古典落語声劇『子別れ』(人情噺)

※古典落語を声劇バージョンにしました。

 【配役】

熊五郎(大工・酒飲み)/番頭

お光/亀吉(9~10歳くらい・口が達者)


(♂1:♀1)または(♂1:♀1:不問1)

※約40分

※別名「子は鎹」。この話は、「上・中・下」の三部構成で、通常は中の後半部分と下を合わせて演じることが多い。上は「強飯の女郎買い」、下は「子は鎹」の名で呼ばれることがある。今回は「下」を演じ、枕であらすじを語ります。

※亀吉は男の子ですが「あたい」と言っています。おそらく、子どもの甘え言葉として使われていたのかもしれません。

※『手に取るな やはり野に置け 蓮華草』・・・蓮華草は野に咲くから美しく見えるのであって、それを摘んできて家の中に飾っても調和せず、美しく見えないこと。

播磨(現在の兵庫県)の俳人、滝野瓢水が、遊女を身うけしようとした友人をいさめた句。この句は、自然の中で咲く蓮華草が美しいのと同じように、遊女は色町にいてこそ美しく見えるという意味。

※ 銭貨(銅)は1枚=1文。銭一文は現代で約12円。50銭は約600円。

※ 鰻丼は1杯100文(3,250円)

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【枕】

江戸時代の子どもは、日本を訪れた欧米人から見ると「子どもの天国」だったそうです。

子どもにとって「大人に大事にされるのは当たり前」

子どもは自由に遊び、大人は子どもを溺愛していたようです。


しかし、「飲む・打つ・買う」の三道楽揃っている人を親を持つと、やはり生活は厳しい。


酒を飲んだ勢いでもって、賭け事や悪さをしたり、あるいは、ちょっとご婦人のところに行くなんていうようなこともある。


酒を飲んで、おもしろおかしく遊ぶのは結構ですけれども、やはり、度が過ぎてはいけない。


さて、熊五郎という、たいへん腕の立つ職人がございます。


よく職人堅気なんてえことを言いますが、仕事が来て、

どうも気に入らないと「お足(お金)を積みますよ?」と言われても、

「銭でこっちは動くんじゃねえんだい!」なんてぇことを言う。


気に入るってと、わずかなお給金でも一生懸命仕事をするというようなそういう質の人が多い。


そういう者に限って、道楽に溺れやすい。


少し金が入るってと「行こうじゃねえか!」ってんで、吉原へ入っちゃったりなんかする。

そうなるってと、もう仕事はしません。


向こうも商売上手ですから、「お前さん嬉しいよぉ」とか色んな優しいことを言ってくれて、ちやほやしてくれる。

家にいるってぇと、金をまるでいれないんですから、かみさんはガミガミ言う。

嫌になって、またどっかでちょいと金を借りたりなんかして、吉原へ入って行って、

「ああ、女房よりもこっちの方がいいなぁ」なんてこうなっちゃう。


女房と子供に迷惑をかけているのに関わらず、挙句、悪態をつき、二人を追い出してしまい、

あろうことか、年季が明けたなじみの女郎を引き入れてしまう。



しかし、昔の人はうまいことを言ったもので、


『手に取るな やはり野に置け 蓮華草』


吉原にいたときは美女に見えたが、化粧を落とすとまるで化け物のような顔に様変わり。


おまけに、一切の家事はやらず、朝からお酒を飲んで寝てばかり。

「はぁ~ たいへんな女と一緒になっちゃった、どうしよう?」と思ってるってと、

女の方から「こんなところには馬鹿馬鹿しくて居られないよ」ってんで出て行っちゃった。


さあ、熊五郎、一人なって始めて気が付いた。


「あぁ馬鹿なことをしたもんだ・・・」


ようやく女房の有難さや子供の愛しさに気づくものの、今ではもう遅いと後悔する日々。


『かくばかり偽り多き世の中に、子の可愛さは誠なりけり』


なんて事も言いまして、親御さんがお子さんを思う気持ちというものは、嘘偽りがないようです。


その日以来、熊五郎は断酒をし、一生懸命になって働き、大工として身を持ち直します。


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番頭:

親方、いるかい?親方いるかい?



熊五郎:

えぇぃ。どちらさんでござんすか。

そこんとこ開いてますんで、どうぞ、入(へぇ)って。


番頭さんじゃぁ、ありやせんか。

こら、どうも、あい、すいません。



番頭:

いやいや、春、早々、済まない。

親方ぁ、ちょいと付き合ってもらいたいとこがあるんだが、

今日は、何かあるのかい?



熊五郎:

いえ、何もありません、えぇ。どちらでございますか。



番頭:

かねてからお願いしてあった、隠居の茶室をこしらえるって件だよぉ。

もう、年寄りのこったぁ、言い出すと聞きゃあしないよ。

あぁなると、子供とおんなじでねぇ。


いや、今日は、深川の木場(きば)でもって、木口(きぐち)のいいのがあるってんだが、

あたしが一人で行ったって、いい物を見つけることはできやしない。

親方、ひとつ頼むよ。



熊五郎:

分かりました。喜んでお供させていただきますんで。

ちょいと、そこんとこで待っててもらえますか。

 


お婆さぁん。

お隣のお婆さぁん。出掛けてきますよ、えぇ。

日の暮れ方ぐれぇには、帰って(けぇって)きますから。

仲間がねぇ、無尽銭(むじんせん)取ってきますんで、棚んとこの袋あります。

そん中に、へぇってますから渡してやってくださいな、えぇ。

じゃ、お留守、お願いしますんで。すいませーん。

 


(番頭へ)どうも、すいません。



番頭:

大変だな、親方ぁ。

一人もんってなぁ、なにかい?

そうやって、出掛ける時には、いつもお隣に声を掛けて行かなくっちゃいけないかい?



熊五郎:

まっ、こういうことは、しょっちゅうなんで、どうってことありやせんけどね。


番頭さんに、ウチん中、見られちまって・・・。

随分と、散らかってましたでしょう。


若ぇ自分には、独りもんのが気が楽だと思ったんですが、

まぁ今こういう年になってみるっていうと、

やっぱり何だ、厄介でしょうがありませんよ。



番頭:

そうかい。


まっ、そら、自分が蒔(ま)いた種だから、しょうがないがな。

お前さんも、二度目のかみさんには、随分と手こずったようだから。



熊五郎:

出が、ああいうところの女でござんしたんでねぇ、

余程のことはあるだろうと思って、覚悟は決めてたんっすよ、えぇ。


朝、起きるってぇと、寝てやがるんすよ。

「おおっ、いつまで寝てんで、いつまで。仕事、行くんだ、仕事ぉ。

飯は、どうすんだ。」って、言いましたらね、


「おまんまなんざ、炊けやしないよ。」って、言いやがるんすよ。


「腹減ったら、仕事んなんねぇじゃねぇか。どうすんだ?」ったら、


「店屋(てんや)もん。」


「おいっ、冗談ねぇぞ。やってる訳ねぇだろっ。」ったら、寝やがるんすよ。


昼寝て、夜寝て、ずぅーっと、寝てやがんす。


こんな女ぁ、どっか行ってくれたらな、と思ってましたら、


案の定、向こうの方でもって、新しい男見っけて、いなくなっちまった。


あの頃ですよぉ。


ああ、俺ぁなんてバカなことをしたんだろう、

ちくしょう誰が悪いんだ、オメェが悪いんだって。

てめえで、てめえに無性に腹が立ってね。

その時分のこったから、腹が立つってぇとすぐに酒ですよ。

升(ます)を持ってきまして、冷やをなみなみと注(つ)いで、

口元んところまで持って行って、ここで止まったんです。


こいつを飲んでたがために、こんなバカなことをしたんだと思ったら、

ぴたっと止まっちゃって、怖くなっちまって、

それっきり、一滴も酒飲んでませんよ。



番頭:

よくよせたね。

よして、どれ位んなるんだい?



熊五郎:

三年んなります。



番頭:

そうかい。なかなかできるこっちゃぁないよ。


親方、たまには、なんだろう・・・、思い出すんだろう?



熊五郎:

たまには・・・ってぇと?何をですか?



番頭:

何をじゃないよ。先(せん)のかみさんのこった。

おみっつぁん。



熊五郎:

そらぁ、思い出さないっつったら、嘘になりますけどね。

いまさら思い出してみたって、後の祭りでござんすんで。


そうですね・・・

あっしはロクに家に金入れねぇのに、よく切り盛りしててくれたと思ってね。

いまになるってぇと、本当にありがてぇっと思ってますよ。



番頭:

ほんとうだよ。あんな働きもんはいやしねぇよ。

仕事はできるし、ましてやなかなかの器量良し。

ちょっといやしないよ?



熊五郎:

・・・そんな話は、もう、よしにしましょうや。


まっ近頃ぉ、年なんすかねぇ。

ガキのこと、思い出してしゃぁねぇんっすよ。



番頭:

かわいい男の子がいたなぁ、んー。

確か、亀ちゃんっつった。幾つになるんだい?



熊五郎:

別れた時が、六つでござんしたんで、あれから三年経ってます。

やんちゃな盛りじゃねぇかなって思って。


こないだも、浅草の観音様へお参りに行った帰り(けぇり)に、

饅頭屋の前を通りやしたらね、饅頭が、こぉ、うめぇ具合に煙(けむ)出して、ふけてやがんすよっ。


はぁ、亀の野郎、この饅頭好きだったなぁ。

買ってやったら、どんなに喜ぶ顔をすんだろうなって思ってましたら、

目頭(めがしら)熱くなっちゃいましてねぇ。


饅頭屋のわけぇ衆(しゅ)が、あっしの顔を、じぃっと見てましたよ。


「この人は、さっきから、饅頭見て、涙ぁ流してるよ。

 ことによったら、この饅頭に、苦い思い出があるのかなぁ。」


なんてなことぉ、言ってましたよ。


へっ。恥ずかしい話なんですけどね。



番頭:

そうかい・・・。


親方ぁ、もう、ひと踏ん張りだよ、えぇえ。

ここまで、頑張ってきたんじゃないかぁ。

うん、きっと、いいことがあるよ。

なっ、もう、ひと踏ん張りだ。



熊五郎:

ありがとうございます。

いまじゃあ、番頭さんはじめ、いろんな方々に、かわいがってもらいやして、

本当に、ありがとうござんす。



番頭:

いや、頭ぁ下げるんじゃないよ。

親方が、一生懸命仕事をするから、皆さん、応えてくださるんじゃないか。

頭ぁ上げてくれってんだよ。



ん・・・?


親方ぁ、ちょいと路地んとこ見てごらん。

女の子が、二人、羽子板でもって遊んでるね。

その脇でもって、地べたへ字ぃ書いて遊んでる男の子がいる。


間違ったらごめんよ。


あの子、亀ちゃんじゃないかい?



熊五郎:

んなこたぁありませんよ、えぇえ。

亀が、ここらでもって遊んでる訳ねぇんですから。


・・・


あ・・・


亀の野郎っす!

間違いありやせんよ。

へぇっ、亀の野郎っすよ、えぇ。


番頭さん、ほらっ、動いてます!



番頭:

そらぁ動くよ。

こういうことって、あるんだなぁ。

 

親方、何をしてるんだ。さっ、会ってやって。

いや、あたしのことはいいんだよ。いつもんとこで、待ってるから。

ゆっくりと、会ってやんな。



熊五郎:

あ、ありがとうござんす。

おっつけ、すぐに行きますんで。ありがとうござんす。

 

・・・大きくなりやがったなぁ。


おうっ、亀ぇ。


どこ見てやんだ、こっちだ、こっちぃ。


おうっ、こっちだぁ、亀ぇ!



亀吉:

うるさいなぁ。さっきから、亀、亀ぇって。


・・・


おとっつぁん・・・?



熊五郎:

・・・分かるかぁ?



亀吉:

うん・・・、わかるよぉ。ぐす・・・



熊五郎:

・・・大きくなりやがったなぁ。



亀吉:

おとっつぁんも大きくなった。



熊五郎:

おとっつぁん、大きくなる訳ねぇじゃねぇか。


・・・


おっかさんよぉ、元気でやってっか?



亀吉:

うん。



熊五郎:

そうか。そらぁ、なによりだ。

おとっつぁん、おめぇのこと、かわいがってくれっか?



亀吉:

おとっつぁんは、おめぇじゃねぇか。



熊五郎:

おらぁ、先(せん)のおとっつぁんでぃ。

後から来たおとっつぁんがいるだろう?



亀吉:

そんな馬鹿な話、聞いたことないや。

子が先にできて、親が後にできるのは、芋ぐらいのもんだぃ。



熊五郎:

芋と一緒にするやつがあるか、おい。

相変わらず口が達者だな、おめぇは。


おめぇが寝てから遊びにくるおじさんいるんだろ?



亀吉:

そんなもん、いやしないよ。



熊五郎:

いやしねぇよって、おめぇ、寝てっから分かんねぇんだぃ。



亀吉:

んなことないよ。ウチ三畳しかないんだから。

で、箪笥(たんす)があるから、寝る時なんざ、

おっかさんと、いつも重なり合わせて寝てんだよ。

そんなもん、いやぁしないよ。



熊五郎:

おめぇとおっかさん、二人っきりか、そうか・・・


じゃ、おめぇ学校はどうしてんだい?



亀吉:

あたいは行かなくてもいいって言ったんだけど、

おっかさんが、近所の人がたの、着物縫ったり、洗い張りの仕事をして、

ちゃんと学校に上げてくれてんだぃ。



熊五郎:

・・・そうか、針がもてたっけな。


そうかぁ。

おっかさんが、そうやって苦労して、学校に上げてくれてんだぁ。

一生懸命勉強しなきゃ、駄目だぞぉ。



亀吉:

うん、おっかさんも、そう言ってた。


「お前、一生懸命勉強しないと、おとっつぁんみたいになっちゃうぞ。」って。



熊五郎:

んなこと、言ってやったのか。



亀吉:

お前のおとっつぁんってのは、大工としての腕は、確かに良かったんだけど、

読み書き、算盤ができなかったって。



熊五郎:

おっかさんの言うとおりだ。


おとっつぁんよぉ、ろくすっぽ、学校行ってねぇから、

読み書き、算盤、からっきし、駄目でぇ。


これからはなぁ、腕だけじゃ駄目だぞぉ。

読み書き、算盤、できなきゃ駄目だ。

ちゃんと勉強すんだぞ。



亀吉:

うん。



熊五郎:

・・・おっかさんよぉ・・・、おとっつぁんのこと、なんか、言ってねぇか?



亀吉:

うん。「あの飲んだくれには手こずった」



熊五郎:

ひでぇこと言いやんなぁ。


もっともしょうがねぇや。

あの時分には、酒ばかり飲んじゃ、おっかさん困らしてたからなぁ。

そういうこと言われても仕方がねぇ。

さぞ恨んでるんだろうなぁ。



亀吉:

ううん(首を振って)そんなことないよ。恨んじゃいないよ。


この間も、学校で動物園行ったんだよ。

帰ってきたらおっかさんが、「お前なに見てきた」ってからね、

象や虎や熊って言ったら、

「象や虎はいいけど、熊はお前のおとっちゃんの名前じゃないか、

呼び捨てはいけないよ」ってこんなこといってたよ。


ありゃぁ、まだ脈あらぁ。



熊五郎:

なに言ってんだよ。そんなこと言ってたのかい。


亀吉:

あと、こないだ、雨の降った日があったから、

あたい、オモテ遊びに行けないからさ、

おっかさんの仕事、手伝ってたんだよ。

そしたらね、おっかさんが、いろんな話してくれた。



熊五郎:

どんな話だ?



亀吉:

おとっつぁんとの、馴れ初めの話。



熊五郎:

二人でもって、くだらねぇこと言い合ってやんな。


・・・なんつってた?



亀吉:

おっかさんが、お屋敷に奉公に上がってたんだってね。

そこへ、おとっつぁん、お仕事で入ってくるようんなって、

休みの日になると、いつも、おっかさんに半襟(はんえり)や前掛け、

買ってきてくれたんだってね。


親切な人だなぁと思っていたら、あのお屋敷の奥様からお話しあって、


「お前だっていつまでも独りでいられるわけじゃないんだから、

あの人と一緒になったら。

あの熊さんは職人として腕もいいし、人間もいい人だし、

お姑(しゅうとめ)はいないし、あそこはいいよ」っていうわけで

一緒になったんだってね。


よかったねー。


半襟や前掛け、おとっつぁん、それはあれだろう。

釣りだろ?効いたな?



熊五郎:

生意気(なめぇき)なこと、言うんじゃねぇや、ええ。


んなこと言って、


・・・八百屋ぁ!何笑って聞いてやんだよぉ。あっち行ってろぃ。


・・・他に、何か言ってねぇか?



亀吉:

うん。


「私たちはね、嫌で別れたんじゃない」って。

「おとっちゃんが私やお前をたたき出して、

吉原の変な女引っ張り込んだりなんかしたのも、

おとっちゃんがしたんじゃないんだ。あれはお酒がしたんだ。

だからお前は大きくなっても、酒なんか飲むんじゃないよ。

あれはお酒のせいなんだ」って、お酒のことばっかり悪く言ってた。


おとっちゃんのこと、これっぽっちも悪くいってないよ。



熊五郎:

そうかぁ・・・、そうだな。

おめぇも大きくなったら、酒は飲まねぇ方がいいぞ。


おとっつぁんなぁ、酒ぇ、よしちまったんでぃ。



亀吉:

おとっつぁん、酒、止めたの?

ほんとぉ?


ほんとだ、お酒のにおい、しなくなっちゃった。


ウチにいた時なんか、朝から晩まで、お酒のにおい、プンプンさせてたもんね。



熊五郎:

こんなこと、おっかさんに言わなくていいんだぞ。


吉原の女も追ん出しちまってな、いまぁ一生懸命仕事やってんだ。



亀吉:

え、いま、おとっちゃん一人?寂しくねぇの?



熊五郎:

そりゃ・・・、寂しくたってしょうがねぇじゃねぇか。

おとっつあんは大人なんだから、平気なんだ。

どうってことねぇんだ。



亀吉:

そう?

寂しいやい、ひとりじゃぁ。

おウチおいでよ。すぐそこなんだから。

おっかさん、喜ぶよ。



熊五郎:

いや、ダメなんだ。行かれねぇわけがあるんだ。


それより、おめぇに、小遣いやろう。



亀吉:

うん!



熊五郎:

ちょっと待ってろ。よっと。


手ェ出しな。



亀吉:

ありが・・・


あれ?これ五十銭だよ。

あたい、お釣りないよ。



熊五郎:

何を言ってんだ。

おめぇにそっくりやるんだよ。



亀吉:

だって、ウチにいたとき、一銭くれったら、目ぇ三角にして怒ったろぉ。

それが、だまってても五十銭くれるようになって・・・


年は取りてぇもんだ。



熊五郎:

生意気なこと言ってんじゃねぇやな。



亀吉:

あたい、これで鉛筆、買ったっていい?

あたいの使ってる鉛筆ね、こんな、ちっちゃくなっちゃったんだよ。

で、おっかさんに買ってくれったら、


「鉛筆は芯のあるうちは、使えるんだから我慢をしっ。」って買ってくんないんだよ。


あたい、これでもって長い鉛筆買ったっていい?



熊五郎:

おう、買いな。

そのかわり、無駄なもんに使うんじゃねぇぞ。


・・・ん?


(亀吉の額の傷に気がつく)


おめぇ、もうちょっと、こっち来てみな。

なんだぁ、おい。

ここんところ、墨がはねたのかと思ったら、傷じゃねぇか。

眉間だぞぉ。

こんなとこ、おめぇ、傷なんか付けるもんじゃねぇ。

どうしたぃ?



亀吉:

この傷だろぅ。

こないだ、斉藤さんのおぼっちゃんと、独楽(こま)回して遊んでたんだぃ。


あたいの独楽効いたんで、

「あたいの独楽ぁ、効きました。」ったら、

「そんなことないっ、俺の独楽が効いた。」っていうから、

「そんなことはありません。あたいの独楽が効きました。」ったら、

「生意気なことを言うな!」って、独楽のとんがったとこでもって、

いきなりバチーンってぶったんだ。

血がたらたら流れてきて・・・

あたい、泣きながら家へ帰ったら、おっかさんが、


「どこのどいつに、やられたのか言ってごらん。

 男親がいないと思って、馬鹿にしやがる。

 おっかさん、ねじ込んでやるから言ってごらん。」ったから、


「斉藤さんのおぼっちゃんに、やられましたぁ。」ったら、


「・・・じゃあ、痛いだろうけど我慢をし。」って。


ぐす・・・



熊五郎:

なんでぇ、薄情なこと言うじゃねぇか。どうしてだい。



亀吉:

「あそこのお家じゃ、おぼっちゃんのいらなくなった着物をいただいたり、洗い張りの仕事をさしてもらって、親子二人が、やっと生活できるようにしてもらってんだ。

子供同士の喧嘩でもって、親子二人、路頭に迷うようなことになっちゃいけないから、お前、悔しいだろうけど、我慢をし。」って・・・


おっかさん、あたいの頭、なぜながら、涙ぽろぽろ、ぽろぽろ流して・・・


ぐす・・・


「こんな時に、あんな飲んだくれでも、いてくれたらなぁ」って・・・



熊五郎:

・・・悪かった悪かった。

泣くんじゃねぇ。


勘弁しろぉ。なあっ。

おめぇにまで、そぉやって、つれぇ思いさしちまってよぉ・・・。


男が泣いてどうすんだぃ。



亀吉:

おとっつぁんだって、泣いてらぁっ!



熊五郎:

おとっつぁん、泣いちゃいねぇやっ。

目から、汗が流れてんだぃ。


おぅ、その銭、早くしまっときな。



亀吉:

うん。ありがとう、おとっつぁん。


おとっつぁん・・・

おっかさんね、いつも、お金もらったら、

「誰に、もらったんだ?」って訊くんだよ。



熊五郎:

そん時は、おめぇ・・・

知らねぇ余所(よそ)のおじさんにいただきましたと、そう言っときな。



亀吉:

だって、名前言わないと、後でお礼が言えないからって。



熊五郎:

だから、「名前(なめぇ)は男と男の約束で言えません」と、そう言っときな。


それから、おっかさんにはなぁ、おとっつぁんと、ここで会ったこと言うんじゃねぇぞ。

分かったかぁ?よし。



そういやおめぇ、鰻、好きだったなぁ。

おい。鰻、食ってるか?



亀吉:

んんん。そんなもん、食べられやしない。

鰻の顔も忘れちゃった。



熊五郎:

情けねぇこと言うんじゃねぇやな。


じゃあ、明日の、今時分(いまじぶん)、ここんとこ来れっかぁ?


おぉ、そうかっ。じゃぁよっ、前の鰻屋で待ってろ。

おとっつぁん、おめぇによぉ、鰻いっぱい食わしてやっから。



亀吉:

ほんとぉっ。おとっつぁん、鰻、食べさしてくれんの?

ほんとぉ、ほんとぉ。ほんとだね、おとっつぁん!



熊五郎:

あぁ、だからよぉ、明日、鰻屋んところで待ってろ。


じゃ、おとっつぁん、行くからなっ。



亀吉:

ねぇっ、おとっつぁん、もう、行っちゃうの?

ウチ、すぐそこなんだよ、すぐそこっ!

いまだったら、おっかさん、いるんだからさぁ。

ちょっと、寄ってきゃぁいいじゃないか。


ねぇ、おとっつぁん。ねぇっ!



熊五郎:

・・・駄目なんだぃ。

おとっつぁん、ほら、仕事だから。なっ。


明日の今時分、鰻屋んとこで待ってろ。


おぉっ、そこんとこずっと行ってぇ、右へぇって、突き当たりかぁ。

分かったぁ。気を付けて行けぇっ。



・・・大きくなりやがったなぁ(しみじみ)



(亀吉、帰宅)



亀吉:

ただいまぁ



お光:

いつまで遊んでんだよ。

おっかさん、お前が帰って来るの待ってたんだよ。

糸を巻くのを手伝ってくれなきゃ困るじゃないか。

そりゃ、オモテで遊んでたいのはわかるけど・・・


はい、これ持って。しっかり持つんだよ。


ほらぁ、落とす。

ちゃんと手を開いて、動かす・・・


また糸を落とす、ほらぁっ。

ちゃんと持ってぇ。

自分で動か・・・


・・・


お前どうしたの、そのお足。



亀吉:

あ、あ、あたいんだい。あたいんだよ。



お光:

どしたの。



亀吉:

ど、どしたのって、・・・もらったんだい。



お光:

嘘をつくんじゃないよ。

一銭や二銭のお足ならくれないこともないけど、

五十銭なんてお足くれる人がどこにある。



亀吉:

・・・知らない余所のおじさんに、もらったんだ。



お光:

知らない余所のおじさんが、そんな大きなお足なんかくれる訳ないだろう。

おっかさん、その人に会ったら、お礼言わなきゃいけないだろ。


誰にもらったんだぃ。



亀吉:

名前、言っちゃぁ駄目だって。

男と男の約束したんだぃっ。

返しとくれよぅ。



お光:

お前・・・どっかから持ってきたねえっ


ええ?黙って持ってきたんだんだろ。



亀吉:

盗んだんじゃねぇんだよぅ。もらったんだよぅ。


鉛筆なんか買ったりするんだから、返しとくれよぅ。



お光:

じゃ誰にもらったんだい。言ってごらん。


言えない?


お前とおっかさん二人きりじゃないか。

どうして隠し事するんだよ。


誰からもらったんだい。


・・・どうしても言えないのかい。そうかぃ。


本当に言うことを聞かないね。


ちょっとこっち、話があるからこっちおいで。


こっちへおいで。ねっ。



亀吉:

いやでぇ、やだよ。



お光:

じゃ、お前にお足を返すから、こっちおいで。



亀吉:

ほぉってくれよ。



お光:

言うことを聞かなくなったねぇ。


じゃいいかい、ここにお足おいとくから、ね。



あれ、そこにおいてある独楽、誰んだい。



亀吉:

え?どこ?独楽なんかありゃしねぇ・・・



お光:

(捕まえる)こっちへ来いってんだ!


なんてぇことをしてくれたんだ。


おっかさん、お前に、そういうさもしい料簡(りょうけん)になってもらいたくないから、

朝から晩まで、一生懸命、仕事してんだろう。

三度のものを二度にしたって、お前に、不自由な思いさせたことがあんのかい。


どっから、盗んだか言わないかいっ。


やっちまったもん、しょうがない。

おっかさん、一緒に謝りに行くから。


強情だね、お前は・・・。


さあ、これでもか。


わかるかぃ、カナヅチだよ。


これはねぇ、おとっちゃんと別れる時に、お前が風呂敷包みにしまってきたもんだよ。

言わないと、このカナヅチで頭叩き割るよっ。


これは、おっかさんが叩くんじゃないんだ。

おとっつぁんが、叩くのとおんなじだよ。


さぁっ、どっから盗んだか、言わないかい。



亀吉:

うええ〜ん。


盗んだんじゃねぇ、盗んだんじゃねぇ。

それはもらったんだい。



お光:

じゃ、誰にもらったんだい!



亀吉:

おとっちゃんにもらったの、おとっちゃんに〜



お光:

おとっちゃん・・・?


おとっちゃんに会ったのかい?



亀吉:

うん、おとっちゃんって言ったら出てきた。



お光:

そんなことあるかい。


・・・そうかい、そんならそうと早く言やぁいいじゃないか。



亀吉:

オモテんとこで会ったんだよぅ。



お光:

・・・ふぅん。

何だろう、相変わらず酔っ払って汚いナリしてたんだろう。



亀吉:

そんなことはねぇよ。


おとっちゃん、もう酒やめて三年になるんだって。

綺麗なお着物を着てたよ。

半纏だっていっぱい綺麗なの重ねて着てたよ。



お光:

そうかい。あの人がねぇ。そう・・・。

お酒さえやめてくれりゃぁ、いい人なんだよ。


よかったねぇ。うん・・・。



亀吉:

おとっつぁん、こんなことは言わなくていいっつったんだよ、おっかさんには。

言わなくていいっつったんだよ。

吉原の女も、おん出しちまったんだって。

言わなくていいっつったんだよ、おとっつぁんはっ。


どうするぅ?



お光:

何が、どうする・・・。


おとっつぁん、おっかさんのこと、なんか訊いてなかったかい?



亀吉:

両方で、おんなじようなこと、訊いてらぁ。


明日、鰻、食べさしてくれるってんだけど、あたい行ったっていいよねっ。



お光:

あぁ、いいってこったよ。


・・・そうかい。


さぁ、お前、床屋さんいって、お風呂連れてってやるから。



----【語り】----


余程、うれしかったんでしょう。

あくる日になるってぇと、女親はうれしいもんですから、

こざっぱりした形(ナリ)をして、亀ちゃんをすぐに出してやる。


自分も気になってしょうがないものですから

しばらくたつってぇと我慢しきれなくなって、

鏡台の前座って、鼻の頭をぽんぽんぽーんなんてちょいと叩いてね。

新しい半纏なんかを引っかけて、鰻屋の前を行ったり来たり、行ったり来たり。


----------------


(鰻屋にて)


お光:

あのぉ、ごめんくださいまし。

すみません、うちのがお邪魔して・・・。


あ、二階ですか。

あの、ちょいと失礼します。


えぇ、すいません。



亀吉:

おとっつぁん、おっかさん、来ちゃった。



熊五郎:

馬鹿野郎っ。言うんじゃねぇっつったろぉ。



亀吉:

だって、来ちゃったもんしょうがないじゃないか。


おっかさぁん、こっちだから早く上がっといでよ。



お光:

亀?亀吉?


まぁお前はやだねぇ、どうしてこんなところにいるの。

見ず知らずの人とそんな・・・



亀吉:

知ってるくせにあんなこと言うんだからぁ。


おとっつぁん、決まり悪がってるんだから早く呼んでやんなよ。


ほら、おとっつぁん、呼んで。


おっかさん、上がっといで。


おとっつぁん、呼んで。


おっかさん、ほらっ。


もう、しょうがないなぁ。


両方で、仲人に世話焼かしちゃだめじゃないかぁ。



お光:

・・・熊さん、しばらくでしたねぇ。


あの、昨日は、ウチの子がお金をいただきまして、

今日は、また鰻までご馳走してくださるとのこと。

 

どちらの方だろうと、一目、会いましてお礼をと思いました。


・・・お前さんでしたか。


お元気そうでなによりで・・・。


お酒をよして、一生懸命働いているんですってねぇ。


あたしはうれしいですよ。


ありがとうございます。



熊五郎:

・・・頭ぁ、上げてくんねぇか。


い、いやぁ、おらぁ、そこんところでもって亀の野郎にばったり会っちまって、


「おめぇ、鰻、食ってるか。」ったら、

「鰻なんざ、顔も忘れた。」ってもんだから、

「じゃぁ、鰻でも食おうじゃねぇか。」って。

「誰にも言うんじゃねぇぞ。」ってのに、言っちめぇやがった。

 馬鹿だなぁ、おめぇは。


・・・

 

いやぁね、昨日、そこんところで亀の野郎にばったり会っちまって、

「う、う、鰻、食ってるか。」ったら、

「鰻なんか、顔も忘れた。」

「じゃぁ、鰻でも食おうじゃねぇか。」

「誰にも言うんじゃねぇぞ。」ってのに、言っちめいやがんだ。


ば、ば、馬鹿だなぁ、おめぇはぁ。


はぁ、いやぁね、昨日、そこんとこで・・・



亀吉:

おとっつぁんったら、おんなじことばっかり言ってらぁ。



熊五郎:

・・・


おめぇに合わせる顔がねぇ。


・・・


俺が、いまさら、こんなこと言えた義理じゃねぇんだろうが、

亀の野郎、ここまで育ててくれて、ありがとう・・・。


・・・おらぁ、昨夜(ゆんべ)、一晩、ゆっくり考げぇたんだ。

亀がかわいそうでしゃぁねぇ。どうだい。


もし、おめぇさえ、許してくれるんだったら・・・

昔みてぇに、親子三人、川の字になって寝かしてくんねぇかなぁ。


・・・嫌だろうなぁ。



お光:

嬉しい・・・


嬉しいですよ、ええ、ありがたい。本当にありがとう。


熊さん、そんな事はこっちからお願いすることだよね。


・・・一緒になってくださいますか。



熊五郎:

うん。うん。


子どもがいたから寄りが戻るんだなぁ。


亀ぇ。ありがとよ・・・。



お光:

ほんとですよ。


亀吉、良かったね。またおとっちゃんと一緒に暮らせるんだよ。


お前さんとは、もう二度と会えないと私は思ってた。


ましてや、一緒に暮らせるなんて、そんなこと考えても見なかったよ。


この子がいたからねえ、「子は夫婦の鎹」って言うけど全くだねえ。



亀吉:

えっ、あたいが鎹?


だから、おっかさん、あたいをカナヅチでぶとうとしたんだ!




―終演―

参考:

古今亭志ん生

古今亭志ん朝