蛍火(ほたるび)【ヒューマンドラマ】

 【登場人物】[0:2]

・水沢 静夏(しずか):ヒカルの母親。東京で親子三人暮らしをしていたが、娘のために空気のよい、田舎暮らしをしている。

・水沢 ヒカル:娘。高校2年生。小児喘息で6歳頃から、母親の実家で暮らしている。後半は、24~25歳。

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【あらすじ】
喘息持ちのヒカル(娘)のために、水沢静夏(母)とヒカル(娘)は、静夏の実家で田舎暮らしをしている。蛍にまつわる話でストーリーが展開していきます。

水沢 健司(けんじ):ヒカルの父親。東京で離れて一人暮らしをしている。名前だけで、セリフなし。

※約40分
※キャラクターや世界観を損なうアドリブ不可
※過度にストーリーを無視した台詞変更不可
※語尾などの軽微な台詞変更可
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静夏(N):ふわふわり。ゆらゆらり。「ここにいるよ」と蛍火は、命の火を燃やして、皆を導くヒカリとなる。

【間】

静夏:ヒカル?ヒカル?

ヒカル:なーに、お母さん。

静夏:どこにいるの?

ヒカル:ここだよー。田んぼ。

静夏:あぁ、びっくりした。探したのよ。

ヒカル:もう心配性だなぁ。

静夏:何してるの?

ヒカル:ほら見て、蛍。

静夏:あ、ほんと。もうこんな季節なのね。きれい。

ヒカル:「ゲンジボタル」と……、「ヘイケボタル」だっけ?

静夏:この蛍は「ヘイケボタル」ね。水田とかため池とか、流れのない場所にいるの。

ヒカル:「ゲンジボタル」は?

静夏:流れがあるところ。細い川にいることが多いわね。

ヒカル:じゃあ、ヒカルは、「ヘイケボタル」ってとこかな。

静夏:え?

ヒカル:空気のいい田舎、落ち着いた場所で療養して、なんていうか、流れがあるところには行けないじゃない?

でも、蝶々も、カブトムシも、蝉も……。みんな自分で殻を破って、成虫になって自由に飛んでいける。うらやましいな。

静夏:……

ヒカル:蛍も、何回か脱皮するんだよね?

静夏:そうね。蛍は、約6回の脱皮を繰り返す、だったかしら。そのあと、成長した幼虫は陸に上がって、そこから、また土の中で部屋を作って、40日間ほど過ごしてサナギになる。

ヒカル:成虫になるまで長いんだなぁ。

静夏:ヒカルは、元気になったら、何がしたいの?

ヒカル:んー、都会に出てみたいな。東京。

静夏:東京?

ヒカル:向こうにはお父さんもいるでしょ?

静夏:……観光したいってこと?

ヒカル:できたら、お父さんと一緒に住んで、そこから東京の学校に通いたいなって思ってる。

静夏:学校って?

ヒカル:福祉、医療系で考えてるんだけど、ひとつは薬科大学。

静夏:薬剤師になりたいってこと?

ヒカル:いろんな体調の人たちを、もっと身近な存在としてサポートできないかなって思ってた。わたしもたっくさんお世話になってるでしょ。みんな優しくてさ、「気になることはありませんか?」「先生に何か注意点は言われませんでしたか?」「薬を飲んでいて、副作用はでていませんか?」って聞いてくれて、気になることを質問すると、きちんと答えてくれる。

当たり前のことなのかもしれないけど、病気の時って不安でたまらないから、優しく声をかけてくれるだけでうれしいんだよね。

静夏:そうね。でも、薬科大って6年生でしょ。それに、国家試験に通らないと薬剤師になることはできないのよ。

ヒカル:わたしも調べたよ。簡単じゃないことはわかってるつもり。

6年生かぁ。ああ!なんだか、6回脱皮する蛍みたいだね。それで、土の中の部屋にもぐって一生懸命勉強して、サナギになって、国家試験に合格したらようやく成虫になって、飛べるようになる!

わたしも、小さくてもいい、一瞬でもいいから、暗闇を歩く人たちの心の光になれたらいいなって。

静夏:そんなこと考えてたの……。

ヒカル:でも、お金、かかるよね。

静夏:まぁ、そうね……

ヒカル:奨学金制度を使うとか?

静夏:それは、あとあと返済が大変になるわよ。

ヒカル:医療系・福祉系修学資金っていうのもあるらしいよ。

静夏:もういろいろと調べているのね。

ヒカル:うん。いままでお世話になった分、私も他の人の支えになりたいの。

静夏:そう……。本気なのね。でも、都会はすごい人なのよ。空気が汚れていたり、タバコの煙とか、排気ガスとか、人混みとか、あと……。

ヒカル:出た、お母さんの心配性!

静夏:それは心配するわよ。疲れたり、ストレスでも発作はでやすいわ。大人になってからの喘息は大変なのよ?

蛍は、きれいで流れがゆるやかな水場で、水温は15~20度程度のところじゃないといけないの。ここは田舎かもしれないけど、ヒカルだって、この環境のおかげで、発作も出ず、学校に行けているじゃない。

ヒカル:わかってるよ。でもさ、将来のことも考えないといけないでしょ。何か資格があった方がいいだろうし。

そうでなくても田舎では、働けるところは限られちゃってる。大学だって、専門学校だって、この辺りにはないもの。

私、まだ高校生だよ?卒業して、このまま隠居生活に入るには早すぎるでしょ?(笑う)

静夏:そうだけど……。お父さんに話したの?

ヒカル:まだ。というか、相変わらず忙しいみたいで、メッセージ送っても既読はつくんだけど、なかなか返事がこない。

静夏:忙しそうだものね。

ヒカル:こっちから毎日通勤するのは大変だから、向こうで一人で暮らしてて、週末だけ会いに来てくれてたけどさ。最近、月1くらいしか来なくなったよね。ゴルフ接待とかやってんのかなぁ?大変ですなぁ。

静夏:ヒカル(たしなめるように)

ヒカル:……ごめん。でも、お父さん、家事どうしてんの?

静夏:平日の週2日、お手伝いさんが来てくれてるのよ。

ヒカル:そうなんだ。

静夏:それに、ちゃんと生活費は送ってくれているし、お父さんは、私とヒカルのために一生懸命働いてくれてるのよ。

ヒカル:でも、なんかお金だけって感じ……

静夏:そんなこと……。お金だって必要よ?大学に行きたいなら、なおさらでしょ。だから、お父さんと相談してみましょう。奨学金に頼らなくても、大学に行けるかもしれないわ。

ヒカル:ほんと?私、ちゃんと勉強するって約束する!大事なお金を無駄にはしない!

静夏:そこは疑ってはいないわよ。ヒカルはいつだって、真面目で素直で一生懸命だもの。

ヒカル:だって、私のために、お父さんと別居生活になってるんでしょ。恩返ししなくちゃ罰が当たるよ。

静夏:それは……、気にしなくてもいいのよ。

ヒカル:幼虫だって、自分でエサを捕まえて、自力で成虫になろうとしているんだよ。わたしもはやく自立したいの。いつまでもみんなに守られてるだけじゃ大人になれない。みんなの役に立つ人間になりたいの。

お母さんは、わたしがそういう道に進むことは反対?

静夏:それは反対しないわ。

ヒカル:ほんと?じゃあ、何が心配?私がひとりで行っちゃうのが心配?

静夏:そう……、ね。

ヒカル:じゃあ、家族でまた一緒に住もうよ。

静夏:え?

ヒカル:私、ほとんど喘息発作も出なくなったし、自分でもうまくコントロールできるようになったと思う。もし発作がでたら、どうしたらいいかもわかってる。だから、東京に行っても対処しながらやっていけると思うんだ。

静夏:たしかに、ここ数年、ひどい発作は出なくなってるけど。でも、すべてを引き払ってみんなで東京に行くのは難しいと思うの。

ヒカル:どうして?

静夏:ここはお母さんの実家よ。もしヒカルの病状が悪化したら、あなたが戻ってこられる場所を残しておかないと。

それに、お母さんも、療養施設のお手伝いをしてるでしょ。あの子たちをほってはいけないわ。

ヒカル:そっか……。わたしより難病の子達だもんね。

静夏:お母さんも、少しでもあの子たちの不安を取り除いてあげたいし、自立できるように応援したくてお手伝いさせてもらってるから、ヒカルの気持ちはわかるのよ。

ヒカル:私の世話をして、施設の子供たちの世話もして、お母さんも大変だもんね。

静夏:大変だなんて、ちっとも思ってないわ。ヒカルや、みんなの笑顔が見られたら、お母さんもうれしいもの。

ヒカル:じゃあ、そうなったら私ひとりでお父さんのとこに行くことになるか。でも、今度はお母さんが一人になっちゃうね。大丈夫?

静夏:あら、ヒカルも心配性じゃない。寂しくないと言ったら嘘になるけど、お母さんは大丈夫よ。それよりあなたのことが……

ヒカル:ちょっと私のこと甘やかしすぎじゃない?

静夏:わかりました(苦笑い)まずは、お父さんと相談してみましょ。話してみるわね。

ヒカル:私が、直接話したほうがいいんじゃない?そうだ!週末、サプライズでお父さんとこに行っちゃおうかな!

静夏:急に行くのはどうかしら。

ヒカル:え?

静夏:お父さんの予定もあるし、ヒカルも向こうで発作がでたら大変でしょ。

ヒカル:うーん。じゃあさ、お父さんに電話で予定聞いてみる。やっぱり、こういう大事なことは顔を合わせて、話したほうがいいでしょ?

静夏:そうね。お父さんなら、いいアドバイスをくれるかもしれない。

ヒカル:こういう時は、心配性の母親より、冷静な父親の意見を聞いてみるべし!

静夏:もう生意気言って……。

ヒカル:みんなで東京で暮らせないなら、資格がとれたら、こちらに戻ってきて就職するよ!わたしだって、お母さんの一人暮らしは心配だもん。

うまくいけば、24か25歳頃、こっちに戻ってこられるでしょ?よし!善は急げ!今晩にでも、お父さんに電話してみる!

【間】

ーその晩

ヒカル:うーん、なかなか通じないなぁ。留守電になっちゃう。残業でもしてんのかなぁ。

静夏:そうかもしれないわね。

ヒカル:もう9時(21時)だよ?サービス残業?残業禁止じゃないの?

静夏:そう簡単に残業禁止にはできないものなのよ。

ヒカル:そうなの?

静夏:そうよ。かえって、効率が悪くなってしまうことだってあるんだから。

ヒカル:ふーん。またあとで電話してみて、ダメならメッセージでもいれとくかー。

静夏:そうね。

【間】

ー1時間後

ヒカル:あ、お父さんから電話かかってきた!

もしもし?もう、遅いじゃん。仕事でいま帰ってきたの?おつかれさまー。

いつもこんな時間までやってんの?……そうなんだ。大変だね。ちゃんとご飯食べてる?

最近メッセージにも返信くれないし、週末も来てくれないじゃん。ごめんごめんって……。まぁいいけど……。

え?ああ、私は元気だよ。ねぇ、私の進路のことで相談したいんだけど、今度の休みの時に会って話せない?こっちに来る時間がないなら、私が行くからさ。

お母さん?お母さんは、どうかな。施設の手伝いがあるかもしれないから、聞いてみるよ。

うん……。うん……。それじゃあね。バイバイ。おやすみ。

ー電話を切る

静夏:ヒカル?お父さんと電話できたの?

ヒカル:うん、やっと。さっき帰ってきたみたい。まだ仕事してたから、電話とれなかったって。

静夏:お父さん、元気そうだった?

ヒカル:「ちゃんとご飯食べてる?」って聞いたら、「お母さんの言い方に似てきたな」って笑ってた。お手伝いさんが夕飯作っておいてくれるし、そうじゃない時は外で食べてるって。

静夏:それならよかった……。で、会う約束はできたの?

ヒカル:今週末はちょっとキツイみたい。来週末ってことで約束した。でも、予定はっきりしないらしくて、連絡くれるみたい。

静夏:そう。

ヒカル:もう、かわいい娘の姿を見たくないのかなぁ。

静夏:そりゃ、お父さんも、ヒカルに会いたいに決まってるわよ。

ヒカル:じゃあ「休みの日くらい、ゆっくりさせてくれよ」って感じ?

静夏:ん~……

ヒカル:もしかしてブラック企業?

静夏:そんなことはないはずだけど、こちらに来るのに約1時間半から2時間。往復4時間は最低でもかかるから。毎週末、こっちに来るのはしんどいのかもしれないわね。

ヒカル:ふ~ん……。ま、いいや。久しぶりに話せたし。会えそうだし。

静夏:よかったじゃない。

ヒカル:あ、「お母さんも来るのか?」って聞いてたよ。

静夏:わたし?そうね……、ヒカルを一人で行かせるのは心配―

ヒカル:また出た!もう!「はじめてのお使い」じゃないんだから。

静夏:ごめん。そうね、お父さんの休みがはっきりしたら、私も休みがとれるか聞いてみるわ。

ヒカル:やった!そしたら、家族三人、久しぶりに会えるね。

静夏:ええ。

【間】

ー次の週

ヒカル:お母さん、お父さんからやっと連絡きた~。もう金曜日だよ?信じられない!

静夏:なんて言ってた?

ヒカル:明日の昼過ぎなら大丈夫だって。お母さんは、どうする?

静夏:う~ん。明日は施設の手伝いに行く日なのよね。もう夜だし、一応、明日聞いてはみるけど、さすがに明日だと、休みは取りにくいかもしれないわ。

ヒカル:お母さん、無理しなくていいよ!連絡が遅いお父さんが悪いんだから。明日はさ、私ひとりで行ってくるよ。

静夏:ひとりで大丈夫?

ヒカル:大丈夫だから!

静夏:そう?ちゃんとお薬持っていくのよ。

ヒカル:持っていくって。大丈夫だってばぁ。いやぁ、それにしても、久しぶりのお出かけ!楽しみ~!!

静夏:そうやって興奮すると、夜中に発作がでるわよ?ほら、明日の準備して、今日は、はやめに寝なさい。

ヒカル:はいはーい。

【間】

ー次の日

ヒカル:じゃあ、行ってくるね。

静夏:お父さんによろしくね。

ヒカル:うん。

静夏:あ、着いたら連絡してね。帰りも何時になるか連絡ちょうだい。

ヒカル:わかってる!ちゃんと連絡する!

静夏:もし迷ったら―

ヒカル:スマホもあるし、大・丈・夫!

静夏:そうでした。じゃあ、行ってらっしゃい。

ヒカル:行ってきまーす!

静夏(M):……大丈夫よね。大丈夫。

【間】

ーメッセージ着信

静夏(M):ヒカルからだわ。

ヒカル:「12時半、無事到着。お父さんと合流。これからランチに連れて行ってくれるって!」

静夏:「よかったわね。楽しんでいらっしゃい。くれぐれも、はしゃぎすぎないようにね。」……送信、と。

静夏(M):施設の子たちには、自立できるよう支援してるのに、我が子となるとなかなかうまくいかないものね。

【間】

静夏:6時(18時)……。そろそろ電車に乗る頃かしら。

ーメッセージ着信

ヒカル:「これから電車に乗るよ。そっちに着くのは8時(20時)くらいだと思う」

静夏:「わかった。お母さんはもう家にいるから。駅まで迎えに行くわね」

ヒカル:「ありがとう。お土産買ったから、楽しみにしててね~」

静夏:「楽しみにしてるわ。また連絡ちょうだい」

【間】

ヒカル:ただいまー。

静夏:お帰り。疲れたでしょ。

ヒカル:まぁね。でも、楽しかった!

静夏:お父さんと話せた?

ヒカル:うん。進路のことも話したら、「ヒカルのやりたいことをしなさい。お金のことは心配しなくていい」って言ってくれた。

静夏:よかったわね。じゃあ、勉強に励まなくちゃ。

ヒカル:もちろん、頑張ります!

静夏:お父さんのマンションには行ったの?

ヒカル:うん。でもちょっとだけ。散らかってるからって。実の娘なんだから、別に散らかっててもいいのに。片付け手伝うし。

静夏:ハウスダストで、ヒカルの発作が出ないように、お父さんなりに気をつかってくれたんでしょ。

ヒカル:そうかなぁ……?あとは、レストランとか、カフェとか、スカイツリーに連れて行ってくれた!あ、そうそう!これお土産!あと、お父さんが「お母さんによろしくな」って、言ってた。

静夏:ありがとう。あら、かわいいキャンディー。

ヒカル:ここでしか買えないらしいよ。

静夏:へぇ。食べるのがもったいないくらいね。

ヒカル:天気もよかったし、見晴らし抜群だったよ。スマホでいろいろ撮ってきたから。ほら見て、これとか。夜景、すっごくキレイだったぁ。キラキラ光って、吸い込まれそう。「こっちにおいで」って誘われてるみたい。

静夏:スカイツリーか……。みんなで東京に住んでた頃はまだ建設中だったし、ヒカルが小学校入学する前にこっちに引っ越してきたから、完成したのは見てなかったものね。

ヒカル:うん。やっと見れた!もうちょっといたかったなぁ。次は、お母さんも一緒に行こうね。

静夏:そうね。お父さんも喜んでたでしょ。久しぶりにヒカルと会えて。

ヒカル:うん。あ、ねぇねぇ、お父さんとの出会いも、そういう場所だったんでしょ?

静夏:なぁに。そんな話もしてきたの?

ヒカル:思わずぽろっと出ちゃった感じで、あとは教えてくれなかった!続きを聞かせてよ~。

静夏:もう……。

ヒカル:いいじゃ~ん。

静夏:また今度ね。お父さんは元気だった?

ヒカル:あ、話そらした……。お父さんは、ん~。

静夏:ん?

ヒカル:雰囲気がちょっと変わったっていうか……。これお父さんと一緒に撮ったやつ。なんか、すごく疲れてる感じしない?

静夏:仕事が大変なのね、きっと。一人暮らしだし。

ヒカル:やっぱり一緒に住んだほうがいいんじゃない?

静夏:それは、わかってるんだけど……。でもまぁ、今日は、久しぶりに会えて、美味しいもの食べさせてくれて、進路の話もできて、スカイツリーにも行けたんだから、満足でしょ。お風呂に入ってきなさい。

ヒカル:わかった。

ーヒカル、風呂へ

ースマホで健司にメッセージを送る静夏

静夏:「健司さん、今日はありがとう。ヒカル、とても楽しかったみたい。進路のことも相談できて、安心しました。いろいろ大変だと思うけど、体に気をつけてください。」送信……と。

【間】

ヒカル:(咳をする)ゲホッ!ゲホッ!

静夏:大丈夫?(背中をさする)

ヒカル:……ちょっと息が苦しいかも。

静夏:台風が近づいてきてるから、気を付けたほうがいいわね。薬を飲んで、楽な姿勢でおとなしくしてなさい。

ヒカル:うん……。ねぇ、お母さん。

静夏:なに?

ヒカル:私、この前お父さんの部屋に忘れ物してきちゃった。

静夏:そうなの?すぐ必要なもの?

ヒカル:ん……?うん。

静夏:じゃあ、連絡とって送ってもらいましょうか。

ヒカル:いい。自分で連絡してみる。ゲホッ!

静夏:そう……?とりあえず、今日はもう何も考えないで、寝られそうなら寝なさい。台風はこちらには来ないと思うけど。明日、お母さんは仕事に行く予定よ。あなたは夏休みなんだし、無理しないで休んでなさいね。

ヒカル:わかった……

【間】

ー次の日。仕事から帰宅する静夏。

静夏:ただいま~。雨風がちょっと強くなってきたわね。ヒカル?大丈夫?

ー返事がない

静夏:寝てるの?ヒカル?

ーヒカルの部屋を開ける

静夏:ヒカル?

静夏:……お風呂かしら。

ー風呂場を見に行く

静夏:いない。まさか、出かけたの?ヒカルからメッセージは……来てない。

ー食卓の上にメモを見つける

静夏:メモ?

ヒカル:「お母さんへ。お父さんのところに忘れ物を取りに行ってきます。心配しないで。ヒカル」

静夏:こんな天気の日に……!

ーヒカルに電話をかける

静夏:出ない……、どうして?

ー静夏メッセージ送信

「ヒカル、どこにいるの?連絡をちょうだい」

ー健司に電話をかける

静夏:健司さん、出て。お願い!……ダメ、留守電になっちゃう。

ー留守録へメッセージ

静夏:「もしもし、健司さん?ヒカルが一人でそっちに行ったみたいなの。私もそちらに向かいます。ヒカルと連絡がとれたら教えてください!お願いします」

静夏:胸騒ぎがする。何事もありませんように……

【間】

ヒカル:ゲホゲホッ!ふぅ……。やっぱりお父さん、まだ帰ってないかぁ。大学のパンフレットの資料とか置いてきちゃったんだよね。そんな急いではないんだけど、なんかまた来たくなっちゃって。

いま、6時(18時)か。お父さんの会社に行ってみようかな。どこだっけ。えーっと……

ースマホを確認

ヒカル:住所は、新宿だよね……。でも、いきなり会社に行くのはさすがにまずいか。ん~、どうしよう。せっかく来たから、ちょっと寄り道したいな。

ーネオン街へ向かうヒカル

ー19時、静夏、新宿着。

静夏:ヒカルったら、どうして電話に出ないの?……そうだ、GPS情報からヒカルの端末を探せば……!

ー検索をかける

静夏:見つけた!新宿の……、歌舞伎町?!この時間帯に一人歩きは……!

ー電話がかかってくる

静夏:……ッ!もしもし?!歌舞伎町交番……。はい、はい、私が水沢ヒカルの母親です。え?交番で保護?数人の男性に絡まれていたところを?ヒカルは無事なんでしょうか!そうですか……、よかった……。

あの、私の監督不行き届きで、ご迷惑をおかけして大変申し訳ありません。すぐそちらに向かいますので!はい。ご連絡ありがとうございます。

【間】

ー静夏、交番へ到着

静夏:ハァハァハァ……!ゲホゲホ!ヒカル!!

ヒカル:お母さん……!

静夏:すみません、水沢ヒカルの母親です。先ほどは、お電話いただき、本当にありがとうございました。

ヒカル:お母さん、わたし……

静夏:ヒカル!何をやってるの!ひとりで勝手に出かけるなんて……。私がどれだけ心配したか。どうして電話に出ないの?!

ヒカル:ごめんなさい……。電話は最初ホントに気づかなくて、あとはなんとなく浮かれちゃって……。

静夏:なんとなく……って、お巡りさんに保護してもらったからいいものの、何か事件に巻き込まれたりしたら大変なことなのよ。手遅れになってたかもしれないんだから!それに!う……、ゲホッ!ゲホゲホッ!

ヒカル:お母……さん?

ー静夏、咳がとまらず苦しくて、うずくまる。

ヒカル:お母さん!どうしたの!お母さんーー……!

【間】

ー病院にて。症状が落ち着きはじめた静夏

静夏:(ゆっくりと)ハァ……ハァ……ゲホッ……

ヒカル:お母さん!

静夏:ヒカル……

ヒカル:わかる?病院だよ。お巡りさんが救急車呼んでくれて、ここに……

静夏:そうだったわね……。ごめんね。

ヒカル:ごめんなさい、ごめんなさい。私、知らなかった。お母さんも喘息があったなんて……。私、自分のことばっかりだった……。どうして教えてくれなかったの?

静夏:驚かせちゃったわね……。喘息が遺伝することはないけど、アレルギーになりやすい体質は遺伝することがあるから……、私のせいであなたにもー

ヒカル:そんなこと……

静夏:お父さんは?

ヒカル:さっきまで先生と話してた。「この気候と、走ったこと、ストレスが重なって発作が出たんでしょう」って。

念のため今晩入院して、明日の様子、落ち着いていれば退院して大丈夫って。いまは、一回家に帰って、ヒカルが泊まれるように準備してくるって。

静夏:そう……。みんなに心配かけちゃったわね。もう大丈夫。

ヒカル:私が、私がこんなことしなければ……!

静夏:ヒカルが無事だったならよかった。でも、もう夜の繫華街を一人で歩くのはやめてね……

ヒカル:うん、ごめんなさい……

ー落ち込んで、涙を流しているヒカルを見て

静夏:ヒカル、お母さんもね、東京に漠然とした憧れを抱いていた頃があったの。「なんでもある」「どこにだって行ける」って。キラキラしてて刺激的よね。それで、高校卒業後の春休みに、一人で行ってみたの。危険と背中合わせとは知らず、観光気分でね。

ヒカル:え?

静夏:そうやってブラブラ歩いてると、声をかけられることが多いの。

ヒカル:ナンパ……とか?

静夏:そうね。ヒカルもそうだったんでしょ。

ヒカル:うん。

静夏:すごく怖かったよね。

ヒカル:うん……。

静夏:お母さんも、突然知らない男性に声をかけられて、びっくりして立ち止まってしまったの。断ってるのに、しつこくて、しつこくて。怖くて、声も出なくて、パニックになりかけて……。その時に助けてくれたのが、お父さんだった。

ヒカル:お父さんが?

静夏:助けてもらったとはいえ、この人もあやしい人なんじゃないかと警戒してた。その私の様子を見て、お父さんが交番に連れていってくれたわ。

ヒカル:名前とか聞かなかったの?

静夏:そんな余裕はなかったの。ただ、お父さんは、お巡りさんと顔見知りだったみたいで、「ケンジ、ご苦労さん」って声かけられてた。私にはひと言「蛍さん、気を付けて」と言って、ネオン街に消えていったわ。

ヒカル:蛍?

静夏:「虫」って言われなくてよかったわ(苦笑い)

ねぇ、蛍は、なぜ光るか知ってる?

ヒカル:プロポーズのためでしょ。

静夏:そうね。オスとメスの会話。成虫になった蛍は、短い命。オスは光りながら飛んで「ここにいるよ」とアピールして、葉っぱの上のメスがそれを見て「私もここにいるよ」と光る。そうやってオスとメスが出会うの。

私は、うっかり「はぐれ蛍」になるところだったのかもしれない。それで「蛍さん」って言われたのかなって。

ヒカル:お父さん……、ネオン街で働いてたの?

静夏:「Bar lucciola(バール ルッチョラ)」というお店でね。

ヒカル:ルッチョラ?

静夏:イタリア語で「蛍」って意味よ。

ヒカル:蛍……

静夏:あやしい店じゃないわよ?お洒落で落ち着いたお店。

ヒカル:お母さんも行ったことあるの?

静夏:ちゃんとお礼を言わずに別れてしまったのが心に引っかかってね。ハタチ過ぎてから、あらためて保護してもらった交番に行って聞いてみたの。

そこで、健司さんー、お父さんが働いてる場所を聞いて、お巡りさんに連れて行ってもらったのよ。

お父さん、びっくりしてたけど、覚えててくれたわ。「また蛍に誘われて来たんですか?」って笑われちゃった。

ヒカル:へぇ。なんかお父さん、いまとイメージ違う。

静夏:もう20年以上前のことだもの。お父さんもね、キラキラ光る繁華街に魅せられたんだって。でも、楽しいことばかりじゃなくて、痛い目にもあったって。自分は「まるで、ゲンジボタルみたいだ」って言ってたわ。

ヒカル:ゲンジボタル?

静夏:ゲンジボタルは、光って飛んでいるところを見ていると、突然ひゅっと落ちることがあって、火が垂れたような飛び方をするの。知ってる?「火が垂れる」と書いて、「火垂る(ほたる)」とも読むのよ。お父さんも、若い時は夢があって、それを叶えるためにお金が必要で、そこで働きながら勉強してー、と頑張っていたんだけど、結局夢叶わず、落ちてしまったって。

ヒカル:お父さんの夢はなんだったの?

静夏:お医者さんよ。

ヒカル:え?

静夏:お父さんの実家がね、開業医をしていたの。ヒカルからしたら、おじいさまね。

ヒカル:おじいちゃん……。ヒカルが産まれる前に亡くなっちゃったんだよね?

静夏:そう、癌でね。体調は悪かったようなんだけど、患者さん優先で働いていらっしゃったみたい。動けなくなってようやく入院したものの、もう他の部位にも転移しててね……

お父さんは、患者さんのためにも、病院を引き継ごうと一生懸命勉強して、医科大学を6年で卒業して、試験も合格できたの。

ヒカル:え?じゃあ……

静夏:でもね、2年以上の臨床研修が義務付けられているから、すぐに引き継ぐのは難しかった。その間におじいさまは亡くなってしまって、元気だったおばあさまも、ガッカリなさったのか、後を追うように亡くなってしまわれたのよ。

健司さんは、何もできなかった自分が嫌にやって、その後しばらくは、抜け殻のようになってたらしいわ。

ヒカル:お父さん……。お父さんも6年間頑張ったんだ。でも、お父さんも「はぐれ蛍」になっちゃったんだね。

静夏:はぐれ蛍……。そうなのかもしれないわね。

ヒカル:はぐれ蛍同士が出会ったなんて、ステキな出会いじゃん。

ー静夏、当時のことを思い出している様子

静夏:ヒカル、この前、お父さんにレストランやカフェに連れて行ってもらったでしょ。

ヒカル:うん。……あ!もしかして、どっちもお父さんの会社の店だった……?

静夏:(うなづく)お父さんと結婚して、ヒカルが産まれてね。「ふらふら飛んでる場合じゃない」と思ったんですって。だから、お世話になった分、一生懸命働いて、下の人たちを育てて、2号店ができたり-

ヒカル:お父さん、すごく頑張ったんだね。

静夏:ええ。はじまりは、本当に小さなバーだったけど、いまは株式会社になって、お父さんも重要なポストについてー

ヒカル:でも、結局、私が、離れ離れにさせちゃったんだね……

静夏:あなたのせいじゃないわ。私も……ッ(咳き込む)

ヒカル:お母さん!

静夏:大丈夫。大丈夫よ……。ヒカルが喘息発作を繰り返すのを見て、たくさん話し合ったのよ。小学校にあがってから転校して、友達と離れ離れになるより、小学校入学前に、田舎に引っ越したほうがいいだろうって。

ヒカル。お父さん、いまね、「公衆衛生医師」を目指しているの。

ヒカル:公衆衛生医師?

静夏:地域で働く保健所長。

ヒカル:それで忙しくて、すごく疲れてる感じがしたんだ……

静夏:その時が来たら、お父さんは会社を辞めて、こっちで仕事につくつもりなのよ。

ヒカル:……ヒカルのために?

静夏:家族のために、よ。お父さんもそれを望んでいるわ。

ヒカル:……

静夏:お父さんの会社「レッジョ―ロ」って社名は、お父さんが付けたの。

ヒカル:そうなの?

静夏:「光」って意味なのよ。

ヒカル:え?

静夏:「蛍の光が集まって、心に火が灯るように。少しでもホッとできる場所を提供できるように」という気持ちを込めてつけたんですって。

ヒカル:それって……。

静夏:ヒカルも同じこと言うんだもの。びっくりしちゃったわ。さすが、健司さんの子ね。

あなたの名前も、そういう意味をこめて付けたのよ。でも、「ヒカリ」じゃなくて、自ら光ってほしいから「ヒカル」

ヒカル:私も……、私も頑張る。守られてばかりじゃなくて、私がお母さんやみんなを守りたい!

静夏:うん。あなたなら、なれる。お母さん、そう信じてる。

ヒカル:お母さん……

【間】

静夏(N):その後、高校を卒業し、東京の薬科大学に合格したヒカルは、健司さんと一緒に住み、週末や休みの日にこちらに帰ってくる生活を数年間続けた。見るたびに、しっかりしていく娘の成長を見て、本当にうれしかった。健司さんも、ヒカルと一緒にいることで、いい刺激になって、目に光が戻ってくるのがわかった。

ー7年後

ヒカル:お母さん、ただいま!

静夏:ヒカル、お帰り。

ヒカル:ついに、薬剤師になれました。お世話になってた薬局にも、無事、就職が決まりました。

静夏:本当によく頑張ったわね。

ヒカル:お母さん、お父さんのおかげです。

静夏:あなた自身の力よ。本当におめでとう。

ヒカル:ありがとう。でもやっぱり、お父さん、お母さんのバックアップがあったから頑張れたんだもん。初めてのお給料をいただいたら、二人にー

静夏:はいはい。期待しないで待ってるわ。

ヒカル:ちょっ、ひっどーい!なんでよ!

静夏:冗談よ。ちょっと大人になったかなと思ったけど、あまり変わってないみたいね(笑う)

ヒカル:もう……!あ、お父さんは会社の引継ぎをして、こっちに引っ越してくる予定だよ。だから、一足先に私が戻ってきました。

静夏:これで、ようやく家族で暮らせるわね。

ヒカル:まぁ、私は、すぐお嫁に行っちゃうかもしれないけど?

静夏:え?

ヒカル:なーんて、噓だよ、うーそ!さっきの仕返しでーす。

静夏:びっくりした……。やっぱり変わってないじゃない。

ー二人、クスクス笑う。

ヒカル:まずはちゃんと働いて、もしも、素敵な蛍くんと出会えたら、その時考えまーす。まぁ、そうなったとしても、仕事は続けたいな。

静夏:ヒカルもそういう年頃になったものね。向こうで素敵な蛍くんはいなかったの?本当にこっちに戻ってきてよかった?

ヒカル:それどころじゃなかった!とにかく、資格を取って、こっちに帰ってくることしか考えてなかった。今度は、私が、いっぱい恩返しするんだから。

静夏:(微笑む)そっか。

ヒカル:……ねぇ、お母さん。

静夏:なに?

ヒカル:お父さんが「はぐれ蛍」で、お母さんもそうで、私が二人の間できらきら光ったから、また一緒になれたー、なんて思ってたんだけど、違ってた。

静夏:違わないでしょう。あなたがいてくれたから、私たちも頑張れたのよ。

ヒカル:飛んで光るのも大事だけどさ、答えてくれる光がないと出会えないんだよね。お母さんが、じっと、ここで光っててくれたから、私とお父さんがまた集まれたんだよ。

静夏:……

ヒカル:お母さん。ずっと、私たちの間で、光って待っていてくれてありがとう。

静夏:……そんなこと(涙ぐむ)

ヒカル:私は、どんなに小さくてもずっと光り続けて、支えが必要な人たちの「蛍火」になるよ。

静夏:ええ。

【間】

ヒカル(N):ふわふわり。ゆらゆらり。「私はここにいるよ」と蛍火は、命の火を燃やしながら、皆を導くヒカリとなる。


Fin.