【登場人物】[1:2]
・望月 あさひ（高校1年生）：3歳頃から児童養護施設にいる。その頃の記憶はない。両親は交通事故で死んだと聞かされていた。
・杉山 真治（38歳）：児童相談員あさひを守るために、幸恵が児童相談所に相談。二人のことをずっとサポートしている。
・望月 幸恵（ゆきえ・42歳）：息子を守るための行動をとり、精神病棟に入院したまま。自分の存在は息子に知らせないでほしい、と杉山に頼んである。
・望月 聡（さとる・故人）：大人の発達障害。外では穏やかだが、あさひがうまれてから、幸恵に暴力をふるうようになる。
※30～40分ほど
※父親との回想シーンは、杉山役が兼任。
※クラスメートの女子は、母親役が兼任。
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【SE 自動車衝突音】
幸恵:（苦しそうに）もしもし？もしもし？はやくっ！はやく助けてください！
【SE 救急車・パトカーの音】
【間】
―あさひ、学校から帰ってくる。
あさひ：はぁ……
杉山：やぁ、おかえり。
あさひ：あ、杉山さん、ただいま……
杉山：どうだい高校生活は？友達ができたかな。
あさひ：うーん……。少し話したくらいで、まだ友達といえるほどじゃないかな。
杉山：まぁ慌てずにいこう。部活は入るのかな。中学まではテニスをやってたんだよね。
あさひ：なんか熱が冷めたというか……。上下関係に疲れるんです。顧問や先輩に怒鳴られると、体が硬くなって動けなくなって、それでまた怒鳴られて、身体の震えがとまらなくて……
杉山：そっか……。無理しなくていいと思うよ。部活に入らなくても、あさちゃんがやりたいものがあれば。
あさひ：そう……ですね。……あの、杉山さん。
杉山：なんだい？
あさひ：クラスで自己紹介をした後、女子にちょっと言われたことがあって。
杉山：うん？
【SE 学校のチャイム】
―回想1：クラスメートの女子・遠藤奈々子（軽いノリで聞いてくる）
奈々子：ねぇ、望月さん。
あさひ：え？
奈々子：もしかしてさ、小さいとき、開成町に住んでなかった？
あさひ：そう、だと思う。
奈々子：覚えてないの？
あさひ：小さい時の記憶がないの。
奈々子：私も近所に住んでたんだよ。遠藤奈々子。
あさひ：遠藤さん……。ごめん、覚えてなくて。
奈々子：あぁ、やっぱりそうなんだ……。あの時の事故で……。
あさひ：え？
奈々子：あ！ ごめん！ なんでもない！同じ年だし、名前聞いて、顔の雰囲気も。もしかして？と思っただけだから！じゃね！
―回想終わり
杉山：そんなことがあったんだ。
あさひ：私、気づいたら施設にいて、杉山さんがよくしてくれて、高校も入れてー。事故のせいで記憶がなくて、両親もその時死んで、私だけ助かったって聞いてたけど…。遠藤さんの反応がずっと気になっちゃって……。
杉山：……
あさひ：杉山さんは何か知ってるんでしょ。私の小さい時のこととか、親のこととか。
杉山：そう…だね。
あさひ：教えてほしいの、本当のことを！
杉山：そうか……。
あさひ：私、調べたの。
杉山：なにを？
あさひ：私が3歳の時に高速道路で自動車事故にあったんですよね？その時の新聞を探したんです。これ。
【SE 紙の音 手元の紙などを使ってOK】
あさひ：新聞の見出しが、『親子心中か？』『母親の暴走』『優秀な父親』。近所の人の話『妻が、優秀でやさしい夫のことを、近所の人に悪口を言っていた』
これって、どういうことなの？お母さんがお父さんを殺したの？杉山さん！教えてよ！
杉山：…わかった。まずは落ち着いて。座って話そう。最初に言っておく。あさちゃんのお母さんはそんな人じゃない。これは事故だ。君を守るための行動だったんだ。
あさひ：私を守る？誰から？
杉山：お父さんからだ。
あさひ：どういうこと…ですか。
杉山：君のお父さんは―、大人の発達障害だったんだ。わかるかな。
あさひ：聞いたことはありますけど……。
杉山：ご両親は、交際期間中や新婚の頃は、うまくやっていたんだよ。お母さんの方は、少し違和感は持っていたようだけどね。ところが、君が生まれたら、お父さんが君をライバル視するようになったんだ。
あさひ：え？
杉山：あさちゃんの世話に一生懸命になっているお母さんをみて、『裏切った』と思うようになったんだよ。
そして、子育てには協力しない、むしろ制限をかけて邪魔をするようになって、それが日々激しくなっていったんだ。
あさひ：……まさか、暴力ですか。
杉山：残念ながら、そうだね。
あさひ：そんな……。
杉山：家の中では、室内の温度や湿度から、あらゆる日用品まで、お父さんの指定した銘柄以外を買うことは許されない。指示通りにできないと、土下座して反省文を強要されていた。お父さんは、外ではまじめそうで穏やかに見えていたから、ご近所からは評判がよかったんだ。お母さんがそのことを外で相談すると、誰にも信じてもらえず、地域から孤立していき、心身がむしばまれていったんだよ。
お父さんは君のことをライバル視していたから、お母さんは君を守るために必死だった。それで児童相談所に電話をかけてきてくれたんだ。
ところが、それを知ったお父さんは激昂して、その晩、無理やりお母さんと君を乗せて高速道路へ。
あさひ：お、親子心中…？
杉山：違う。ここからは、かなり辛い話になる。君が傷ついたり、忘れていた記憶がよみがえったりして苦しむかもしれない。……どうする？
あさひ：……知りたい。それでもいい！本当のことが知りたい！なにがあったんですか！
―回想2
【SE 車・走行車内音、急ブレーキのところまでずっと流す】
幸恵：あなた、どこに行くの？スピード出しすぎよ？
聡：……
幸恵：山の方に向かっているみたいだけど、こんな暗い時間に危ないじゃない！
聡：俺に命令するな！
幸恵：あさひも寝てるし、ねぇ、お願いだから帰りましょう？児童相談所に連絡をしたのは私が悪かったわ。謝るから！お願い！
【SE 車・クラクション音 イライラしているので、何度か鳴らす】
聡：お前はやっぱり、俺よりあさひをとるのか。
幸恵：やっぱりって…。何言ってるのよ！
聡：……捨ててこい。
幸恵：え？
聡：山の中に、あさひを捨ててこいっ！
幸恵：何言ってるの？正気？
聡：何度も言わせるな！あさひを捨ててこいっ！
幸恵：大きな声を出さないで！あさひに聞こえるわ。
聡：俺のいうことを聞けないのか！（髪の毛をひっぱる）
幸恵：痛い！髪を引っ張らないで！お願いやめて！ごめんなさい！お願いだから車をとめて！！
聡：うるさいっ！
幸恵：聡さん！(ハンドルを掴む)
聡：なにやってんだ！ハンドルを掴むな！手を放せ！
幸恵：いや！とめて！お願い！！ああっ！ぶつかる！！！
聡：うわあああああっ！！！
【SE 急ブレーキ・ 衝突音】
【SE 電話呼び出し音】
幸恵：うう……。もしもし、杉山さん……。はやくはやく来てください。娘が、あさひが……。私はどうなってもいい。あさひだけでも助けて……。
【SE 救急車・パトカーの音】
―回想終わり
あさひ：それで私だけ助かったんですか？お母さんは？お父さんはどうなったの！
杉山：中央分離帯にぶつかって、お父さんは即死だった。お母さんは……。お母さんは生きているよ。
あさひ：っ！
杉山：車の外に放り出されて、重症だったが、君のことを抱きかかえたまま倒れていたよ。
あさひ：お母さんが生きてる？嘘でしょ……。じゃあ、なんで！なんで！私はずっとひとりなの！！
杉山：（かぶせ気味に）『カサンドラ症候群』
【BGM 切ない系】
あさひ：え？
杉山（ゆっくり説明する）：『カサンドラ症候群』は、発達障害者への報われない支援の毎日から、精神的苦悩や疲弊が大きくなりすぎて、パートナー自身が、精神的にサポートが必要になる状態のことをいうんだ。身体的・精神的症状を表す言葉なんだよ。
何が何だかわからないけど苦しい。世間的には問題なく見える発達障害者の伴侶への不満を口にしても、周囲は苦しんでいることを理解してくれないという二重の苦しみの状態のことなんだ。
それに加えて、君のお母さんは、DVや自動車事故によってPTSD―心的外傷後ストレス障害―も受けてしまった。
あさちゃんの、怒鳴られると動けなくなって、身体の震えがとまらないのもそうだと思う。
あさひ：そんな……。お母さんは……、お母さんはいまどこにいるんですか！
杉山：ある病院の精神病棟にいる。
あさひ：ずっと……？
杉山：そうだよ。事故の後遺症もあるけど、怖くて怖くて外に出られないんだ。何もできない。
あさひ：私のことは？私のことは知っているんですか！
杉山：もちろんだよ。わたしが定期的に訪問したり、君の写真を見せて様子を話したりしているからね。
あさひ：なんで、なんで教えてくれなかったんですか！
杉山：これは、お母さんの意向なんだよ。『あさひには自分は死んだことにしてほしい。当時の記憶がないままの方がいい』って。
あさひ：お父さんが、お母さんを追いつめた……。
杉山：この場合、夫婦のどちらかが悪い、という問題ではないんだ。発達障害についての知識、本人の自覚、周囲の理解、サポートが行き届かなかった……
あさひ：私が……、私さえ産まれてこなければ！
杉山：それは違う！君がいるからこそ、君のお母さんは生きていられるんだ。
あさひ：……お母さんはどの病院にいるんですか。
杉山：え？
あさひ：会わせてください。
杉山：それは……
あさひ：会わせてください！！
杉山：会ってどうするつもりなんだい。
あさひ：わからない。わからないけど、会いたい。会いたいんです！
杉山：……
あさひ：杉山さん！
杉山：わかった。だけど、君ひとりだけでは会わせられない。私が同行する。そして、私が先にお母さんに話す。それまでは病室に入らないこと。お母さんに会っても大きな声を出さないこと。いいね？
あさひ：わかりました……。
【BGMここまで】
―病院にて
【SE 病室のドアをノック】
杉山：望月さん、こんにちは。
幸恵：ああ、杉山さん……
杉山：どうですか？今日の気分は。
幸恵：そう……、ですね。今日は少し落ち着いている…と思います。
杉山：今日はいい天気で、空もきれいです。外は気持ちがいいですよ。
幸恵：ええ。窓から空を眺めていました。外に出られたらどんなにいいか。
杉山：望月さん。今日、実はあなたに会いたいという人がいてね。病室の外で待っているんです。
幸恵：え？面会者ですか。母かしら。でも、母なら直接入ってくるし……。
杉山：少しだけでいいから、会ってあげてほしいんです。苦しくなったらすぐに対応しますから。
幸恵：……
杉山：（病室の外のあさひに声をかける）入っておいで。
あさひ：……（おずおずと入ってはくるが、ベッドのそばには来ない）
幸恵：っ！
あさひ：……あ、あの
幸恵：杉山さん！これは！これはどういうこと？（パニック、過呼吸になりかける）
杉山：望月さん、落ち着いて。ゆっくり深呼吸しましょう。吸って、吐いて、吸って、吐いて……
幸恵 ：(少しずつ過呼吸はおさまっていく)
あさひ：お、お母さん……
幸恵：あさ…ひ……
杉山：当時のことを、あさひさんが自分で調べたんです。当時の話を聞きたいと。それで経緯を話して―
幸恵：言わないでって……、あさひには言わないでって言ったじゃないですか！
杉山：約束を破ってしまったことは謝ります。申し訳ありません。
幸恵：でも！これじゃ！
【BGM推奨：ハジ→ - ：あなたを守るために。～母の歌～】
あさひ：（さえぎるように）お母さん！私を見て！
幸恵：……
あさひ：私、杉山さんや施設の人たちみんなによくしてもらって、高校に入れたんだよ。でも、心の中では、ずっと一人きりだと思ってた……
幸恵：ごめんなさい！わたしが！わたしが悪いの！わたしがあなたを守ってあげられなかったの！全部私が悪いの！
杉山：望月さん（なだめるように）あなたは、あさひさんを守り抜きました。立派です。あさひさんは当時の話を聞いて、あなたに会いたいって言ったんですよ。
あさひ：お母さん、ごめん。私、ぜんぜん知らなくて。お母さんを一人きりにさせてしまって……
幸恵：あさひ……、あなたはちっとも悪くないのよ。
あさひ：私、なんていったらいいかわかんないけど……。頑張って勉強する！それで成人して働けるようになって、自立して！そしたら……
そしたらさ、一緒に暮らそう？
幸恵：……
あさひ：お母さん、これからも会いにきてもいい？
幸恵：許して…くれるの……？
あさひ：許すも何も、お母さんは私を守ってくれたんじゃない……
幸恵：あさひ……。お母さんもよ。あなたがいたから生きてこられた。あさひ、会いたかった……、会いたかったわ。
あさひ：お母さん……
幸恵：そばに来……（言いかけて）でも、私のことは心配しないで、あなたはあなたの道を生きてちょうだい。
あさひ：（そばにきて手を握る）お母さん、今度は私が、私が母さんを守る番。すぐじゃなくてもいい。ゆっくりでいいから。無理だったらまた病院に戻ってもいいから。
幸恵：……約束はできないわ。
杉山：望月さん、それでもいいんです。無理しなくていい。一緒に住むことが叶わなくても、どうかあさひさんの気持ちを受けとめてあげてくれませんか。
幸恵：杉山さん……。あさひをずっと助けてくださって本当にありがとうございます。
あさひ、ありがとう。こんなお母さんに会いに来てくれて。ほんとに立派になって……。約束はできないけど、お母さんもリハビリ頑張るわね……。また、会いに来てくれる？
あさひ：お母さん、お母さん。来るよ。毎日来る！
幸恵：……ありがとう。
杉山：よかった。私も全力でサポートします。二人が一緒に住めるように。
幸恵：杉山さん、ありがとうございます……。
あさひ……。生きていてくれてありがとう。
※次のセリフを言うか言わないかは、演者にまかせます。
「愛してるわ」
【エンディング曲 推奨：ハジ→ - ：あなたを守るために。～母の歌～】