落語声劇『初鰹』

【登場人物】[1:1](一人読み可)
■熊五郎/枕:亭主
■お勝:女房

※20~30分
※「お七夜」の夫婦です。「芝浜」の女将さんと夢のコラボ。
「芝浜」をご存じない方は、こちら↓を参考までに。
https://ukosaben.web.fc2.com/19shibahama.html
※「芝浜」サイドストーリー④
※「枕」は自由にアレンジしてください。
※語尾変更、アドリブ可

#オンリーONEシナリオ2002 5月

----------【枕】----------

「目には青葉 山ほととぎす 初鰹」と言いまして、これを詠んだのは、山口素堂(やまぐち そどう)。江戸時代の俳人です。松尾芭蕉とは同門で、親交があり、「蕉風(しょうふう)」の確立に寄与したといわれています。

「蕉風」とは、松尾芭蕉とその門人によって確立された俳句の作風のことでして、「閑寂(かんじゃく)」で気品高い芸術としての俳諧(はいかい)を目ざし、「さび・しおり・細(ほそみ)・軽(かるみ)」を重んじたものですね。

誰ですか?アタシは太くて、重くて、錆びついてる、なんて言ってる方は……。ダイエットのことじゃありませんよ?

さて、この句の「青葉・ほととぎす・初鰹」はいずれも夏の季語でして、最初に「目には」とだけ言って、あとの「耳には」、「口には」を省略し、初夏を代表する風物三つを調子よく詠みこんだのが機知(きち)にあふれて快く、大いに人気を得ました。

南の暖かい海で冬を過ごした鰹が、四月~五月にかけて黒潮に乗り太平洋沿岸を北上します。

「女房を質に入れても」といわれた初鰹ですが、鎌倉で水揚げされた「相州(そうしゅう) の初鰹」は特に珍重され、江戸まで早舟(はやぶね)、つまり、 船足(ふなあし)の速い舟で届けたといわれます。

文化九年(1812)には魚河岸に入った十七本の鰹のうち、六本が将軍家へ献上され、残りを高級料理屋の八百善(やおぜん)と魚屋、そのうち一本を「三代目 中村歌右衛門」が三両で買い、大部屋の役者に振舞ったという記録が残っているそうです。

一両が現在の三十万円ぐらい。これは当時の最下級の武士の一年分ほどの給料に相当するようですが、粋で「火事と喧嘩は江戸の花」と言われる江戸っ子だって黙っちゃいません。

初物(はつもの)とは、旬の走りや出始めたばかりのもののことで、実りの時期にはじめて収穫された穀物や果物、シーズンを迎えて最初に水揚げされた魚介などのことをさしますが、昔から、初物は縁起がよく、食べると寿命が七十五日延びると言われてきました。

この寿命が延びる日数が七十五日とされる理由には諸説あるそうですが、季節の区切りの考え方や、種をまき、発芽して収穫までの日数がおよそ七十五日であることなどがあげられます。

いまじゃ冷凍の技術や農家の工夫も加わり、年中いつでも食べられるようにはなっていますが、やはり、「初鰹」や「新茶」、「新米」と聞くと、ちょいと財布が開いちゃいますねぇ。

また好んで初物を食べることや、新たな物事にすすんで手を出すことを、初物食いといいます。

----------【枕ここまで】----------


お勝:お前さん、今日は仕事休みだね。

熊五郎:ああ、やっと休めらぁ。

お勝:横になってるところ悪いんだけどさ、いろいろ手伝ってほしいんだよ。子どもの面倒とか、ガタついてるところ直したりとか。

熊五郎:んだよ、せっかくの休みなのによぅ。

お勝:いいじゃないさぁ。あたしは休みなしなんだよ?子どもの面倒みながら、掃除に洗い物に、あれこれこなしてさぁ、気付いたら一日が終わっていたなんてこと、しょっちゅうなんだから。

熊五郎:かつお。食いてぇなぁ。

お勝:え?

熊五郎:「初鰹」食いてぇなぁ。

お勝:あたしの話、聞いてるかい?

熊五郎:「目には山、初鰹」って言うだろ?

お勝:だいぶ省いたねぇ。それを言うなら「目には青葉 山ほととぎす 初鰹」(めにはあおば やまほととぎす はつがつお)だろ?

熊五郎:それだそれだ!

お勝:目にも鮮やかな「青葉」、美しい「ほととぎす」の鳴き声が聞こえ、食べておいしい「初鰹」

熊五郎:ホーホケキョ!

お勝:それは、うぐいす。

熊五郎:鰹食いてぇなぁ。

お勝:(ため息)仕方がないねぇ。

熊五郎:おっ!あるのかい?

お勝:あるわけないだろ?「まな板に 小判一枚 初鰹」って言うくらいなんだから。到底、あたしらの手に届かないんだよ?そのくらいわかってるだろ?

熊五郎:「女房を質に入れても食べたい初鰹」って、オメェを質に入れても、初鰹が食えるかどうか……。

お勝:何言ってんのさ。あたしを質に入れたら、鰹はもう見たくないってほど食べられるに決まってんだろう。
それより、お前さんを質に入れたら、三文にもならないんじゃないかねぇ。

熊五郎:せめて五十文って言えよ。

お勝:五十文?あ~、イワシ十尾(じゅうび)は買えるね。

熊五郎:ひでぇ!

お勝:自分で言ったんじゃないか。いいかい?初鰹は三両もするんだよ?あたしら庶民が口にすることなんかできやしないよ。

熊五郎:わぁってるよ。でもよぉ、肌寒い日が続くなぁと思ったら、いきなり暑くなったりする季節じゃねえか。ああ、調子がワリィなぁ。こういう時は、「旬」のものを食べると元気になるんだよなぁ。

お勝:「初鰹」一本二両、三両払ってまでも食べたいもんかねぇ。

熊五郎:それが、江戸っ子よ!

お勝:こちらは、子どもの面倒をみるので手いっぱいなんですけどねぇ。

熊五郎:よぅ!「初鰹」と「戻り鰹」だったら、どっちが好きだ?

お勝:食べたことないから知らないよ。

熊五郎:「初鰹」は、赤身の部分が多く、さっぱりとした味わいだ。「戻り鰹」は餌をたっぷり食べているから、脂がのっていて、こってりとしてるだろ?オレ断然「初鰹」だな!

お勝:だから、食べたことないからわからないって言ってるだろ?

熊五郎:「戻り鰹」は脂がのってるから傷むのが早ぇ。猫も食べずにまたいで通る「猫またぎ」ってか。まぁ、オメェにはわかんねぇかぁ。

お勝:ああ、そうですか。じゃ、食べてきたら?

熊五郎:そう簡単に言うなよ。

お勝:土佐にでも行ってきたらどうだい?

熊五郎:遠いわ。

お勝:じゃ、焼津。

熊五郎:行けねぇこともねぇな……

お勝:鎌倉。

熊五郎:よし、ひとっ走り!って行けるか!

お勝:とにかく、あたしに言われてもどうしようもないんだけど?それより―

熊五郎:「初物を食うと七十五日(しちじゅうごにち)長生きする」って言うだろ?その「初物」と「鰹」が合わさった「初鰹」。これを食わなきゃ江戸っ子じゃねえ。今日は、値が張ってでも縁起を担いで初鰹を食べようじゃねぇか!

お勝:江戸っ子、江戸っ子って、うるさいねぇ。無い袖は振れ(ないそではふれ)ません!
ああ、鰹節ならあるよ?

熊五郎:オレぁ猫じゃねぇんだよ!

お勝:猫は喜んで食べるけどねぇ。かわいいもんだよ。

熊五郎:オレと猫を一緒にすんな!
熊五郎:いいか?鰹の縞模様!どうだい、粋じゃねぇか。「いなせ」だねぇ。

お勝:その「初物」にかける見栄と男気を、違うところで使ってくれないかねぇ。

熊五郎:鰹は、鯛と同じくらい「縁起物」とされてるんだぜ?

お勝:知ってますよ。そのくらい。

熊五郎:天文六年(1537年)、武将である北条氏綱(ほうじょう うじつな)が釣りの見物をしていた際、一匹の鰹が氏綱(うじつな)の船に飛び込んできた!これを見た氏綱は「戦に勝つ魚が舞い込んだ」と大喜びし、すぐさま出兵した戦では実際に勝利をおさめたっていうじゃねえか。

お勝:出た。講釈好き。
「勝つ男」で、「かつお」かい?

熊五郎:「勝つ魚」と書いて「勝魚(かつお)」だ!それで、鰹は縁起の良い魚として知られるようになったってわけだ。

お勝:勝つ女で、「勝女(かつお)」でもいいのにねぇ。

熊五郎:ハハハ!オメェは勝気だからなぁ。「お勝女(おかつお)」に変えてもいいかもな!

お勝:そしたら、大事にしてもらえるのかい?

熊五郎:朝獲れたものを、その日のうちに八丁櫓(はっちょうろ/船)で江戸に運ぶ。だから別名「上り鰹」とも言う。いいねぇ。あ~、しっぽの先でもいいから、食えねえかなぁ。富くじが当たらねぇかなぁ。

お勝:また話聞いてないし……。とにかく、鰹は高いし、足がはやい。まぁ無理だろうねぇ。

熊五郎:オレだって、足ははやいぜ。

お勝:その足じゃないよ。傷みやすいってことでしょ。

熊五郎:わあってるよ!

お勝:ま、すぐ不貞腐れるところは、同じかねぇ。

熊五郎:あ~、食いてぇなぁ。食いてぇなぁ。

お勝:子どもだよ、まったく。「初鰹」は人気があるからすぐに売り切れちまうんだろ?飛び切りの上物は、幕府へ献上。あとは役者や料理屋、魚屋……。あ……っ!

熊五郎:お、なんでぇ、なんでぇ。

お勝:「魚勝(うおかつ)」!勝五郎さんのところに行ってみたら?

熊五郎:はっはぁ、「魚勝」ねぇ。

お勝:この子が生まれてから行けてないけど、「魚勝」さんの魚はいいよ~。勝五郎さん、一度は酒で失敗したけどさぁ。

熊五郎:芝浜!

お勝:四十二(しじゅうに)両!

熊五郎:「また、夢になるといけねぇ」

お勝:それそれ。なんやかんやあって、すっかり改心してさぁ。

熊五郎:まったく、よくできた女将さんだねぇ。

お勝:……なにが言いたいのさ?

熊五郎:おっとぉ!雷が落ちる前に、行ってくるぜ。

お勝:鰹がなかったら、鰯(いわし)でも買ってきておくれよ!

熊五郎:おうよ!

【間】

熊五郎:こんちは!

魚勝の女将:いらっしゃい!

熊五郎:あ~、あなたが、あの勝五郎さんの……

魚勝の女将:何をお求めで?

熊五郎:いやいや、なんともはや、まるで有名人にでもあった気分ですよ。はぁ~、さすがにできる女将は、なんといいますか、こう風格が違いますねぇ。うちのかかぁに、爪の垢を煎じて飲ませたいくらいですよ。なんて、それは無理な話でしょうから、あの~、いきなりでなんなんですが、握手していただいてもよろしいですか?

魚勝の女将:え?

熊五郎:握手していただきましたら、このまま帰って、うちのかかぁの手を握ろうと思います。

魚勝の女将:嫌ですよぅ、お客さん、何をおっしゃっているんですか(笑う)あたしの手なんて、魚の匂いがうつるだけですよ?それより、魚をお求めにいらしたんでしょう?

熊五郎:あ!そうっす!鰹!初鰹!ありませんかねぇ。

魚勝の女将:鰹ですか……。一本あったんですけどね、朝のうちに売り切れてしまいまして、あいにく……。

熊五郎:そっすか……。あ、あの、勝五郎さんは?

魚勝の女将:ああ、夕河岸(ゆうがし)に行ってますよ。

熊五郎:いやぁ、お会いしたかったなぁ。

魚勝の女将:すいませんねぇ。

熊五郎:いやいや、いつもは、かかぁが買いに来てるんですけどね。「鰹が食べたきゃ"魚勝"さんとこの魚がいいから、行ってみたら?」なんて言われましてね。

魚勝の女将:それはそれは、いつもご贔屓いただきありがとうございます。ええと、おかみさんは……?

熊五郎:あ、ウチのですか。「お勝」って言うんですけどね。あっしは「熊五郎」っていいやす。

魚勝の女将:ああ、「お勝」さんですか。お子さんが生まれてから、なかなか来られないようで、どうされてるかなと思っていましたよ。娘さんでしたねぇ。お元気にされていますか。

熊五郎:へえ。ありがとうございます。元気でやってます。いまは、魚や青物は、棒手振(ぼてふり)から買ってますよ。「はやく、魚勝さんところに行きたい」なんて言ってやす。

魚勝の女将:そうですか。それはありがたいことです。あたしもお勝さんに会いたいですよ。来てくださったときは立ち話ししてねぇ。明るくてかわいらしいおかみさんですよ。

熊五郎:そっすか。商売の迷惑になってねぇですか。

魚勝の女将:全然!旦那衆(だんなしゅう)からしたら、どうでもいい話に聞こえるかもしれませんが、女ってのはね、喋って気分がスッキリするもんなんですよ。
わたしも商売ばかりじゃ疲れちまうんですけどねぇ。おかみさん方と話すと楽しいんですよ。

熊五郎:そういうもんですかねぇ。あ、なんか変なこと言ってませんか。

魚勝の女将:いえいえ。……あ、名前の話は聞きましたよ。女の子なのに、男の子の名前をつけようとされたとか。

熊五郎:あ~、お恥ずかしい限りで。

魚勝の女将:結局、どんな名前にされたんです?

熊五郎:「お初」です。初物なんで。

魚勝の女将:(笑う)まぁ、でもいい名前じゃありませんか。お勝さんも安心ですね。

熊五郎:へへ。しかし、ど~も子どもが生まれてからイライラしていましてねぇ。ここんとこ、ウチに居ずらいんですよ。今日もせっかくの休みなのに、アレしてほしいだの、コレしてほしいだの……。

魚勝の女将:産後三月(みつき)くらいは手がかかる頃ですよ。夜泣きなど大変じゃないですか?

熊五郎:あ~、夜泣きねぇ……。よく見てますよ。

魚勝の女将:おや、旦那が?

熊五郎:いや、かかあが。あっしは一度寝ると、殴られても起きねぇんです。

魚勝の女将:じゃあ、お勝さん、よく眠れてないでしょうねぇ。そのまま、朝餉(あさげ)、洗い物、洗濯と……、休む暇もないでしょうに。

熊五郎:でも、こっちも稼ぎに行ってますからぇ。家のことは、かかあに任せて……

魚勝の女将:うちの亭主もね、大きい子どもみたいなもんでしたよ。苦労しました。あたしが、あちこち頭下げたりして、なんとかやりくりしてたんですけど……。あんなことがあってから、ますます。本当にどうしようかと思いましたよ。

熊五郎:例の芝浜の……ですかい?

魚勝の女将:ええ。河岸(かし)中、町中に知られてしまって、恥ずかしいんですけどねぇ。
でも、商売の楽しさを思い出してくれて、お店も持てて、あたしを労ってくれて、いまは本当に幸せですよ。

熊五郎:いやいや、いい話じゃないですか。ええ?女将さんの采配がよかったんでしょう。ですんで、うちのかかあにも、女将さんに倣ってもらいてぇと思いまして、握手を……

魚勝の女将:熊五郎さん、そんなことしたら、余計にお勝さんが怒っちまいますよ?

熊五郎:へ?

魚勝の女将:女はね、「亭主に褒めてもらいたい」「ありがとう」って言ってもらいたいと思ってるんですよ?それだけで頑張れるもんです。熊五郎さんもそうじゃないですか?

熊五郎:そりゃぁまぁ……。かかあは、よく言ってくれてましたけどね。最近はどうも……。

魚勝の女将:お勝さんが寝込んだらどうします?お初ちゃんをおんぶして、仕事に行きます?

熊五郎:(考え込む)……。どうしたらいいですかねぇ。

魚勝の女将:今日は、「お勝さんのために」初鰹を買いにいらしたんでしょ?「旬」のものを食べると元気になりますもんねぇ?

熊五郎:え?あ、あ~、そ、そうです!鰹がなかったら、鰯(いわし)を買ってきてと……。

魚勝の女将:鰯ね。ちょいとお待ちくださいね。

熊五郎:へい、すいやせん。……そういうもんかねぇ。
「鰹が食いてぇ」って言っても、かかあは「鰹節ならある」って、取り合ってくれねぇんです。

魚勝の女将:「鰹節」も縁起がいいんですよ?

熊五郎:え、そうなんすか?

魚勝の女将:鰹を三枚に下ろしたその半身を、さらに二枚に下ろすことで作られるので、背側を「雄節(おぶし)」、腹側を「雌節(めぶし)」って言いましてねぇ。その「雄節」と「雌節」は、ぴったりと合わさる形になっていることから、縁起が良い「夫婦の象徴」なんですよ?

熊五郎:そいつぁ知らなかった!さすが女将さんだねぇ!

魚勝の女将:これでも魚屋ですからね。

熊五郎:オレの飯を、猫の飯ですませるつもりかと思ってましたよ。

魚勝の女将:(笑う)まぁその調子だと、そうなのかもしれませんけどねぇ。出ていかれないように気をつけた方がいいかもしれませんよ?

熊五郎:そ、そんな、脅かさねぇでくださいよ。

魚勝の女将:はい、お待ち。

熊五郎:どうも。じゃお勘定……、あれ?この切り身……。

魚勝の女将:鰆(さわら)ですよ。大きさとしては「サゴシ」ですけどね。成長すると名前が変わる「出世魚」で、「春を告げる祝い魚」ですよ。
東じゃ、冬が旬ですけど、西だと旬は春で、「身」と「真子(まこ)」や「白子(しらこ)」を一緒に食べるらしいですよ。今朝は、珍しく鰹と一緒に入ってきたんでね。ちょっとだけで申し訳ないですけど、お勝さんに差し上げてくださいな。出産祝いしてなかったですし。

熊五郎:いやいや、それは申し訳ないっすよ!

魚勝の女将:いいのいいの!持ってって!

熊五郎:それはいけねぇ!勘定に入れてくださいよ!

魚勝の女将:いいの!あたしからお祝い。
塩を軽めにふって、焼き上げて、後で大根おろしや醤油をかけても美味しく食べられますよ。
それなら熊五郎さんにもできるでしょう?だから、たまには、ね。

熊五郎:へい……。じゃ……ありがたく頂戴いたしやす。

魚勝の女将:それともう一つ、縁起がいいのは魚だけじゃないですよ?

熊五郎:へ?

魚勝の女将:「お勝」さんって名前ね―

【間】
―小走りで呟きながら帰る熊五郎

熊五郎:いやぁ、知らなかったなぁ。はじめは「お八」という名前だった娘。家康様の側室になり、寵愛(ちょうあい)を受け「お梶の方」となり、戦に女を連れていくのは「縁起の悪いもの」とされていたのに、あの天下分け目の大戦(おおいくさ)……「関ヶ原の戦い」の陣中に、連れていったとは……。

勝利を収めた家康様は、「お梶の方」の名を「お勝の方(於勝)」に改めさせた!しかも冬の陣、夏の陣にも連れていったとはねぇ。「お勝の方」様は、家康様にとって験担ぎ(げんかつぎ)だったんだろうなぁ。

しかし、「お八」「お梶の方」「お勝の方」か、まるで出世魚だな。
……戦に勝ったから「お勝の方」なのか?……ま、いいや。

うちのかかあも「お勝」だ。こらぁ、いいことあんのかもしんねぇな!
よし、今日は、オレが「サゴシ」の塩焼きをしてやっか。

おい、帰ったぞ(けぇったぞ)!

……ん?いねぇのか?おーい。お勝?

外か?

―外をキョロキョロ

熊五郎:いねぇな……。お初を連れて、よそんちにでも行ってんのか?
ま、ちょっと待ってみるとするか。

【間】

―お勝、息せき切って帰ってくる

お勝:はぁ、はぁ、はぁ~……。あ、お前さん、帰ってたのかい。すまないね。

熊五郎:……。

お勝:ごめんよ。お初がなかなか泣きやまないんで、ちょいと町医(まちい)に診てもらってきたんだよ。

熊五郎:……。

お勝:急に暑くなったから、暑気あたりかと思ってさあ……。でも、大丈夫だったよ。いまはよく寝てるよ。

熊五郎:……。

お勝:お前さん……?黙って留守にしたから怒ってるのかい?

熊五郎:うう……。

お勝:え?

熊五郎:お勝~~~!!(泣き)

お勝:な、なんだいなんだい。ええ?泣いてるのかい?

熊五郎:出ていっちまったのかと思ってよぅ……(泣き)

お勝:なに言って……、出ていくわけないだろう?

熊五郎:こんなに脂汗かいちまって……(泣き)

お勝:お初がどこか悪いのかと焦ってたし、陽は落ちてきたけど、まだ暑いからねぇ。走ったら汗が。ふぅ……。でも、ひと安心だよ。
よいしょっと(お初をおろして、寝かす)

あ、魚、買ってきてくれたのかい。でも、さすがに初鰹はなかっただろう?

熊五郎:オレぁ、戻り鰹のが好きだ……(泣き)

お勝:え?「戻り鰹」は脂がのっていて、こってりとしてるから、オレは「初鰹」のがいいって……。

熊五郎:いや、脂がのってる「戻りお勝女(もどり・おかつお)」が好きだ。

【終演】