

でも、象二郎さん、病み上がりだからねぇ。
佃島で、また倒れられた日にゃあ、大変だよ?
毎日、力のつくものを差し入れしてあげようかねぇ。


寅吉:おぅ、そうしてやれぃ。

それこそ「後の祭り」にならねぇようにな。

ー終演ー

【豆知識】

・『喧嘩かぶり』:喧嘩をする時の手ぬぐいの被り方。喧嘩になるとすぐに「ちょんまげ」がつかまれてしまって、不利な状況になってしまうので、喧嘩する時に「ちょんまげ」を隠すために被っていた。

・『ちょんまげ(丁髷)』:本来は、兜をかぶったときに頭部が蒸れるため、前頭部から頭頂部にかけ頭髪を抜くあるいは剃った月代(さかやき)に残りの頭髪を結ったものをいう。また、髪の少ない老人が結う小ぶりな髷であり、その形から「ゝ髷」(ちょんまげ)と呼ばれた。

・『町火消し』:町人により組織されたもの。中でも大活躍したのは、高い場所に慣れていて男気もあり、屋根の上で威勢よく纏を振り、恐れず火に立ち向かうことのできた鳶たち。消火方法は、火事場周辺の建物を破壊することによって延焼を防ぐ、破壊消防(除去消火法)。また、火事場では消口争い(けしくちあらそい)と呼ばれる、火消し同士の喧嘩が多かった。消火活動の功名争いが主な原因。
町火消しは、道路や家屋の普請、祭礼の設営や警固、祝い事や催事の運営なども手がけた。火災の鎮火のみならず日常生活においても、町のために尽くした彼らは、必要不可欠な存在として町民から厚く信頼された。

・『昼行灯』:ぼんやりした人、役に立たない人を例える表現。

・『め組の喧嘩』:文化二年二月(1805年3月)に起きた町火消し「め組」の鳶職と江戸相撲の力士たちの乱闘事件。

・『虎』:酔っ払いのこと、泥酔い状態の人を大虎という。

・『六尺』:約180cm。

・『お囲いの犬』:「生類憐れみの令」に関連して中野村内(現中野4丁目付近)に野犬を収容する犬小屋を作る。その後、結局地域の住民に預けられて、彼らが最後まで面倒を見ることになった。

・虫歯の時には、橋の上から戸隠様を拝んで、川に「梨」を流した。

・『総毛立つ」:恐ろしくて体の毛が逆立つ。鳥肌が立つ。

・『小石川養生所』:幕府が江戸に設置した無料の医療施設。幕末まで140年あまり貧民救済施設として機能した。

・『畜生』:仏教において、鳥・獣・虫・魚などの全ての人間以外の動物のこと。

・『暮六つ』:現在の午後6時頃