落語声劇『焼きもち』

【登場人物】♂1:♀1

おはる:若旦那・作次郎の女房。せっかちで、かなりのヤキモキ焼き。

おとっつあん:作次郎の父。松坂屋の大旦那。

※古典落語「夢の酒」「悋気の火の玉」「権助提灯」を少し絡めた話になっています。

※約15分

※お相手が困らない程度のアドリブ可

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【豆知識】

「身代(しんだい)」: 一身に属する財産のこと。

「悋気(りんき)」:ヤキモチ。嫉妬することを「妬く(やく)」と言うことから、「焼く」に掛けて、洒落で「餅」が添えられた。「妬く」と「気持ち」から「妬く気持ち」となり、「焼きもち」になったともいわれる。

「人を呪わば穴二つ」:人に害を与えようとすれば、やがて自分も害を受けるようになるというたとえ。

「おしるこ」:江戸時代からあり、当初は甘いものではなく、塩味で調味されていて、お酒のつまみとして出されていたんだそうで、現在のように甘い料理ではなかったようです。

「御新造(ごしんぞう/ごしんぞ)」:江戸時代、武家あるいは富裕な町家の妻や新妻をよんだ尊敬語。旗本や御家人の妻を「奥様」とよぶのに対して、諸大名に仕える家臣の妻、町家の上流階級の妻や医者の妻も「御新造」とよんだ。のちに、身分にかかわりなく、一般に他人の妻や若女房をよぶのに用いられるようになった。

----【枕】----------------

「悋気(りんき)は女の慎むところ、疝気(せんき)は男の苦しむところ」と言いまして、悋気(りんき)とはいわゆる「ヤキモチ」のことです。焼きすぎるのも困りますが、焼かないのもいけません。ヤキモチってぇのは難しいもんです。

まぁ、ヤキモチを焼いても、怒ったり泣きわめいたりするより、ちょいとしおらしく、「寂しいわ」なんて言われると「かわいいなぁ」なんて思ってもらえる……と、ようございますねぇ。

しかし、これを言われた日にゃあ、男は崖っぷちって言葉がありますね。

「私と仕事とどっちが大事なの?」

これですよ……。

もう、こめかみに銃口を突き付けられたようなもんです。どう答えるかで、今後の人生が変わってしまう場合もありますからねぇ。

もちろん、男もヤキモチは焼きます。

今の時代、「仕事と俺とどっちが大事なの?」と聞く男性も出てきているとか。

この場合、あっさり「仕事」って言われそうな気もしますので、聞かない方が身のためかもしれませんねぇ。

さて、落語にも、ヤキモチ焼の女房の話がいくつかあります。

その焼き方も、ちょっとやそっとじゃございませんでー。

----【枕ここまで】----------------

ーおはる、泣きながらおとっつあんに訴える

おはる:おとっつあん!おとっつあん!

おとっつあん:なんだぃなんだぃ、騒がしいな。どうした、おはる。血相変えて。

おはる:あの人がぁ、作次郎さんがぁぁあ!

おとっつあん:作次郎が?なにがあった!

おはる:向島(むこうじま)に用事の途中で夕立にあって、傘もなく困ったそうでぇぇぇ!

おとっつあん:なんだ、濡れ鼠(ぬれねずみ)になって、風邪でもひいたか?

おはる:いいえ!

おはる:よそ様の軒先(のきさき)で雨宿りしていたそうで、そうしたら、そのウチの御新造(ごしんぞう)さんが出てこられて、「風邪をひくといけませんから、雨が止むまでおあがりになってください」って!!

おとっつあん:そうかい。そりゃ、うちのお得意様かもしれないな。それがどうしたい。

おはる:「それでは、雨がやむまでお世話になります」とあがったそうなんです!器量よしの御新造さんだったそうで、きっと鼻の下でものばしてあがったんじゃないですかぁぁ?しかも、そのウチの旦那様はお留守だったそうなんですよ~~~っ!

おとっつあん:まぁ、落ち着きなさいよ。女中さんはいらっしゃっただろう。二人きりってことはない。

おはる:世間話をしているうちに、御前とお酒が出てきたそうなんです!!

おとっつあん:それはまた、ご親切にありがたいねぇ。

おはる:勧め上手な御新造さんにのせられて、作次郎さんったら、お酒を吞んだんだそうです!

おとっつあん:まぁこちらは客商売だ、断るのも無粋だろう。

おはる:ついつい吞みすぎて気分が悪くなって、布団を出されてぇぇぇ!

おとっつあん:ほぅ…?まぁ、目の前で、他人様が気分が悪いとおっしゃれば、そうするだろう。

おはる:親切に介抱してもらったとか!!

おとっつあん:ちょっと雲行きが怪しくなってきたねぇ……

おはる:そうしたら!!

おとっつあん:し、したら…?

おはる:「若旦那はそのままで、私はその横に入らせていただきますから…」って~~!!

おはる:私というものがありながら、そのようなことを~~!!!

おとっつあん:ほんとうかい?あの真面目な作次郎が?そいつぁ、にわかに信じがたい話だなぁ。

おはる:作次郎さんの口から聞きましたもの!本当のことに決まっています!!

おとっつあん:ええ?それにしても、ずいぶん素直に話したもんだな。

おはる:ですから、おとっつあんから、作次郎さんにひと言いってほしいのです!

おとっつあん:そりゃあ、それが本当なら、アタシがきつく言って聞かせるよ。

おはる:夢の中で浮気しないでください!!!って。

【間】

おとっつあん:………夢?

おはる:そうです!夢の中でそんなこと!「いいところで起こされた」だなんて言って!

おはる:夢じゃあ、私は口も手も出せないじゃありませんか!ひどい!

おとっつあん:いやいや、おはる。落ち着きなさいよ。作次郎の夢の話なんだろう?

おはる:そうですよ?それがどうかしましたか?

おとっつあん:まさかの夢オチかい……

おはる:なんです?

おとっつあん:いや、こちらの話だ、なんでもない。ということは、何もなかったんだろう。たまにはそういう夢も見るだろうよ。そんなに目くじら立てることもない。

おはる:嫌ですよ!夢でも!!

おとっつあん:困ったねぇ。おはるは本当にヤキモチ焼きだ。「悋気(りんき)は女のつつしむところ―」なんて言うだろう。 

おとっつあん:いいかい、女のヤキモチは、ちょっとならいいよ?「ああ、俺に惚れてるんだなぁ、かわいいなぁ」って思いますよ。

だけどね、度が過ぎるヤキモチは、こらぁ男としては息苦しいもんだよ?

おはる:そうは言っても……

おとっつあん:まぁいいから、落ち着きなさい。ほら、お茶でも飲んで。

こんな話がある。浅草の立花屋という鼻緒問屋の旦那はいたって堅物(かたぶつ)。ある時、仲間の寄り合いの流れで吉原に誘われた。一度遊んでみるとすっかり味をしめ、吉原に日参(にっさん)するようになる。しかし、そこは商売人。そろばんをはじくと、これでは身代(しんだい)がもたないと分かり、花魁(おいらん)を身請けして根岸の里の妾宅(めかけたく)に囲った。

おはる:作次郎さんが!吉原に!花魁を身請け?きぃぃぃ!

おとっつあん:なんだい、きぃぃぃ!って、やかましいねぇ。作次郎の話じゃない。落ち着いて聞きなさい。

おとっつあん:本妻にもちゃんと挨拶をして、しばらく二人は仲良くやっているように見えた。「今日はあちらに泊ってあげてください」「いえ、それでは、しめしがつかなくなると困りますので、今日はあちらで泊まって下さいませ」のやり取りで、一晩中、あっちの家、こっちの家を行ったり来たりで、結局夜が明けたなんてこともあったらしい。

おはる:ざまあみろ(ボソッと)

おとっつあん:なんだい?

おはる:なんでもありません。

おとっつあん:しかし、まぁ、そう長くは続かず、本妻の機嫌が悪くなってきた。それで、月のうち本宅に二十日、妾宅に十日泊まるようになる。旦那がお茶を入れてくれと頼んでも「あたしのじゃうまくないでしょ、ふん」と万事こんな調子だ。

おはる:そんなの当たり前ですよ!

おとっつあん:旦那はこれでは面白くないので、妾宅へ二十日、本宅へ十日……

おはる:妾のところに月二十日?そんなの、おかしいじゃあ、ありませんか!おとっつあん!これはいったいどういうことです!

おとっつあん:おいおい、アタシの話じゃないよ?立花屋の旦那の話だ。

本妻がそういう風になると、旦那は家に居づらくなる。居たくなくなる。それで、他のところに逃げてしまうんだよ。

おはる:もともと悪いのは、その旦那じゃありませんか!

おとっつあん:いや、まぁそれはそう……。

とにかく、話の続きはこうだ。こうなるともう手が付けられない。本妻と妾が憎み合い、お互いを呪い殺してしまおうと、真夜中に藁人形を杉の大木に打ちつけるようになる。本妻が五寸釘なら、妾は六寸釘だ、それなら七寸釘、八寸、九寸だと、もう女同士の呪い競争だぁ。

しかし、「人を呪わば穴二つ」とやらで、本妻と妾は時を同じくして死んでしまった。

おはる:ひどい!じゃあ、なんですか、おとっつあんは私も死ぬと?

おとっつあん:どうもおはるはせっかちだ。だからすぐに怒る。そこは直さなきゃいけないよ?いくらのんびり屋の作次郎でも、おはるがそれじゃあ、そのうち本当に逃げてしまうよ?

おはる:むぅ…(むくれる)

おとっつあん:ほら、餅がひとつ焼きあがった。

おはる:……それでどうなったんですか。

おとっつあん:二人の葬式も終わり初七日、真夜中になると二つの火の玉が飛んで来てはぶつかって、火花を散らして喧嘩を始めるという噂が立つ。本妻と妾は火の玉になっても喧嘩だぁ。

旦那が二人をなだめようと出かける。煙草を吸おうとするが火道具を忘れてきた。すると、両方の火の玉が飛んできた。本妻の火の玉をなだめながら、旦那が煙草の火をつけようと煙管(キセル)を近づけると、火の玉がすうーっとそれて、「あたしのじゃうまくないでしょ、ふん」ときたもんだ。

どうだい、「悋気(りんき)」ってのは醜いだろう?「かわいいなぁ」と思われる程度におさめとくのが丁度いい。

おはる:むぅ…(むくれる)

おとっつあん:なんだ、もうひとつ焼きあがったか。まぁそのくらいならかわいいもんだ。ああ、ちょうどいい。お前のそのお餅をとって、焼いてみようか。

おはる:(頬っぺたをひっこめる)

おとっつあん:ハハハッ!ちょうど、小豆あんを煮てある。餅を焼いて、おしるこにして食べようじゃないか。ほら、そこにある餅を二つ持ってきておくれ。

いいかい。火鉢に餅網を使って、お餅をひとつひとつ自分でじっくり炭火で、ほど良く炙る(あぶる)。

ああ、ひとつは、いい焼き具合になってきた。こちらはもういいな。よし、とっておくれ。熱いから気を付けるんだよ。もうひとつは、そのままもう少し焼いてみよう。

おはる:焦げてしまいますよぅ。

おとっつあん:そうだな。おお、膨らんできた、膨らんできた。ああ、ほら、割れて穴が開いてしまった。黒焦げだ。こうなると不味い。わかるかい?

おはる:……おっかさんは、焼きもちはやかなかったんですか?

おとっつあん:女房かい?いやぁ、うちのは懐の深い、できた女房でねぇ。ちぃとは焼いたかもしれないけど、それで泣かれたとか、怒られたとかの覚えはないねぇ。

ただ、怒ると黙り込んで、アタシと数日話してくれない、なんてことはあったかなあ。あれはあれで、おっかないもんだ。

おはる:あの優しいおっかさんが…?おとっつあん、いったい何をしたんです?

おとっつあん:アタシは酒呑みだからね。ついつい呑みすぎて、次の日、店先に出られなかったとか、まぁ、そんなところだったかな。

おはる:しっかり者のおっかさんらしいですね。でも……、それで数日、口をきかないなんて…。(疑いの目)

おとっつあん:な、なんだい、その目は。

おはる:もしやおとっつあん。女絡みで何かあったんじゃないですか?

おとっつあん:いやいや、それはない。アタシには過ぎた女房だ。毎日ありがたいと思ってるんだ。……まぁ、ただ……

おはる:ええええええ~~~!!

おとっつあん:まだ何も言っちゃいないじゃないか。どうしてそうせっかちなのかねぇ。

いいかい?間違えちゃ困るよ?作次郎が、三つくらいだったかな。女房が、身売りされる途中の、六つか七つの女の子を見かけてね。気の毒に思って引き取ってきた。アタシが連れてきたんじゃないよ?

女房は、その子を娘のようにかわいがってねぇ。ああ、お梅というんだがね。お梅も、作次郎を実の弟のように面倒みてくれた。

お梅は、うちで奉公人として働いていたんだが、これがどんどん器量よしになって、十年も経つと、すっかり看板娘になった。お梅を目当てに来る客も増えてねぇ。ありがたいことに商売繫盛だ。

ところが、実の娘でもないことを気にしてか、お梅が「奥様に申し訳ない」とウチをやめると言い出した。別に何も悪いことなぞしちゃいない。お店のためによく働いてくれて、作次郎もなついている。女房も引き留めた。それでも……、というものだから、頼れる身内もいないだろうし、離れを作ってやってね、しばらくそこに住まわせた。

そのうち、ツテで、向島の大黒屋に奉公に行くことになった。器量よしで働き者のお梅だ。すぐに大旦那に気に入られて、そこの若旦那と夫婦になった。

おはる:ま、まさか、嫁に行く前に、そのお梅さんに手を出したとか……

おとっつあん:そんことはしないよ!アタシだって娘のように思っていたんだからね。

おはる:(疑いの目)

おとっつあん:その目で見るのはよしなさい……。

ただ、「嫁ぐ」と決まった日から、なんだか気が晴れなくてねぇ。毎晩毎晩呑みすぎて、夢の中で、お梅の名前を呼んで泣いていたことがあるらしいんだ。アタシはちっとも覚えていないんだけどね。それから、少し女房の機嫌が悪かったねぇ。

おはる:それはさすがのおっかさんもヤキモチを焼きますよ!いくらかわいがっていたとはいえ、実の娘でもない女の人が、毎晩夢に出てきてたわけでしょう?しかも、自分の名前を呼ばないで……。私だったら、布団ごとひっくり返して、叩き起こしますよ!

おとっつあん:だから、怖いんだよ、お前さんは……。

おはる:ふん!

……あら?ちょっと待ってくださいよ。向島の大黒屋さんとおっしゃいましたか?

おとっつあん:ああ、そうだよ。いまじゃ、二十五、六になる御新造さんだ。

おはる:向島の御新造さん?!夢?!

おとっつあん:ハハハ。おそらく、作次郎が見た夢に出てきた御新造さんは、お梅のことだろうよ。小さい作次郎を、よく寝かしつけてくれたからなぁ。

おはる:じゃあ、布団に入ってきたっていうのは……

おとっつあん:ああ、昔のように寝かしつけてくれようとしたんだろう。

おはる:なんだ……。

もう!作次郎さんったら、それならそうとおっしゃってくださればいいのに!

おとっつあん:おはるに話すと、すぐ怒るからだろう。しかも、話を全部聞かないで、アタシのとこに来ちゃったんだろう?そこまで、作次郎のことを好いてくれているってぇのは、親としてはありがたいことだとは思うけどもねぇ。

おはる:むぅ…(むくれる)

おとっつあん:ああ、また餅ができたか。ほら、おしるこを食べなさい。せっかくいい具合に焼けた餅も、ほっておくと硬くなってしまうよ。

おはる:いただきます……(食べる)

おはる:もちもちしていて、美味しゅうございます……

おとっつあん:そうだろう?

これからはヤキモチを焼くにしても、焼きすぎず、しかし、ほっておいて二人の仲がかたくならないようにしなさい。

おはる:その塩梅(あんばい)が難しいんです…。


おとっつあん:ま、そこは、「悋気(臨機)応変」(りんきおうへん)に、な。


―終演―